北海道&東日本パスの長閑旅ふりかえり~少し足を伸ばして青森県で最も東の有人駅へ

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※訪問は2025年7月12日

旅も大詰め

野辺地駅を離れたのはお昼前。今日は三沢空港から帰路につく。夕方の飛行機なので、まだ時間は少しある。しかも青森空港ではなく三沢空港なので、青森駅近くにいる必要はない。ただし飛行機には絶対に遅れてはならないので、突然の交通トラブルに備えて三沢を視野に入れた場所に滞在することにする。地方において飛行機もしくは新幹線は夕方だから時間はたっぷりある、好天にも恵まれたと、特急で1時間とか2時間の場所にいて大ピンチに陥った過去が何度かある。ということで

八戸駅から緑色のラインつまりJRに乗車することにする

八戸線を走るE132がすでにスタンバイ。接続は図られている

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列車本数の多い区間を

八戸線は過去に1度紹介している

JR東日本のすべての列車が3日間乗り放題という大サービスきっぷで旅をした2022年10月のことだ。この時は仙台から北上してBRTそして久慈からの八戸線で本八戸駅で下車して宿泊した。BRT、八戸線も同業者だらけで押すな押すなの大盛況だったことを鮮明に覚えている

今回下車したのは

1度聞いたら忘れられない駅名の鮫である

なぜ鮫駅で下車したのかというと理由は簡単で

これが鮫駅の時刻表だが、八戸線は当駅を境に本数が大きく変わる。八戸から鮫までは1時間に1本以上の列車が確保されているが、鮫から先は2、3時間に1本しかない。鮫折り返しの本数がいかに多いかがお分かりいただけるかと思うが、鮫であれば八戸までの折り返しも数が多い。保険として本八戸の街中からは三沢空港行きのバスも出ている

そして

鮫駅は素敵な木造駅舎である。駅周辺は大きな町で昼食も摂れる

特徴ある町名の由来は

鮫駅は1924年(大正13)の開業と100年以上の歴史を持つ。八戸線の歴史については前掲の本八戸駅の記事でも書いているので、よろしければ参照していただきたいが、駅舎は火事に遭ったりしながらも1939年(昭和14)からの駅舎が今も健在だ

みどりの窓口もある。当駅から東側も青森県は続くが、現状では有人駅はここが最後

こちらも有名なモニュメント。鮫駅なのでサメである

駅の住所は八戸市鮫町。駅の開業時は鮫村だった。鮫という地名の由来については「沢」がなまってサメになったという説が有力のようだが、かつてサメが多く捕られた漁場だったという説もあるらしい

駅前には、かつて八戸線を走っていた蒸気機関車の動輪がある。駅の50周年を記念して飾られたもので、展示されてから半世紀。展示だけで50年もの歴史があるのだから、展示品だけで随分な遺産である

また当駅はウミネコで知られる蕪島の最寄りでもあり、観光客でもにぎわう。訪問時も多くのインバウンズが下車していた

最後にオオボケ

昼食も無事に食べ、美しい海を見ながら帰途につく

ホームは2面3線。折り返し列車が多いので、常に列車がいる印象だ。国鉄末期まで貨物の取り扱いがあったので、構内は広い

八戸駅から三沢駅を目指したが、ここでとんでもないオオポケをやらかす

もう1駅ぐらい何とかなるだろうと降りたのが、何と

なんのことない、3日前に訪れた駅で再び降りていたのだ。昨年ならいざ知らず、わずか3日前である。写真を見ると、駅の隅々まで入念に撮影している。当時は「ここに来たな」とも思わず、ホイホイと写真を撮っていたのだ

三沢駅から市内中心部を経て空港に向かうバスに乗り込み

三沢空港から無事帰宅となったが、中2日で同じ駅で降りていたことに気づいたのは随分経って日々の駅紹介をした時。自分自身に対してかなり落ち込んだ

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