津軽浜名駅

不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~地元の唯一の高校へのにじむ思いを学ぶ

※訪問は2026年7月15日

踏切の名前は変わらず

あらためて津軽浜名駅。とにかくこの日は急に気温が上昇した日だった

今回の東北行きは、まず朝イチの飛行機で伊丹から仙台まで飛んで仙台駅で北海道&東日本パスを購入。そこから東北本線、IGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道を普通で走破して八戸泊。翌日に青森まで移動して宿泊したので、これが3日目だったが、それまでの2日間とは全く異なる暑さだった。昼間の気温は32度だったので、近畿圏とそうは変わらないが、急に上がると身体がついていかない。夏場の「あるある」で、スマホを持つ手が汗だらけで操作がうまくいかないほどだった

この方角は私が歩いてきた道。住宅街の中を走る線路の雑草は手入れされている

歩いていくと目に止まったのは

「今別高校87」の文字である。これだけだと何のことやらになるかもしれないが

その先にあるのは「今別高校踏切」。前回の記事でも紹介したように、今別高校は閉校時には青森北高校の分校となっていたが、踏切の名前は変わらなかったようだ。そして数字は時速制限のようだが、実際に駅の前後でこんなスピードは出ていない

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他の交通関連にも学校の名前

こちらが、その今別高校踏切。津軽浜名駅から学校へと向かう生徒さんは、この踏切を渡っていった。だが、高校はすでになく、踏切も形の上では来春まで現役だが、列車が通過することはもうない。もし豪雨被害による廃線がなければ踏切名はそのまま残ったかもしれないと思うと(現に3月の閉校から5カ月は名前は残っていた)、こちらも感傷的な気持ちになってしまう

そして最初に降りた代行バス、わんタクの停留所に向かって、この地とお別れすることになったが、そこにも「今別高校」があった

「今別高校前」のバス停。これは代行バス、わんタクとは異なる今別町営バスの停留所だが、代行バスの停留所のすぐ近くにあり、高校とは300メートルは離れている

市営バスだった時期はないはずなので、どこかにあったものが二次使用されていてはがれたのか。停留所の名前も実際は違っていて

停留所の向かいにある「今別森林事務所前」が現在の名前だ

ことらも駅の待合所に代行バスの乗り場案内がある。先に駅に来て、その後にバス停を探すという人はほぼいないと思われる(どうやって列車の来ない駅に行ったのか、という話になる)が、もう一度最初に降りた停留所に戻る

私だけでなく、地元のご夫妻とともにわんタクを待つことになった。娘さんが私とそう変わらない年のようなので、かなりの人生の先輩となるが、お元気だ。しばし話をすると今別高校の話になった。駅で見た惜別メッセージの数々について私が話すと「長年の地元で唯一の高校がなくなって、何か冷めてしまったね」との答えが返ってきた。今別町、外ヶ浜町を含めてもたったひとつだった高校への強い思いを感じた

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~路線内で「最新」の駅はなぜできたのか

※訪問は2026年7月15日

子どもの歓声の行方は

津軽浜名駅。コンクリートで固められた階段の隙間から雑草が姿を見せている。たくましい

駅の構造は単式ホームに待合所のみの簡素な構造。そしてホームに立つと

向かいからは子どもの歓声。時間は10時。授業中のようだが、実は目の前にある学校の施設と当駅は密接な関係がある

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一番最後の開業

津軽浜名駅は1960年(昭和35)の開業。これは津軽線全線の中で最も新しい。昨年から蟹田~三厩の休止区間ばかりにスポットを当てているが、津軽線そのものの歴史は意外と浅く、青森~蟹田の開業が戦後の1951年(昭和26)で、1958年に蟹田~三厩が開業した。戦前からの計画では三厩からさらに線路を延伸して津軽半島をグルリと回るようにして津軽鉄道の津軽中里で接続を図ることになっていたが、三厩まで到達したのはモータリゼーションの波が来つつあるころで、そこから先に線路が進むことはなかった

ひっそりしたローカル線として、そのまま時代が過ぎていくのかと思われたが、青函トンネルの建設と完成によって大きく運命は変わる。北海道を結ぶ鉄路の一部に組み込まれ、蟹田以南は電化され(正確には中小国駅以南だが、当駅に電車が止まることはなかった)、北海道新幹線の開業までは北海道からの特急列車が走る幹線扱いのような路線となる。北海道新幹線が開業してからは、元のローカル線に戻ったが、この区間は今も北海道とを結ぶ貨物列車が走る重要路線だ

ただ、そんな騒ぎとはほぼ無縁だったのが、現在休止となっている区間。この部分は非電化路線として、1日5往復だけが走る超ローカル線として、カタコトと気動車が走り続けていた

青森~蟹田は現在1日9往復。もちろん来春以降も電車は走り続けるが、その区間も含めてこの津軽浜名駅が最も新しい駅となっている。そのためか、高台に後から設けたようになっている駅は構造もシンプルだ

そして、おそらく三厩までの開通から2年を経た時期にわざわざ駅を設けた理由は

こちらの校舎だと思われる

現在は小学校が入っているが、以前は県立今別高校だった。1948年に青森工業高校の今別分校として開校し、1952年に今別高校となった。2007年(平成19)に青森北高校の分校の今別校舎となり、2022年(令和4年)春に最後の卒業生を送り出して閉校となった

感謝のメッセージに熱くなり

津軽浜名駅の小さな待合所は、閉校に向けて寄せられたメッセージで埋められている

学校の卒業生だけではない

高校生を毎日届けたJRの職員からのメッセージもある。学校への感謝の気持ちが込められている

しかも何ということか、最後の生徒が当駅を利用したのは2022年の3月で、その年の8月の豪雨で駅には列車が来なくなった。こんな悲しい偶然ってあるだろうか? ちょっと熱くなった

当地でバスを待つ時間は1時間あった。実を言うと気温もグングン上がって、ここで1時間過ごすのは大変だな、と思っていたが、そんなことはなかった。サウナのようになった待合所で、汗をかきながらひとつひとつのメッセージを読んでいるうちに、あっという間に時間が経ってしまったのだ

来春にはホームにも待合所にもおそらく入れなくなる。ただ、この素晴らしいメッセージの数々が、どこか目に触れる場所で保存されることを願いたい

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~代行バス停留所から徒歩5分の高台にある駅

※訪問は2026年7月15日

最も感情移入した駅に

大平駅の駅舎にあった張り紙

私が下車した停留所の案内があり「バス停はございません」の文字

現在は代行バスとわんタクを合わせた時刻表がある(昨年もあったはず)ので、案内の張り紙はそれ以前のものだろう。ただここで重要なのは「下り(三厩方面)利用の方は道路の向かい側でお待ちください」の文章

今はすっかり慣れたが、地方に行くとバス停が道路の片側にしか設置されていないことが結構ある。駅訪問に路線バスやコミュニティバスを取り入れるようになったのは、ここ10年ほどの話なので、最初は戸惑った。このように上下線両方の時刻表が掲載されていたり「向かいで待ってください」の注意書きがあれば、なんとなく想像はでき、また最初に出会った「片側のみの停留所」に「向かいで待て」の案内があったので、それ以降は何も書かれていなくても向かいで待って、バスが見えたら「お~い」と手を振ることにしているが、自分の中で最も歴史的なのはこちらで

これはかなり参ったというか、北海道の山中で言いようのない不安に襲われた

ただ今回はそのような心配はない

わんタクは普通の路線バスのように停留所で待って乗ることもできるし、ワゴン車での運行ということで万全を期して予約することもできる。私は昨年に続いて予約しての乗車だった。だから、おそらく向かいまで行かなくても立っていれば運転手さんが探してくれる

そして最初に言ってしまうと、ここから向かう津軽浜名駅が廃線予定区間の7駅の中で最も印象に残るというか、感情移入した駅となった

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待合室があるということは

それでもきちんと道路の向かいで待つ

すると北海道新幹線の高架の向こうからわんタクがやって来た。再び外ヶ浜町から今別町へと向かう。ちなみにかなりの乗車があって、もう1人2人乗客がいれば、もしかするともう1台のワゴン車が必要だったかもしれない。やはり、はるばる行く時は予約しておいた方が良いかもしれない

40分ほどかけて

ワゴン車を降りた。それなりの集落の中だ

待合所がある。ということは、駅と離れているのだろう。現時点では休止区間の駅はあくまでも現役の駅で駅舎にもホームにも入れる。つまり駅と代行バスの停留所が近い場合は、そこでお待ちください、というのがJR東日本のスタンスのようだ。前回の大平駅や昨年訪問した中小国駅は100メートルほど離れているが、それでも停留所から駅が見えている

ということで歩き始める。大川平駅のようにスマホの地図アプリを頼りに進み始めるが、かなりある。というか、少なくとも地図を用意するか地元の方に尋ねるかしないと、たどり着けないだろう

300メートルというのは、かなりの距離だ。グーグル地図では、津軽浜名駅から津軽浜名駅に行ったことになっているが、代行バスの停留所名が津軽浜名駅なので、そのような表記になっている。正式に廃駅となると、地図そのものも更新されておそらく別のものになる。来年(つまり2027年)の今ごろにこの記事を見ると、別の表記になっているのだろう

バスの通るメインストリートは右側を行く道路で、駅へはここから左へと折れる

しばし坂道を登っていくと

線路に到達して一安心

奥に駅がある。そして子どもたちの歓声が聞こえてきた

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