2026年 9月 の投稿一覧

山陽本線曽根駅の木造駅舎最終日に訪問してみた(前編)

※訪問は2026年9月11日

押っ取り刀で駆けつける

この記事を書いているのは9月12日で、昨日のこととなりましたが

山陽本線の曽根駅に行ってきました。前日まで千葉県で小湊鐵道の各駅を訪問していたのですが、万が一帰れなくなった時の予備日としていたこの日が空いたことで緊急のお出かけ。というのも、11日が曽根駅の木造駅舎最後の日だったからです。日程が空いて良かった。押っ取り刀での訪問となりました。とはいえ、神戸市内からは新快速と普通(明石から姫路方面へは快速が普通となります)を乗り継げば1時間ちょっとで快適に行ける距離でもあります

スポンサーリンク

駅は19世紀から駅舎は100年前から

こちらが曽根駅。風格ある木造駅舎が健在。開業は1988年(明治21)で姫路駅と同時開業ですから138歳。日本で初めて鉄道が走ったのが1872年なので、鉄道黎明期からの駅です。駅舎については財産票を基準としてますが

1927年(昭和2)からのもの。来年の100歳の誕生日を迎えることはできなさそうです

すでに12日から使用される仮駅舎はスタンバイしています

国鉄時代からの課題だった南口問題

駅舎は線路の北側にありますが、南側には出入口はありません。しかもかなりの大回りを必要とします

こちらが駅の周辺案内図ですが、東側(神戸側)のホームの切れ目あたりを県道がオーバーパスしていて、それにくっつく形の階段を上がっていく必要があります

てくてく歩いてみましたが、駅舎から階段までは200メートル近くあります

道路の上から見るとこのような感じ。写真の左側にある姫路方面へのホームに行くには1度駅舎まで行って構内の跨線橋を利用しなければならず、直接降りたくなってしまいます

では西側(姫路側)はどうかというと、地図の写真で分かるかどうか微妙ですが、天川が線路に最も接近したあたりに線路を貫く白い線が描かれていて、それが踏切。こちらは駅舎からの距離は軽く300メートルを超えています

駅前の道路を西に真っ直ぐ進み、途中で線路に向かう路地を入っていくと少しだけ近道できるようになっています。この写真では左側から出てくることになりますが、あらかじめ道を知っていないと一発で最短距離を行くことはできないと思われます

踏切からホームの端までは遠い。線路がカーブを描くようになっていることもありますが、はるか彼方に見えてい

踏切を渡ると天川で、さらに向こうに国道2号線バイパスと山陽新幹線が見えます。このあたりの線路は天川に沿うように敷設されていますが、ここでふと思ったのは、不自由な踏切よりもアンダーパスを造ってしまえば、横断が楽にはなりそうだけど、大量の雨が降ると、すぐ冠水してしまいそうだということ

姫路方面への電車を見送って踏切を戻る

踏切付近の住宅街は通り抜けの工夫がされいていて、普通ならフェンスがありそうな溝の空間もそのままにされていて、ヒョイとジャンプして渡れるようになっています。ただまたいで渡れる距離ではなく、私もジャンプしたのですが

その直前、見かけぬ不審者としてニャンコがマーク。しばらく見つめられていました

↓2つクリックしていただけると励みになります

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~最後の乗車はやはり中央弘前まで

※訪問は2026年7月15日

石川駅で列車を待つ

お昼の最も暑い時間帯の石川駅。20分ほど歩いてきたばかりなので、もちろん汗ビッショリだ。昨年も同時期に弘前鉄道に乗車し、大鰐線で残った駅の回収と弘南線の駅巡りをしたが、駅間徒歩というのをかなり行った。というのも、昨年7月の私は天候に恵まれていて、青森に滞在していた数日間は、いずれも最高気温が26度前後と、そう暑くもなかった。弘前在住のXのフォロワーさんによると、私の訪問時のみ涼しく、その前後は北国といえども気温が35度の猛暑日になっていたとか。今年に関しては、さすがにそううまくはいかず、前日の津軽線でも最高気温は32度で、長年地元で暮らす方にとっては、たまらない暑さとなっていたようだ

スポンサーリンク

あらためて気づく「非冷房車」

そんな状況の中、朝から弘南線そして大鰐線に乗車して知らされたのは、弘南鉄道の車両には冷房がないことだった

気持ちよく扇風機が回っている。もちろん弘南鉄道の車両に冷房がないことは知識として知っていたが、前述したように昨年は天候に恵まれていたため、エアコンが必要だと感じたことすらなかったのだ。だが今年はさすがに必要性を感じた。乗車時間と混雑具合によるのだろうけれど

車内では間もなくやって来る弘前ねぶたを意識したものだろうか、金魚ねぶたがズラリ並んでいた

別れを告げる時が来た

ホテルを弘前駅前に確保しているため、できるだけ中央弘前駅を利用せずに弘前駅へと向かう手段をあれこれ考えていたが、結局は中央弘前まで乗り通してしまった。まだまだ時間は早い。やはり最後はここで別れを惜しもう

こちらは車内にあったりんご娘というか、おそらく王林さんのサイン

あらためて午前中に見たカウントダウンのボードと再会。こうしたものを見ていると、まだ1年半あるとはいえ、確実に別れの時が迫っていると感じる

県庁所在地ではない弘前市に生まれた地方私鉄。なかなか貴重な存在だ。しかも大鰐線については最初から弘前電気鉄道という電化路線だった。1952年(昭和27)という時期を考えると画期的でもあった。地方都市にあって国鉄の路線と並行する私鉄に認可が出たことも凄いことだ。奥羽本線が当時非電化で、復興中の日本という国にあって、貨物列車の需要が高まり、奥羽本線が旅客ニーズに応えられない状況だったことも幸いしたという

新しい建物が多い弘前市の中心部で、ひときわ存在感を放つこの駅舎ともこれでお別れ。遠く離れた地から大鰐線を見守っていこうと思う

↓2つクリックしていただけると励みになります

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~この看板を見ないことには来た意味がない

※訪問は2026年7月15日

目にとまった看板

前記事で最後に伝えた分岐点。ここから大鰐線の石川駅を目指す。もう徒歩で10分を切るぐらいの場所まで来ていると思う

すると目にとまったのは

クマ注意の看板。全く記憶にないので当時からあったものかどうかも分からない。もしあったとしても雪深い季節だったのでスルーしていたのかもしれない。そもそも全国各地でのクマ被害が深刻になり始めたのも昨年の夏以降のこと。私も過去にはホイホイと行けたというか、むしろ喜んで行けた山中の誰も利用しそうにない駅でただ1人過ごすのは正直怖くなっている

スポンサーリンク

かつての白い道を通って

大鰐線の踏切を渡る。義塾高校前駅から奥羽本線をオーバーパスするための高架部分は終わっていて、後は線路沿いの道路を行くだけだが

昨年3月はこのような道だった。きれいに除雪された部分とのコントラストが美しい白の道だ。大鰐線の架線でブロックされているが、岩木山が見える。昨年7月の写真を見ると、弘前市内の各地ではきれいに岩木山が見えていたようだが、今年はかすんで見えなかった。山がひとつ見えたり見えなかったりするだけで、こんなに景色が違うものかと思ってしまう

そして石川駅に到着。大鰐線の思い出の旅のゴールでもある

有名看板そしてホキさん

石川駅だ。大鰐線で駅舎のある駅は少ないが、千年駅、弘高下駅と同じ大鰐線の古参駅舎の標準モデルだ

昨年3月は線路以外の部分は雪という感じだった。1952年(昭和27)に弘前電気鉄道の駅として開業。当時は石川町の所在で、現在は弘前市。先に奥羽本線の石川駅が町内にできていたので、当初は新石川駅を名乗った。1986年から現駅名。ちなみに同じタイミングで弘南大鰐駅も大鰐駅となっている。ただ石川町内では後発の石川駅だが、古くからの城や旧市街地は大鰐線の駅の方が圧倒的に近い。そのような事情で、当駅も長らく有人駅だった

窓口の跡も残る

そして石川駅といえば

この看板だろう。今の世の中を象徴しているような出来事だが、とある時ネットで大いに「バズった」。いつのことなのか私にも分からないが、昨年初めて大鰐線に乗車した私がその前から知っていたぐらいだから、かなりの人気スポットだ。「死にます」の警告(しかも子ども向けである)は、今ではまず見かけないものだし、ちょっと考えほしい。先に挙げたクマ注意の警告ですら、あくまで「危険」である

 

私も大いにはしゃいでいた。やはり大鰐線に乗車するなら、この看板は外せない

もうひとつ当駅で忘れてはならないのは

側線に止まるホキさん

昨年3月も雪に埋もれながら、しっかり自己主張していた

大鰐線に貨物列車が走っていた時代に活躍していたものが、今は保線車として余生を過ごしている。車両の位置が変化しているので「石川駅常備」のまま、しっかり業務をこなしているようだ

↓2つクリックしていただけると励みになります

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~歩きたくないのに勝手に足が動き出す不思議

※訪問は2026年7月15日

小さな交差点で立ち止まって…

義塾高校前駅から住宅街の方に出る。駅前は何もないのに少し歩くと住宅街というのは不思議だが、あくまでも学校の移転により設置された駅で、近隣住民の皆さんのことは考えると駅を設置する場所がすでになかったというところだろう。しかも以前からの住民の方々のためにはJR奥羽本線の石川駅がある。最初の予定では石川駅まで行き、弘前駅へと出るつもりだった。奥羽本線の普通は昼間はそう多くは運転されていないが、今のタイミングならちょうど良く電車が来るのだ。奥羽本線に乗れば、中央弘前駅と弘前駅の移動問題も解決する

ただJRと大鰐線の交差点まで来て、少し気が変わってしまった

スポンサーリンク

歩いた景色を思い出し

踏切から向こうを見れば石川駅が見える。すぐの場所だ

そういえば

昨年3月はこうだったなぁ、と景色がフラッシュバックしてしまった

となると、ちょっとあの時と同じ道を歩いてみるか、という気持ちになってしまった

現在地から約15分。昨年3月は大鰐線の石川駅から歩いたが、今回は逆コースとなる。実際にはややウロウロしながら歩くので、もう少し時間はかかるが、大鰐線も1時間に1本の運行。時間はたっぷりある

それにしても弘前学院大前駅では、同じような15分ほどの徒歩を暑さがイヤで止めたのに、こちらはもう少し長そうな距離を歩こうとしている。なかなか人間、強烈な思い出には勝てないものだ

雪に阻まれ、水に阻まれた1年半前

それでは歩いていこう。線路沿いの道路を歩く。舗装はされていない。昨年3月は舗装のなさが、ちょっとした悲劇

当該地を通り過ぎて振り返ってみた。昨夜から今朝まで降った雨の水たまりが少し残っている。もともと水はけの悪い場所なんだと大変納得

というのも当時は

このような状態だったからだ。他に回り道はない。というか踏切が見えているので、すぐそこがゴールである。ということで右端のできるだけ水たまりの小さな所をそろそろ進んで最後はジャンプ!

何とかクリアしたが、着地時にひざを痛めてしまったようで、実は今も冬場に痛みが出る。それまでひざなど痛めたことがなかったので、ある意味勲章をもらったことになる

途方に暮れた思い出も

大鰐線の高架をくぐっていく。JRをオーバーパスするための立派な高架は大鰐線唯一のもの。こちらも残念ながら役割ほ終える運命にある。今日はそういう意味での感慨を持ってながめることができているが、昨年はそのような余裕は全くなかった

しばらくすると奥羽本線をくぐる小さな道路にやって来た。私がとるコースは手前側に進むが、昨年3月はこの手前側からやって来て、携帯アプリにJRをくぐるよう指示された

先に挙げた地図で毘沙門天堂が示されているが、ここを経由するコースだったらしい

実際に行ってみると、このような感じでリンゴ畑の横を進めばたどり着けそうだが、当時は

こうだった。これは無理だろう。足跡を付けた人が偉すぎる。正直泣きが入った。もう1度奥羽本線をくぐって、半ばヤケクソに進んだのが、今日来た道、当時進んだ道である。この絶望的な雪に比べると水たまりぐらいなんとことないのである

その時の記事がこちらである。これは私の中でもなかなか忘れられない旅と

↓2つクリックしていただけると励みになります

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~こんな景色だったのかと改めて知る

※訪問は2026年7月16日

一番降りて見たかった駅

列車は義塾高校前駅に到着。今回最も降りてみたかった駅である。というのも、ホームに降り立ち「こんなところだったのか」と改めて思いたかったからだ。ホームの向かいにはビニールハウスがあるが、昨年3月、そのような意識は全くなかった

あったのはフェンスの意識だけだ。そもそも積雪に見舞われる季節は、雪の重さにやられてしまうビニールハウスは設置されていないのだろう

スポンサーリンク

とにかく一面白の世界

そもそもホームからの景色がこちらだった

原型はこのようになっていたのかと感心するというか発見である。昨年3月の時点では一面の雪の白い世界

こちらは駅を立ち去ろうとして撮った写真。日本の各地で見る光景だが、四季が加わるとこうも違うものかと思ってしまう

遠巻きに見るとリンゴ畑があって、その向こうに電車の架線がわずかに見える

それが1年半前は

もう全く別世界。というか雪の中には何があるかというクイズの答え合わせに来たようなものだ

当時と比べて今の方が道路から駅の施設がよく見えるな、と思っていたが、これはおそらく雪に阻まれていた雑草が雪解けと夏の日差しのもと、一気に成長したからだろう。津軽線の休止駅でも見てきたが、自然の力のすごさを感じる

次の駅へと歩き始める

当駅は東奥義塾高校への通学のための駅で、学校が当地に移転してきた際に設置された。1987年(昭和62)のこと。だから駅周辺には何もない

弘南線の尾上高校前駅をこの日の朝に訪ねているが、こちらの駅も学校の開学とともに誕生した。周辺には何もない。移転と開学では違うが、学校の建物が新たにできたという意味では同じで、新たに学校レベルの大きな建物を建てる土地がある場所は必然的に街の真ん中ではなくなる。農地の中にポツンと駅が設置されたのだ

ここからは次なる目的地へと移動しよう

少し歩くと住宅街へと出る

このあたりは交通量もそれなりにあり、昨年3月の訪問の際も除雪は進んでいた。当然だが、景色はほぼ同じである。ここから徒歩で数分のJR奥羽本線の石川駅に行き、弘前駅へと向かうつもりだ。こうすると効率的に弘前駅へ行くことができ、中央弘前駅と弘前駅とのアクセス問題は解決する。しかし、ここまで来て他にも立ち寄りたいところができてしまった

と、その前にひとつ

こちらは昨年3月の写真

岩木山をバックに義塾高校前駅に滑り込んでくる電車。個人的にはなかなかお気に入りの写真なのだが、盛夏のこの日にホームに立つと何かが違う。少し考えてようやく分かった。一番最初の写真を見てほしい。岩木山は雲にかすんで全体が見渡せなかったのだ

↓2つクリックしていただけると励みになります

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ