かるが浜駅の駅名標

※訪問は2024年1月9日

ひらがな駅に到着

かるが浜駅に到着。ご覧の通り、すべてではないが、ひらがな駅

開業は1999年(平成11)の2月7日で、前記事の水尻駅と同日。天応~吉浦の間に設置された。写真で分かる通り、島式ホームで交換(すれ違い)可能。ということは、設置の理由は水尻と全く同じで海田市~呉の輸送力強化、列車本数を増やすため

ただし水尻が全くの新規開業駅だったのに対し、かるが浜は復活駅というのが多少事情が異なる点だ。復活といっても、かつては仮停車場で正式な駅ではなかった。また夏季のみの臨時停車場でもあった

元々は漢字の駅名

「元祖かるが浜駅」ともいえる狩留賀停車場は1928年(昭和3)に設置された。海水浴客対象で夏のみの臨時営業

狩留賀一帯は呉線によって発展した。それまでは、ほとんど住む人がいなかったが、呉線開業によって注目が集まり、大正期に海水浴場が開業。その頃はマイカーというものはほとんどなく、多くの人は吉浦駅を利用していたと思われるが(かるが浜~吉浦は現在も1・2キロしかない)、せめて海水浴のシーズンだけは、との要望で開業

当時の全国の流行りは海水浴+別荘のセット販売モデル。昭和初期で、まだまだ平和を楽しむ余裕があったころで、狩留賀一帯も別荘地として発展していくが、そのような時期は長く続かず、軍事工場の工員用の寄宿舎ができ、戦時中は海水浴場も軍関係の施設に利用されるようになって海水浴場用の臨時駅は本来の目的を失う

戦後は一帯が進駐軍(英連邦軍)の接収対象となり、臨時駅が復活したのは接収解除の1952年。以降、1967年まで続いたが利用者減により終了した。つまり、2度の復活を遂げた駅ということになる

駅名はひらがなが採用された。当時ひらがなの駅が流行ったのもあるが、広島県内では芸備線に狩留家駅(芸備線のIC乗車北限として知られる)があり、読みは同じで1文字違いなので、そちらへの配慮もあったと思われる

ホームからは海を望むことができる。臨時駅の廃止後にあった新線付け替えによって線路は高台を走ることになった

駅舎というものはなく、入口に券売機が置かれ

盛土下の入口からホームに入る。簡易型の自動改札機が置かれている

海水浴場は今も現役

駅から間もなくのところに海水浴場は今も現役である

正月明けの訪問で砂浜を訪れる人はもちろんほぼいないが、新駅(復活駅)誕生直前に海水浴以外でも楽しめる「ロマンチックビーチかるが」に改造されている。前記事で紹介した水尻とともに平成の新駅はいずれも海水浴場最寄りの駅である

こちらは公園内の地図。駅からは徒歩2、3分と至近

ただし地図そして交差点、さらには駅前のバス停も使用されているのは漢字の「狩留賀」である

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