※訪問は2026年3月11日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)
再び日南市へ

串間駅から20分と少し。榎原駅に到着した。これはまず読めない。「よわら」と読む。再び日南市へと突入した。ご覧の通り、すれ違い可能な構造。南郷以南(というか南郷も棒状ホームである)では、貴重な存在。背後に見える大きめの駅舎と、かなりくたびれた感じの駅名標にそそられる
大きな規模の三角屋根駅舎

こちらがホーム側から見た駅舎。階段を昇ったところにある。駅の規模も大きい

改札口も残されている。残されていると書いたのは、当然ながら無人駅だから

駅舎内はそれなりに広い。中央がきっぷ売場、右側が手荷物受付の跡で分かりやすい

外に出ると雄大な駅舎が出迎えてくれた。右側は事務室で、もちろん使用されていないが、切り取られたりせずに残されている。いつから使われていないかを推測する際、私はエアコンの室外機があるかないかが最初の基準で、あった場合はどのぐらい前のものなのかを考えるようにしているが、室外機は存在した。そして、かなり古いもののようだ
榎原駅は1935年(昭和10)の開業。大正期に都城から志布志まで到達した志布志線が昭和になって北上を開始した際、当駅までが開通。それから約1年間、終着駅だった。かなりの間、終着駅だったのは、おそらく難工事だろう
隣駅の日向大束との距離は8・1キロもある。途中に駅はないのは山中をひた走るからで、国道220号とぴったり併走しているものの、集落らしきものはない。ここは串間市との市境である
その先はというと
再び山中を抜け、南郷駅まで行って海に出るが、この距離も長い。榎原~南郷間に谷之口駅があるが、こちらは谷之口駅の記事でも説明した通り、戦後に設置された駅である
地理的には志布志湾と太平洋の間を抜ける峠に所在する。ショートカットせず海沿いを走るルートもあるにはあるが、遠回りな上に結局は峠を抜けなければならない。途中に集落もないということで線路は山中を貫くことになった。そしてここにあったのは榎原村。1956年(昭和31)に地区別に日南市と南郷町に編入されて自治体として消滅。その後、南郷町が日南市と合併したために、現在は同じ自治体となっている。つまり榎原村は峠越えで重要な町だったのだ
駅としての記録は詳細には分からないが、少なくともJR民営化の直前までは有人駅だったようだ

山中の重要駅だったことは想像に難くない
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