氷見駅の駅名標

※訪問は2020年3月1日

微妙な時期に乗車

話は4年前にさかのぼる

高岡駅から観光列車「べるもんた」に乗車。氷見へと向かった

美しい調度品と美味しい食事がべるもんたのアピールポイント。車窓には美しい海。正式名称は「ベル・モンターニュ・エ・メール」でフランス語で「美しい山と海」の意味だそうだが、これでは外国のお客さんにはアピールできても、日本人客にはアピールしづらい。ということで「べるもんた」の愛称の知名度が高い。週末を中心に高岡~氷見間を1日2往復する(始終着駅については新高岡、砺波、城端があって列車ごとに異なる)

キハ40を改良。扇風機にも列車名がしっかり刻まれているなど、なかなか凝っている

だが乗車時は大変微妙な時期だった。2020年の3月1日といえば、コロナ禍に覆われ始めたころ。ただきっぷを購入したのは、それよりかなり前で、なおかつ、その後社会生活において、あれほど制限を受けるようになるとは想像すらできなかった

飲食類の提供はまだ普通に行われていて、手指消毒というものもなかった

街の中心部までが遠い終着駅

高岡~氷見は16キロと城端線の半分程度。線内には区間運転はなく、普通でも30分で着いてしまう。べるもんたは停車駅は少ないが、景色の良い場所で徐行するので、やはり30分

氷見駅はもちろん氷見市の代表駅で氷見の観光拠点でもある。駅にはみどりの窓口もあり(やがて無人化されることは決まっている)、観光案内所も入居しているが、初めて駅に降り立った人は、街の中心部までの距離にちょっと面食らうはず

観光ポイントの目印ともなる忍者ハットリくんのからくり時計まで、徒歩で10分以上かかる。からくり時計のある湊川を渡ると商店街がある町の中心部で、さらに駅から遠のく

JR(国鉄)の駅と街の中心部が離れているのは、よくあることとはいえ、ローカル線の終着駅となれば、もう少し駅から近いものだが、駅ができた時期と町の歴史の古さにも理由がある

氷見駅の開業は1912年(大正元年)。氷見線の敷設は城端線と同じく中越鉄道が担ったが、1900年(明治33)に高岡~伏木が開業して以来、徐々に延伸。さて、いよいよ氷見まで到達しようとなった際、当初は港の予定地でもある湊川の河口付近に駅を設けることとなったが、町の真ん中を線路が走ることに難色を示す住民が多く、土地の買収に難渋。結果として現在の駅に落ち着いたという

実は2015年の10月、富山から氷見を目指していた私は、もちろん高岡経由の氷見線に乗車する予定だったが、富山の駅前で全く偶然見かけたのが

氷見の番屋街まで直通で行けるバス。道の駅でもある、ひみ番野街は、氷見駅からだと中心部を抜けてさらに北上しなければならないので駅から20分はかかる。これはラッキーと飛び乗り、そこから先は七尾行きの直通バスがあることを知り、氷見の町を散策することなく離れてしまったのだ

氷見と比美、2つの表記

氷見の地名の由来は、氷見市のホームページによると「海の向こうに立山連峰の万年雪が見えるので氷見」「海の漁り火が見えるので火見」「海が干しあがった場所なので干海」と、地名の由来には諸説あるという

そしてもうひとつ、市内には「比美」がある。あるというか町の中心で、先述した商店街は「比美町商店街」。奈良時代の万葉集に「比美乃江」という言葉が出ていて、現在も公園や橋の名前にもなっている。これは混在しているというより、使い分けができているようで、コンビニにも「氷見比美町店」が見られる

というような氷見駅周辺の散策もしたいところだったが、折り返しのべるもんたを途中で捕まえる、という作戦があったため、駅からタクシーに乗り込むこととなった

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

↑2つクリックしていただけると励みになります