津軽線

不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~路線内で「最新」の駅はなぜできたのか

※訪問は2026年7月15日

子どもの歓声の行方は

津軽浜名駅。コンクリートで固められた階段の隙間から雑草が姿を見せている。たくましい

駅の構造は単式ホームに待合所のみの簡素な構造。そしてホームに立つと

向かいからは子どもの歓声。時間は10時。授業中のようだが、実は目の前にある学校の施設と当駅は密接な関係がある

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一番最後の開業

津軽浜名駅は1960年(昭和35)の開業。これは津軽線全線の中で最も新しい。昨年から蟹田~三厩の休止区間ばかりにスポットを当てているが、津軽線そのものの歴史は意外と浅く、青森~蟹田の開業が戦後の1951年(昭和26)で、1958年に蟹田~三厩が開業した。戦前からの計画では三厩からさらに線路を延伸して津軽半島をグルリと回るようにして津軽鉄道の津軽中里で接続を図ることになっていたが、三厩まで到達したのはモータリゼーションの波が来つつあるころで、そこから先に線路が進むことはなかった

ひっそりしたローカル線として、そのまま時代が過ぎていくのかと思われたが、青函トンネルの建設と完成によって大きく運命は変わる。北海道を結ぶ鉄路の一部に組み込まれ、蟹田以南は電化され(正確には中小国駅以南だが、当駅に電車が止まることはなかった)、北海道新幹線の開業までは北海道からの特急列車が走る幹線扱いのような路線となる。北海道新幹線が開業してからは、元のローカル線に戻ったが、この区間は今も北海道とを結ぶ貨物列車が走る重要路線だ

ただ、そんな騒ぎとはほぼ無縁だったのが、現在休止となっている区間。この部分は非電化路線として、1日5往復だけが走る超ローカル線として、カタコトと気動車が走り続けていた

青森~蟹田は現在1日9往復。もちろん来春以降も電車は走り続けるが、その区間も含めてこの津軽浜名駅が最も新しい駅となっている。そのためか、高台に後から設けたようになっている駅は構造もシンプルだ

そして、おそらく三厩までの開通から2年を経た時期にわざわざ駅を設けた理由は

こちらの校舎だと思われる

現在は小学校が入っているが、以前は県立今別高校だった。1948年に青森工業高校の今別分校として開校し、1952年に今別高校となった。2007年(平成19)に青森北高校の分校の今別校舎となり、2022年(令和4年)春に最後の卒業生を送り出して閉校となった

感謝のメッセージに熱くなり

津軽浜名駅の小さな待合所は、閉校に向けて寄せられたメッセージで埋められている

学校の卒業生だけではない

高校生を毎日届けたJRの職員からのメッセージもある。学校への感謝の気持ちが込められている

しかも何ということか、最後の生徒が当駅を利用したのは2022年の3月で、その年の8月の豪雨で駅には列車が来なくなった。こんな悲しい偶然ってあるだろうか? ちょっと熱くなった

当地でバスを待つ時間は1時間あった。実を言うと気温もグングン上がって、ここで1時間過ごすのは大変だな、と思っていたが、そんなことはなかった。サウナのようになった待合所で、汗をかきながらひとつひとつのメッセージを読んでいるうちに、あっという間に時間が経ってしまったのだ

来春にはホームにも待合所にもおそらく入れなくなる。ただ、この素晴らしいメッセージの数々が、どこか目に触れる場所で保存されることを願いたい

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~代行バス停留所から徒歩5分の高台にある駅

※訪問は2026年7月15日

最も感情移入した駅に

大平駅の駅舎にあった張り紙

私が下車した停留所の案内があり「バス停はございません」の文字

現在は代行バスとわんタクを合わせた時刻表がある(昨年もあったはず)ので、案内の張り紙はそれ以前のものだろう。ただここで重要なのは「下り(三厩方面)利用の方は道路の向かい側でお待ちください」の文章

今はすっかり慣れたが、地方に行くとバス停が道路の片側にしか設置されていないことが結構ある。駅訪問に路線バスやコミュニティバスを取り入れるようになったのは、ここ10年ほどの話なので、最初は戸惑った。このように上下線両方の時刻表が掲載されていたり「向かいで待ってください」の注意書きがあれば、なんとなく想像はでき、また最初に出会った「片側のみの停留所」に「向かいで待て」の案内があったので、それ以降は何も書かれていなくても向かいで待って、バスが見えたら「お~い」と手を振ることにしているが、自分の中で最も歴史的なのはこちらで

これはかなり参ったというか、北海道の山中で言いようのない不安に襲われた

ただ今回はそのような心配はない

わんタクは普通の路線バスのように停留所で待って乗ることもできるし、ワゴン車での運行ということで万全を期して予約することもできる。私は昨年に続いて予約しての乗車だった。だから、おそらく向かいまで行かなくても立っていれば運転手さんが探してくれる

そして最初に言ってしまうと、ここから向かう津軽浜名駅が廃線予定区間の7駅の中で最も印象に残るというか、感情移入した駅となった

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待合室があるということは

それでもきちんと道路の向かいで待つ

すると北海道新幹線の高架の向こうからわんタクがやって来た。再び外ヶ浜町から今別町へと向かう。ちなみにかなりの乗車があって、もう1人2人乗客がいれば、もしかするともう1台のワゴン車が必要だったかもしれない。やはり、はるばる行く時は予約しておいた方が良いかもしれない

40分ほどかけて

ワゴン車を降りた。それなりの集落の中だ

待合所がある。ということは、駅と離れているのだろう。現時点では休止区間の駅はあくまでも現役の駅で駅舎にもホームにも入れる。つまり駅と代行バスの停留所が近い場合は、そこでお待ちください、というのがJR東日本のスタンスのようだ。前回の大平駅や昨年訪問した中小国駅は100メートルほど離れているが、それでも停留所から駅が見えている

ということで歩き始める。大川平駅のようにスマホの地図アプリを頼りに進み始めるが、かなりある。というか、少なくとも地図を用意するか地元の方に尋ねるかしないと、たどり着けないだろう

300メートルというのは、かなりの距離だ。グーグル地図では、津軽浜名駅から津軽浜名駅に行ったことになっているが、代行バスの停留所名が津軽浜名駅なので、そのような表記になっている。正式に廃駅となると、地図そのものも更新されておそらく別のものになる。来年(つまり2027年)の今ごろにこの記事を見ると、別の表記になっているのだろう

バスの通るメインストリートは右側を行く道路で、駅へはここから左へと折れる

しばし坂道を登っていくと

線路に到達して一安心

奥に駅がある。そして子どもたちの歓声が聞こえてきた

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~ちょっぴり悲しいピカピカの施設

※訪問は2026年7月15日

写真だけだと分からないかも

巨大な壁を眺めた後、いよいよホームへと向かう

まさに花道と呼ぶにふさわしい通路を歩く。もちろん自然に帰る過程での花で、雪に閉ざされた季節が終わると夏に向けて一斉にエリアを広げ始める。小径と呼んだ方がふさわしそうな通路の先は、もうアスファルト部分が見えなくなりつつある。右手にレールがのぞいているが、これだけでは何のことか分からないかもしれない

振り返るとこのような景色が広がる。これで駅の構造が分かっていただけたと思う。新幹線の高架の下から飛び出てくるように津軽線の列車が入線していた。右にあるのが駅舎でホームと駅舎は随分と離れている

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13年で役割を終えた新しい建物

ホームに立つ。この部分だけ見ると、最初に訪問した大川平駅と比べ、まだ現役感が残っている。除草が行われているのかは分からないが、ホームに面した部分だけはレールがしっかり残っている

大平駅は1958年(昭和33)に、蟹田~三厩間が延伸された際に開業した。「おおだい」と読む。最初に訪問した大川平駅が「おおかわだい」で、何やらややこしく感じるが、ともに地名である。「八幡平」に代表されるように東北では「平」が多く使用される

ホームに隣接しているのは保線車用の車庫である

離れたところにある駅舎と全景を見ると、かつては島式ホームだったらしい。片側の保線車用の車庫の隣にはもうひとつ建物があって。こちらは真新しい

カーテンが見えているが

ここは保線にあたる方の休憩室だったようだ

財産票があり、休憩室であることが示され平成21年とある。つまりは2009年。津軽線と海峡線の分岐に近い当駅は無人駅ではあるが、保線の基地でもあったのか。ただし2022年の大雨で津軽線は不通となったため、13年しか使われなかったことになる。すでに役割を終えることは決まっているが、建物が新しいだけに、よけいに感傷的な気分になってしまう

きれいな駅舎内と案内

駅舎へと向かう。開業時からの昭和30年代らしいコンクリート製建物

駅舎内はきれいに清掃されていて駅ノートも置かれている。昨年、今年と休止の各駅を訪問したが、ホーム付近は自然に帰ろうとしているのに対し、施設内はどこもきれいである

大平駅は集落のやや外れに位置していて、集落の方面に向かうと大平山元遺跡がある。わんタクの停留所もある

駅から近く、このポスターは列車が来なくなる前からあったものだろう

ここから今度はわんタクに乗って再び今別町方面に向かうが、地図で分かる通り、バスは踏切を横切る。最初に訪問した大川平駅に蟹田駅から向かう最中そして大川平駅から大平駅に向かう際にも、必ず踏切を通る。そのあたりは郵便局もあって集落の中心地なのだが、当然ながらバスは踏切で一時停止を行う。列車は絶対に来ないので一時停止の必要はなさそうだが、形の上ではまだ現役の踏切だからなのか「一時停止の必要はありません」の文字はなく、一時停止する

あと半年もすれば、一時停止必要なしの看板が建てられるのだろうか。それとも単に踏切が撤去されるだけなのだろうか。1日に何度も一時停止を味わうと、こちらも感傷的な気持ちになった

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~鉄道の三叉路を臨む駅

※訪問は2026年7月15日

グンと離れた場所へと移動

こちらは大川平駅に掲げられていた今別町の地図。これを見て今別町内ではローカル線らしくなく、短い間隔で駅が設置されていることに気づく。休止区間の各駅訪問の起点となる蟹田駅は外ヶ浜町、終点の三厩駅も外ヶ浜町で、自治体的には外ヶ浜町は飛び地の構成で、間に今別町が挟まった形になっているが、北海道新幹線の駅が併設の形となっている津軽二股からこまめに駅がある。それぞれの駅間は徒歩でも十分なぐらいだ

ただし今別町にある津軽二股駅から外ヶ浜町の大平駅までは駅間が長い

津軽線は列車が走っていないのでグーグル地図は代行バスまたはわんタクでの移動が表示されるが、バスで20分以上、距離にして10キロ以上の行程。津軽線の駅間も11・6キロで、もちろん津軽線内で最長の駅間距離である。それほどこの間には集落らしきものがない

ということで8時18分発の代行バスは8時39分に大平駅に到着した

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出会ったのは大きな壁

写真で分かる通り、こちらの停留所には「大平駅」の看板があるので駅はここからでもすぐに分かる場所にある。幹線となっている県道から奥まった場所にある駅が見える。ただし駅に近いためか、大川平駅にあったような待合所の建物はない

県道の突き当たりに駅舎が見えてきた

大きく高く成長した雑草に覆われた駅に来て、まず最初に目に入るのは、ホームなど駅の施設ではない

巨大な壁だ。ホームの逆側にそびえている

その背後に高架が見えるが、これは北海道新幹線。津軽線はここ大平駅の蟹田方面にある中小国信号場で海峡線と分岐し、その海峡線は大平駅の手前あたりで北海道新幹線に合流する。それらはJR北海道の施設となっていて、当然だが電化されている

中小国駅は昨年の同時期に訪問した。当駅も駅は残っているが、津軽線の列車は来ない廃駅対象の駅だが、JR北海道の海峡線の始発駅となっているため列車はやって来る。列車といっても企画列車でない限り貨物列車で、通過していくのみ。始発というのはあくまでも帳簿上のことだが、中小国駅は廃駅となっても線路、列車ともにこの後も残る。線路がなくなるのは中小国信号場から三厩の部分である

つまりこの近辺き中小国信号場と大平駅の間で海峡線が津軽線を離れて北海道新幹線に合流する場面と、残された津軽線が単独で三厩を目指す場面が行われる鉄道の三叉路なのだ。2022年8月の大雨による運休で津軽線の列車が来なくなったことにより三叉路のシーンは見られなくなり、そして来春、三叉路は正式になくなる

北海道新幹線の開業前、青森方面から津軽線に乗車すると青函トンネルとつながる電化区間は特急がバンバン走り、蟹田にも停車していた。蟹田から三厩を目指すと、急に我に返ったように非電化単線のローカル線をトコトコ走り始める落差感がいっぺんに好きになった。その感触は一部すらももう味わうことはできない

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~名残を惜しんで次の駅へ

※訪問は2026年7月15日

この景色は最後

あらためて大川平駅ホームからの景色。手前にかすかに見えるレールに気づかなければ、一体何の景色か分からないだろう。しばらくたたずんでいたい絶景だが、そろそろここを離れなければならない。今回巡るどの景色もそうだが、現役の鉄道駅という意味では、すべてが私にとっては最後のものとなる

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ちょっと気になるもの

駅を離れようとした時、ちょっと気になったものが2点ほど

道路と駅の敷地にある柵と小さな切れ目。切れ目というより、ここが入口だ。1958年(昭和33)から、当駅はずっと無人で、なおかつ旅客専用だったと思われるが、妙に気になるこの幅は、車の誤進入を防ぐためのものだろう。そして鉄道会社にとっては、ある意味便利で、廃線後は、この小さな切れ目にチェーンやロープを張るだけで事足りる。あくまで人だけを通れるようにするためのもので、まさか人を通せないようにするため都合の良い存在になろうとは、さすがに鉄道会社も想像だにしていなかったに違いない。少し悲しい

そしてもうひとつは駅を出たところにある電話ボックス。現在の日本では災害時対策として駅など「人が集まる」場所には公衆電話が置かれることになっているが、こちらの処遇はどうなるのだろう。おそらくというより、間違いなく利用者は現状ゼロだと思われる。大都会の公衆電話もおそらく利用状況は似たようなものだと思われるが、駅がなくなることによって、ここは「人が集まる」場所ではなくなる。そもそも列車が走っていた時ですら1日わずかに5往復。どのぐらいの人が集っていたのかは定かではないが、すっかり自然に戻りつつある駅のホームと同様、緑の襲撃を受けている

この記事を読んでおられる方のうち、果たしてどのぐらいの方が公衆電話を利用したことがあるかどうかとなると「1度もない」と答える方が、もはや多数を占めていると思う。1995年の阪神淡路大震災の時に公衆電話を求めて長蛇の列に並ぶ1人だった私には、やや寂しいことだが、かくいう私も震災の1年後に四国に転勤してからは、公衆電話を利用した記憶はない

荒馬の里

バスの停留所へと戻る

荒馬の里とある。昨年バスの車中からこの看板を初めて見た時、一体何のことだろうと思った。イラストに馬が描かれている。この地域では暴れ馬を飼育する伝統があるのかと思ったが、恥ずかしいほど全く間違っている

「荒馬」は「あらま」と読む。馬役の伝声と手綱をとる女性がペアとなって跳ね踊る今別町の伝統芸能で、田植えが終わった時に田んぼの神様に感謝する行事。毎年夏に盛大に行われる。地域ごとに跳ね方に違いがあり「今別荒馬」「大川平荒馬」「二股荒馬」の3つがあるという(ここまで調べて鉄オタの私はすべて駅名だと思ってしまった)。もともとの由来は騎馬や農耕馬にあるようだが、実際に馬は登場しない(なお今別町のHPによると資料館は施設老朽化のため、今年3月で閉館した)

プレハブの停留所の向こうには商店があった。この日はお世話になることはなかったが、ローカル線の旅ではしばしば地域り店舗のお世話になる。いつの間にかコンビニに慣れされてしまった身には貴重の場である

代行バスがやって来た。1年前と同じくワゴン車の2台運行である。私のほかにも地元の方が1人。次に目指すのは大平駅だ

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~溶け込む山の景色と子どもの声

※※訪問は2026年7月15日

集落の外れにたたずむ

代行バスを大川平の集落で降りる。肝心の大川平駅は、やや離れたところにある。距離にして100メートルとちょっとだが、あらかじめ場所を把握しておかないと、このメインストリートからは分かりにくい。駅と停留所の場所はわんタクのHPなどで確認できるが、目指すのは停留所ではなく駅なので、携帯アプリという便利な武器がある。列車が来ることはないが、形の上では現役の駅なのでアプリが場所を教えてくれる

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泣き声を聞きながら

道路を右に折れると突き当たりが駅である。白い駅舎が見えてきた

すると、ここで近所の家から子ども大きな泣き声。不意の出来事にビックリしたが、時計を見ると8時前。夏場で家の窓は開放的になっているようで、どうも学校に行くのをグズッている感じだった。地方に行き、奥に入っていくに従い、小学生に出会う比率が減っていく。その意味では元気なお子さんがいることは大変結構

「おおかわだい」とひらがなで書かれた大川平駅に到着である。ホームがあって、その向こう側は農地。集落のやや外れに位置している

レールもすっかり埋もれ

単式ホームにコンクリート製の駅舎がある。ホームの前はもちろん線路だが、2022年8月の豪雨被害から4年近く列車が来ていない線路はすっかり草に埋もれている

逆側を見ると、草木はすでにホームにも侵入しつつある。冬場は雪で覆われる近辺だが、雪のない季節にこれだけの成長を遂げるのだから、自然に帰るパワーは凄いと実感させられる

きれいな駅舎内

コンクリート駅舎に入る。大川平駅は1958年(昭和33)の開業。津軽線は1951年に青森~蟹田が、1958年に蟹田~三厩が開業。不通となっている区間は、後に開業した部分である(蟹田~中小国信号場までは貨物列車は運行)。昭和30年代の開業とあって、駅舎も当然のようにコンクリート製である

駅舎内はきれいに清掃されている。ここには列車はもちろん、代行バスも来ないが、待合室は廃線の日まで現役である

昨年も各駅で見たが、不通となった時からの時刻表がそのまま掲げられている

ふと見ると私が降りた停留所までの道案内。合わせて250メートルだから、かなりの距離だ。この駅に列車は来ないにもかかわらず、停留所への地図があるのは、地元以外の人がこの駅まで来てしまった場合に停留所を求めてウロウロせずに済むようにだろう。逆に言うと、私のように停留所で降りて列車の来ない駅まで来る人間は、超一部の「同業者」を除くと皆無なんだろう

ホームからは津軽の山々が見える。なかなか壮観だ。写真を見て今気づいたのだが、このあたりはまだレールが見えている。ただ当地を訪れてから約1カ月。すでに埋もれているかもしれない

待合室に掲げられた駅名標。一見、電灯式に見えなくもないが、確認する方法は私にはなかった

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~昨年と同じ行程で早朝の青森駅から

※訪問は2026年7月15日

人もまばらな朝6時の青森駅

朝6時の青森駅。昨日の夕刻に到着した時、多くの人が往来していたが、ほとんど人の姿は見えない。1年前と同じ光景

今年も津軽線の不通区間を訪ねる。そして来春にこの区間は正式に廃線となるため、これが最後の訪問となる

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昨年と同じ行程

手元には北海道&東日本パス。これも昨年と同じだ。ひとつ異なる点は、昨年は東京から延々と東北本線→IGRいわて銀河鉄道→青い森鉄道と乗り継いできたが、今年は空路仙台まで飛んだので、きっぷの調達は仙台駅で。ただし青森からは同じ行程となる

昨年は中小国駅、今別駅、三厩駅を訪れた。不通区間にあるのは7駅で、津軽二股駅はそれ以前に訪問済み。つまり残るは3駅。今年も代行バスと地域乗合いタクシーのわんタクを利用する。わんタクは津軽線沿線の三厩までは北海道&東日本パスを利用できるので、乗車の際の追加料金はかからない。これも昨年と同じ。昨年が3駅今年も3駅の訪問。だから昨年と同じバス、同じわんタクを利用すれば、3駅を訪問できるのだ(もちろん駅での滞在時間は異なる)

津軽線の乗車も当然同じ。蟹田発5時33分で青森着6時8分の列車が、折り返し蟹田行きとなる。6時過ぎの到着だが、この時間から学校に来る生徒さんもいるようで、それなりの下車がある。ただし蟹田行きに乗車したのは私を含め6人だった。昨年の記事を見ると5人となっているが、ほとんど変わらない

蟹田から訪問が始まる

蟹田に到着。ここから先は不通区間となる。線路は先に伸びていて現役だが、これは北海道へと向かうJR北海道の海峡線だ。隣駅の中小国駅で津軽線と分岐する(正確にはその先の中小国信号場)が、旅客列車は原則として走らず貨物列車のみが走る

たから、ここから先へは列車で向かうことはできない

蟹田駅には代行バス、わんタクの停留所の場所が記されている

蟹田駅で代行バスを待つ

早めに順番待ちの小学生とともに乗車する。最初に向かうのは大川平駅

40分ほど揺られて集落の中にある停留所で降りる

こちらがバスの待合所。今の季節というより、冬場対策を感じさせる建物となっている

中には時刻表そして「照明は点灯しません」の注意書き。建物を管理しているのはJR東日本となっている。津軽線が廃線となった後の地元の交通機関については、わんタクと町営バスを統合したものになる。わんタクは元はといえばJR東日本が実証実験を始めたもので、廃線後もJR東日本は地域交通に関わることにはなる

ここから大川平駅へと向かうが、立派な待合所があることで想像ざきるように、ここから駅までは少し距離がある。歩いて行こう

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~あと一年半 また来ます

※訪問は2025年7月10日

5分間停車の奥津軽いまべつ

三厩駅から海へと伸びる坂道をワゴン車のわんタクが駆け上がってきた。蟹田方面へと戻ろう

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津軽二股駅2019年

わんタクは奥津軽いまべつで約5分間のお手洗い休憩をとる。代行バスは基本的に休憩時間はないが、乗車していた感覚だと、その旨を伝えれば少し待ってくれそうではある。三厩駅や今別駅にもお手洗いはあるが、バスの停留所から簡単に行けて複数の利用でも問題ないのは新幹線駅でもある当駅だ

ただ代行バスについては基本的な考えとしては、ここは津軽線の津軽二股駅。渡り廊下のようになっている駐車場を横切ると道の駅があって、そこが津軽二股駅だが、5分間で行って戻ってくるにはダッシュが必要なので体力に自信のある方でないとおすすめしない

ここ津軽二股から青森までは北海道新幹線と津軽線が並行して走る区間(正確には新幹線の駅は新青森)となるが、整備新幹線である北海道新幹線と津軽線は並行して走っているのに、なぜ並行在来線の扱いを受けていないのかと思う方もいるかもしれない。整備新幹線の基本的な考えだと、この区間は三セク転換されることになり、現に北海道側は木古内~五稜郭の江差線が道南いさりび鉄道に転換されている

これは新幹線がJR北海道、津軽線がJR東日本と別会社だからで、両線はそのままの形で存続することになった。その分、奥津軽いまべつと津軽二股は近くにある駅というだけで、乗継ぎや連絡はほとんど考慮されていなかった。私は前記事でも記したように2019年にここ奥津軽いまべつを訪れ、北海道新幹線開業前の津軽今別駅時代にも訪問している

北海道新幹線の開業前は函館から特急「白鳥」で当駅を訪れ津軽今別で下車。津軽二股駅まで降りて津軽線で青森駅へと向かった

2019年は仙台から東北新幹線に乗り、奥津軽いまべつで下車。津軽二股から三厩へと向かったのは前記事で記した通りだが、その後は再び津軽二股まで戻り、青春18きっぷオプション券を利用して木古内から函館へと向かった

これがその時の写真だが、ビルのような奥津軽いまべつ駅。階段でチャレンジしようとすると115段の案内があり「三江線の宇都井駅と同じだ」と思った記憶がある。もちろんエレベーターを利用したけど。とにかく待ち時間が長く、道の駅で食事をしても時間が余り、奥津軽いまべつ駅の待合室で延々とテレビを見たことも覚えている。エアコン完備で快適だった

津軽二股で下車し、青森行きの列車を見送った時の動画がこちら

この時は3年後の大雨被害は考えもしておらず、軽い気持ちで撮ったため、ハンパなものにしかなっていないが、貴重な動画になってしまった

先を遠慮したわけ

お昼前に蟹田へと戻ってきた。朝の7時とは違って駅員さんのいる時間帯となっていた

今回の旅はここまで。津軽線の廃線予定区間には7つの駅がある。わんタクはまだまだ運行がある。今回訪れたのは3駅。津軽二股は以前も訪問しているので残り3駅。頑張れば、この後もすべて回収できそうだが、ここまでにしておいた。代行バスなら何も考えずにバンバン乗り降りするが、地域の貴重な足でもあるわんタクを、鉄オタがフリーきっぷを利用してタダ乗りするのもどうかと思ったからだ

蟹田以北の津軽線廃線後のJRの関わり方は、まだ確定していないが、現時点では完全にバス転換した後も何らかの形で運行には関与することになっているようだ。日田彦山線BRTの項でも触れたが、ここが最も大切な部分だと思う

おそらく来年の夏にも北海道&東日本パスを使用する。その時は残る3駅も必ず訪問したいと思っている

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~最果ての管理駅の現在

※訪問は2025年7月10日

中小国駅から約1時間

三厩駅へと到着。中小国駅からわんタクで約1時間の道程だった

駅前では朝の7時すぎに蟹田から今別まで乗車した代行バスが「休憩中」。このバスは8時2分に当駅に到着し、同7分に三厩体育館まで行って終着となる。ここまで戻って待機なのだろう。17時40分に三厩体育館を出て当駅経由で蟹田に向かうので長い休憩である

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聖徳太子がいなければ

三厩駅は平成の大合併まで存在した三厩村に基づく。「厩」とは、なかなか難しい文字だが、馬小屋で生を受けたという聖徳太子の「厩戸皇子」という名前を学校で習った方なら、触れた経験のある文字だ(ただし書け、と言われても書けないが)

村の名前も馬に基づく。当地には平泉で亡くなったとされる源義経が当地で3頭の馬を得て北海道へと逃げたという伝説があり、地名となった

当駅は今別町から外ヶ浜町に入ってすぐ(外ヶ浜町は飛び地となっているので、正確には1度外ヶ浜町から出て再び入る形となる)の場所にあるが、観光案内図でも義経ゆかりの場所が記され、義経が北海道に渡った伝説についても解説がある

かつては有人駅

三厩駅は1958年(昭和33)の開業。蟹田から延伸された終着駅となった

代行バスが三厩体育館まで行くのは、その付近が三厩の中心部だからだと思われる。駅自体は海から徒歩で10分ほどの高台にある

三厩駅が有名となった理由のひとつとして有人駅だったことが挙げられる。信号システムが遅れたおかげで、1日5本しかやって来ない駅にもかかわらず駅員さんがいたばかりか、今別、津軽浜名の3駅を管理し駅長もいた。映像や写真で積雪の中、駅業務に従事する職員の様子が紹介されていた

2019年に無人駅となったが、有人駅だった面影はまだ残る

龍飛埼への観光拠点としての役割も担い、駅舎内のこのイラストも駅が紹介される度に登場していた

ホームへと入る。錆びたレールはこの先で終わっている。以前と大きく様変わりしたのは、この部分で後述する

ホームとレールは今別駅と同じ光景。ずっと島式ホームだったが、2019年の無人化の際に片方だけの使用となった。ここに列車が来ることはもうない

2019年の思い出

三厩駅に来るのは6年ぶり。前回は2019年の8月終わりだった

この日のことは今もよく覚えていて、前夜は仙台に宿泊。仙台から東北新幹線で奥津軽いまべつで下車して津軽二股から津軽線に乗車。三厩駅へと赴いた。津軽二股から青春18きっぷを利用することにしたので、津軽線の車掌さんにサインをもらった。三厩駅は訪問の2カ月前に無人化されていたためで、2度とできない思い出となった

車内は18きっぱー専用列車のようになっていてホームは同業者(鉄道ファン)であふれていた

使い古されたサボが印象的

現在の錆びたレールと行き止まりの草むらを前掲したが、この時はポイントがあり、その先にスノーシェッドに守られた車庫が残っていた。無人化に伴い、ポイントも車庫もこの後撤去されることになる

駅でずっと一人

この時は、列車がすぐ折り返すということで滞在時間わずかで同業者とともにゾロゾロと再び列車に乗り込み青森方面へと戻ったが、今日は30分ほど時間がある。ただ6年前と決定的に異なるのは、当時は人であふれていた駅が、今回はやって来たのも1人、駅から出発したのも1人だったということ。つまり私がこの日、この時間帯にたまたま訪問しなければ、誰も来る人はいなかったということになる。「たまたま来た私1人だけ」のフレーズは過去何度も書いてきたが、鉄道ファンにも人気だったこの地で同じ体験をするとは思ってもいなかった

ホームから駅舎を眺める。宿泊もあった大きな駅舎だ

駅舎内の手作り観光新聞そして

駅ノート。訪問時は私1人だったが、間隔を空けずに次々と書き込みがある。駅を訪れた人の熱い思いが伝わってくる内容だった

お手洗いを借りた時に繰り返し書かれている「マムシ注意」の文字が気になって、草むら部分に入ることはできなかったが、前回がわずかな滞在で終わっただけに充実の時間だった

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~わんタクでの各駅訪問

※訪問は2025年7月10日

代行バスを昼間に補完

中小国駅の代行バス停留所。今別駅でも紹介したが、代行バスに加え「わんタク」の時刻表がある。ここから三厩駅へと向かうのだが、ここからは、そのわんタクを利用する。時刻表で分かるように現状では朝夕しかない代行バスを昼間に補完する形となっている

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路線バスと同じだが予約がおすすめ

わんタクは蟹田駅と龍飛埼灯台を結んでいる。代行バスは津軽線の代行なので三厩までしか行かない(正式には三厩のひとつ先の三厩体育館まで)が、こちらは観光名所の灯台まで運んでくれる。鉄オタ視点からだと青函トンネル記念館も通る。料金は1回の乗車につき500円だが、三厩までならJRのきっぷや定期券を持っていれば乗車できる。もちろん青春18きっぷや今回私が利用した北海道&東日本パスも有効。三厩までのJRの乗車券を所持しているが、その先は持っていない場合は追加料金300円

注意すべきは「定時便」「フリー便」の2種類があること。前者は写真にある時刻表通りに運行される1日4往復で、いわば路線バス。そして後者は、いわゆるデマンド型。パンフレット等では観光でも利用できると記されているので地元住民でなくても利用できそうだが、そちらについては最初から調べてもないので前者に絞って説明する

定時便は路線バスと同じなので停留所で待っていれば乗せてくれる。ただ運行はワゴン車なので時期や季節によっては乗り切れないこともあるので、その点は留意する必要がある

私も過去、各地のコミュニティに随分乗車し、ワゴン車タイプもかなり乗ったが、満員で乗り切れなかった記憶はない。ただわんタクについては龍飛埼という有数の観光地に向かうため混み合うこともあるため、事前予約がおすすめだ。わんタクのHPに予約用の電話番号とWEB予約ページがあるため、こちらが便利。私はWEB予約を行った(ただし電話予約は当日も可能だがWEB予約は前日まで)。予約が多い場合は追加のバスを用意してくれる

予約作業は極めて簡単だ。私の訪問時はどの車両もすいていて結果的には停留所で待っていても乗れたが、現地で聞いた話だと予約が多くて現実に追加のワゴンが用意されることもあるそうなので予約を推奨したい

そもそも予約しておけば、確実に乗れる。私は体験したことがないが、地方のバス路線では、いつも同じ人ばかりが乗っているので一見さんが停留所に立っていてもスルーされてしまうこともあるとか。また、この中小国駅は道路の片側にしか停留所の立っていない、これもよくある不安なパターンだが、予約しておけば停留所にいても向かいにいても運転手さんの方で探してくれる

片側しかない停留所の場合、平素は停留所の向かいに立って「お~い」と手を振るのだが、この日ばかりは停留所に立っていた。やって来たバスは向かいで停まってくれた。あとは乗車時に名前を告げれば良い。すでにきっぷを持っている場合は、そのむねを告げ、ない場合は降車時に支払う。交通ICも利用可能

停留所が多い分、他の利用も

わんタクはルート上では、どこでも乗降可能となっている。乗車については予約が必要だが、降車については運転手さんが分かるように伝えれば大丈夫。私が乗車した時のこと。これはフリー降車ではなく一般の停留所だったが、降車ボタンが押された際は気にもとめていなかったが、降車したのは明らかな同業者(鉄道ファン)。目的は明白で、おそらく新中小国信号場を見に行ったのだろう

徒歩だと20分。わんタクで降りると、ほぼ目の前である(代行バスの停留所にもなっている)。なるほど、と感心してしまった

またわんタクは代行バスに比べて停留所の数が若干多いが、私が興味を持ったのは

車窓から見えた青函トンネル入口広場。文字通り青函トンネルの入口が眺められる場所となっていて、出入りする新幹線や貨物列車を見ていられる子どもにも人気のスポットだという

2027年の津軽線廃線後の代行バスやわんタクの形やJRとの関係性はまだ未定だが、少なくともそれまでならフリーきっぷで乗ることができるので、代行バスと合わせてぜひ利用したいアイテムである

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