2026年 6月 の投稿一覧

宮崎から志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~南郷以南の駅へ1区間

※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

南郷から1駅目は崖に張り付くように

閑散区間となる南郷から1駅目、谷之口駅にやってきた

1本のレールに単式ホームそして待合所。ホームの背後は崖のような山の斜面。とても多数の利用があるとは思えないが、南国らしいソテツの手入れは行き届いているようだ

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南郷川と国道が交差する場所に

谷之口駅の開業は戦後の1949年(昭和24)。当時の志布志線で榎原~南郷の間に新設された

位置的には南郷町(現日南市)の集落が途切れるあたりにある

ホームへは構内踏切でそのまま向かう。警報器もない踏切で駅舎はない。かつては有人駅だった記録もあるので駅舎が存在したと思われるが、今は単式ホームに待合所というローカル路線にありがちな姿だ

ホームの片側はがけだが、もう片方は開けている。民家も見える。国道220号と南郷川が交差するちょうどその場所に駅があるので、車がひっきりなしに走っているのが見える

ここから日南線、国道ともに川沿いの谷間に入っていく。人の気配がパッタリ途絶える。基本的に日南線と国道220号は寄り添う関係にあるが、このあたりからは南郷川に沿うように山中へと向かう。隣駅の榎原はもともとは榎原村という別の自治体で1956年に南郷町と日南市に分かれて合併し、半世紀が経った2009年にともに日南市になるわけだが、鉄路が来たころには別の自治体であり地域だった

谷之口というのは地名で、ここから山中に入っていく入口という意味だろうが、まさにその通り。南郷と榎原とは、もともと7キロ以上も駅がなかった。これはあくまでも私の想像だが、南郷の街が途切れるあたりに1駅設置しようということになったのでしないだろうか

主のいない駐輪場

こちらは待合所の運賃表。志布志まで870円に対し、青島までは1000円を超えていて、かなり南下してきたことが分かる

こちらは自転車置き場。時刻は14時過ぎ。たまたま訪れた時のことだけ切り取るのもどうかとは思うが、平日のこの時間帯、自転車は見られなかった

JR九州では駅別の利用者数を発表しているが、細かい数字は上位300駅までで乗車人員は299人。基本的には、この約2倍が降車数も含めた1日あたりの利用者となるが、それ以下は乗車100人以上の駅の名前のみが挙げられ、その他の駅のデータは公開されていない

南宮崎をのぞく日南線の駅で300位以内に入っているのは飫肥駅と木花駅の2駅のみで、100人以上の駅に日南、油津、南郷が入る。南郷でその数字なので、おそらくこの感じでは2ケタも怪しい気がする

もう1度ホームに向かう。こうして眺めると、森の中に浮かぶなかなか味のあるたたずまい。ホームに向かう最初がスロープではなく小さな階段となっているのが、昔風である

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宮崎と志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~かつての終着駅には「海水浴場踏切」

※※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

油津と南郷の間にある駅

南郷から1駅戻って大堂津で下車。考えてみれば、同じ車両であるタラコのキハ40と北郷→南郷→大堂津と、まる1時間お付き合いしていることになる。ちなみにJR西日本の非電化路線でバリバリ現役として走るこのキハ40、47は、その色合いからタラコと呼ばれることが多いのだが、九州では何と呼ばれているのだろうか

そして最初に言ってしまうと、右手のホームの隣にある建物は宿泊施設である

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1年間の終着駅

当駅の開業は1936年(昭和11)。大正期に都城から志布志まで到達した志布志線が北上を始め、1935年に志布志~榎原が開業。翌年に大堂津までたどり着いた。地図を見ていただければ分かるが、南郷~大堂津間は細田川が蛇行して凄い地形を造っている。日南線もできるだけ橋が短くて済むように、陸地を最大限に活用して敷設されているが、川を挟んだ半島のような地域は、古代から陣の取り合いにもなった

この後、約1年間、油津まで延伸されるまで当駅は終着駅の役割を果たしていたが、現在は海水浴場の最寄り駅の約割が大きい。独特の地形は良い漁港と砂浜を生み出した

駅は

交換可能な2面2線

サムネの本来の駅名標のほかにも宮崎だいすきポケモンの駅名標がある

こちらが駅舎。駅舎というより待合所に近いが、2019年(平成31)からの新しいもの。それまでは開業以来の木造駅舎が使用される貴重な存在だったが、海に近いため老朽化も激しく、建て直された。無人化されたのはJR民営化のころとされ、長らく無人だったので新駅舎も待合所に近いものとなった

海へと向かう

次に乗る列車まで40分ほど時間があるので海へと向かう。駅のホームは海水浴場に面しているが、駅舎は逆側にあり、直接ホームから海へとは行けないため、少し回って線路を渡る。といっても大した大回りではない

北側の踏切から海へと向かう

ちょうど軽トラックが海の方向へと出ていった。この踏切を渡ると左手が漁港、右手が海水浴場だ

海と砂浜が美しい。3月なので海水浴の季節ではないが、いかにも南国の春という陽気で何人かが砂浜で遊んでいる

大きな施設のある規模の大きい海水浴場だ。夏場にはにぎわいを見せるのだろう

野外ステージもある。芝生の部分は手入れが行き届いている

もう1度海を眺めて南側の踏切から駅へと戻ろうとすると

踏切の名前は、そのまま「海水浴場踏切」。まさにそのままのネーミングだ

駅に戻ると、そこには志布志線から日南線へと生まれ変わり、その日南線が全通した1963年ごろに建てられた海の乙女像がある

夏のにぎわいの頃に訪れてみたい大堂津駅だが、現在の世の中、列車で海水浴に来る人は少数らしく、1日あたりの駅の利用者は両隣の油津、南郷に比べるとはるかに少なく、60人程度とみられている

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宮崎と志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~棒状ホームの待機30分に現状を知る

※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

さまざまな行き先

あらためて南郷駅。野球の話ばかりで肝心の「重要ポイント」としての南郷駅について触れるスペースがなかったので、ようやく本ブログの本筋の話に戻る

日南線はさまざまな行き先のある路線だ。宮崎方面へは宮崎行きと、ひとつ手前の南宮崎行きの2種類しかない。南宮崎は日豊本線の日南線との分岐駅で、全列車が停車するので宮崎に向かう際、乗り換えを強いられても次の宮崎行きはすぐにやって来る

一方の志布志方面へは終着駅の志布志行き以外にも宮崎に近い方から青島行き、油津行き、南郷行きと4種類がある。90キロに満たない路線としては、バラエティーに富んでいる。先日まで紹介してきた小浜線は日南線とほぼ同じ路線距離(約84キロ)で、始発の敦賀を出た列車はほぼ東舞鶴行きの一択で、平日ダイヤは朝と夜に1本ずつ途中の小浜止まりがあるぐらいだ(他に1本、東舞鶴を越えての西舞鶴行きがある)。これを見て誰もが感じるのは、行き先順に流動が減っていくのだろうということだ

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時刻表で明らかな落差

こちらは南郷駅の時刻表

志布志方面と南宮崎方面で本数に明らかな落差があるのが分かる。南宮崎方面は11本の列車がある(赤文字は週末だけの特急なので除外)のに対し、志布志方面は8本。21本と18本ならば、それほどの格差は感じないが2けたギリギリで、この3本は大きい。ちなみに大きく3月14日のダイヤ改正の告知があり(最近は本数が減るのに改正という言葉はおかしいと、変更という言葉も使われるようになったが、ここでは改正が使用されている)、変更後の運行は11本と変わらない(ダイヤの中身は変わっている)のに対し、志布志行きは6本に減便された。さらに付け加えると、これまで1日1往復の快速「日南マリーン号」が夜の南宮崎行き1本だけとなり(旅の最初に田吉から乗車した昼間の快速が南宮崎への最終列車となった)、これまでは各駅停車だった飫肥~志布志間で速達運転が復活。駅によっては1日5・5往復となっている。今回日南線の各駅訪問を思い立ったのも、減便がダイヤ変更が理由だった

驚きの光景

訪問時は北郷駅12時14分発の南郷行きに乗車。南郷着は12時48分。旅程では、この後13時14分南郷始発の列車に乗って南宮崎方面へと折り返す

ここで驚いたのは、駅でそのまま待機して折り返すことだった

始終着が設定された駅で列車が30分後に折り返す景色は不思議なことではない。ただご覧のように当駅は棒状ホームである。隣に見える線路は旅客用には機能しておらず、レールもさびている。ここで30分待機ということは、上り下りどちら向けの列車もやって来ないということ

南郷駅は特急海幸山幸の終着駅となっているが、ホームの構造から1度2駅隣の油津まで回送運転を行い、出発時間間際にもう1度南郷まで戻ってきて出発するようにしているが、列車によってはこのような運行となっている。この列車はダイヤ変更でなくなったが、時刻表を見ると他の南郷止まりの列車では同様の措置が行われているようだ

人情的には、ここで30分も停まり続けるのなら、もう1駅2駅先まで行ってあげてもいいのではないかとも思ってしまうが、利用者数や運行の手間を考えると、これで十分ということなのだろう。日南線の現状を知らされた光景だった

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宮崎と志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~どこからどこまでもライオンズ駅

※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

運行の重要ポイント

北郷から南下してやって来たのは南郷駅

北郷の次が南郷というのは、語呂合わせ的にできすぎな気もするが、もともとは日南市を挟んで北に北郷町、南に南郷町があった。2009年(平成21)に北郷町とともに日南市と新設合併しているので、まだ日南市となってから20年も経っていない

そして鉄道的には日南線の運行を語る意味で大きなポイントとなる駅だ

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インパクトが大きすぎる

ただし鉄道のことを語るより先に、こちらの駅は見た目のインパクトが強すぎる

先に駅舎の写真を掲載するが、そのまま西武ライオンズである

「プロ野球駅」といえば、2つ隣の「カープ駅」油津があまりにも有名だが、カープ駅となったのは2018年で、南郷がライオンズ駅となったのは2000年。つまり先駆者は油津で、駅紹介としてはその順番に行う方が話も分かりやすいが、ここは訪問順で南郷を先に紹介する。というか、こちらは基本的には鉄道ブログなので、日南線の運行を語る上では南郷をできるだけ早く取り上げる方が後の話が分かりやすい

話を時系列で追い直すと、ホームに降りると構内踏切の先に駅舎がある。この時点で「ライオンズ」のお出迎えがある。2本のレールがあるが、向こう側の線路は側線でレールもさびていることから、保線車の留置ぐらいにしか使用されていないと思われる

開業は1936年(昭和11)。まず都城から志布志までを結んだ志布志線が北上する途中での開業となった。最終的に志布志線が北郷まで延伸されて終着駅となったのは前記事で記した通り

現在の駅舎は戦後に改めて建て直されたコンクリート製でライオンズ駅のベースとなっている

内装も凝ったもの

駅舎内にはバッターボックスが描かれ

スコアボードもある

駅名板には当駅がライオンズ駅としてスタートした日の当時の辻発彦監督の署名がある

西武が当地で春季キャンプを行うようになったのは2004年から。当時、西武グループが、南郷駅が最寄りの日南海岸南郷プリンスホテルでの観光開発に力を入れていて、日南市となる前の南郷町がそこに乗っかる形で、地域活性化を目的にプロ野球のキャンプを招致する形となった

ただしプロ野球のキャンプ招致というのは、そう簡単なことではない

南郷スタジアムは徒歩で15分と駅からは比較的近いが、アクセスは別としてプロ野球のチームが1カ月練習するのだから、設備は必要だ。観客席やロッカールーム、事務室だけでなくグラウンドそのものをプロ野球仕様の大きなものにしなければならない。ブルペンもそれなりの人数が入れるようにしなければならないし、室内練習場も必要だ。かなりのお金と手間が必要なのだ。南郷町では、これを整備し、秋季キャンプ、春季キャンプと段階を踏んで西武の誘致を行った

これだけの手間がかかるのだから、逆に言うと出ていかれる方はもっと大変だ。私が四国で勤務していたころ、高知県では3チームがプロ野球の春季キャンプを行っていたが今はない。設備投資がムダになるだけでなく、プロ野球のキャンプにはファンや多数のメディアもやって来る。飲食店やコンビニなどの商店からタクシーまで落ちるお金も大きいのだ

南郷駅の改修を発案したのは地元の高校生だったという。改修の事業費は400万円で、費用は地元企業の協賛金やクラウドファンディングで集め、南郷も油津に負けていられないとの意気込みで改修が行われた、どこからどこまでもライオンズ駅となっている

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