※訪問は2025年7月9日

高架の新しい駅

野内駅に到着。青い森鉄道は東北本線をそっくり引き継いだものだが、三セク移管後に開業した駅もある。全国各地の三セクにあてはまることだが、細かく駅を設けることによって地元のニーズに応え、収益増を目指すのは当然のことだ

この写真だけを見るだけで新しい駅の雰囲気は十分あ。ホームもフェンスも真新しいし「エレベーター」の文字も見える。つまりバリアフリーに対応した高架駅ということになる

そして駅の姿はこちら。無人駅ながら高架。明らかに新しい駅だ。だが駅の誕生は明治。ならば、元は地上駅だったものが高架化されたありがちなパターンかというと、それは微妙に違う。順を追って説明しよう

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山中の駅として出発

野内駅は1893年(明治26)の開業。すでに130歳を超えた長い歴史を持つ駅だ。かつての野内村に基づく。野内村は1962年に青森市に編入されたが、駅の設置時はもちろん野内村。しかし駅の場所は町の外れの山中だった。線路は町の中心部を通っているが、駅は街外れだった。理由は山からの石灰石を積むため。また後に野内には石油やガスのタンクが設置されるようになり、その運搬にも当駅が利用された。つまり貨物駅としての役割が大きかった

ただし一時は大いに栄えた貨物輸送は徐々に衰退。国鉄末期には貨物駅としての役割は終わり、旅客専用となった駅の利用者は少なかった

駅はそのまま青い森鉄道に引き継がれたが、大きな転機となったのは三セク移管直後のこと。2011年春に県立青森工業が移転してきたことに合わせ駅も移転した

野内の集落の東の端にあった駅が西の端、といってもかなり開けた場所へと移転したのだ。距離にして1・5キロ以上の移転。大都市に行けば隣駅になりそうな距離だが、ともに旧野内村にあるためか、駅名は同じく野内。駅の引っ越しという扱いなので、15年前に建てられた駅も明治来の駅ということになる。つなみにJRからの三セク移管が2010年12月で新たな野内駅が営業を開始したのが2011年3月だったので、青い森鉄道としての旧駅はわずか3カ月だったことになる

駅は上り線と下り線が別々に独立していて、往来には駅の外に出る必要がある

その解説板がこちら

移転がもたらしたもの

駅の移転が何をもたらしたかというと、高校生による利用者の激増である。JR時代末期のデータがないが、多くてもせいぜい1日50人ぐらいと予想される利用者数が、2023年度には974人。これは路線内25駅(青森、八戸のぞく)中、第6位の数字となっている。大幅な利用者増だ

ホームにいると貨物列車が通過。時間は15時前で、この後すぐホームは高校生でにぎわう。駅にはコンビニが隣接していて、こちらもにぎわう

駅の移転が大成功した例となった。ちなみに旧駅の様子は浅虫温泉~当駅で車窓を見ているとホームが今も残っていることで確認できる

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