これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~歩きたくないのに勝手に足が動き出す不思議

※訪問は2026年7月15日

小さな交差点で立ち止まって…

義塾高校前駅から住宅街の方に出る。駅前は何もないのに少し歩くと住宅街というのは不思議だが、あくまでも学校の移転により設置された駅で、近隣住民の皆さんのことは考えると駅を設置する場所がすでになかったというところだろう。しかも以前からの住民の方々のためにはJR奥羽本線の石川駅がある。最初の予定では石川駅まで行き、弘前駅へと出るつもりだった。奥羽本線の普通は昼間はそう多くは運転されていないが、今のタイミングならちょうど良く電車が来るのだ。奥羽本線に乗れば、中央弘前駅と弘前駅の移動問題も解決する

ただJRと大鰐線の交差点まで来て、少し気が変わってしまった

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歩いた景色を思い出し

踏切から向こうを見れば石川駅が見える。すぐの場所だ

そういえば

昨年3月はこうだったなぁ、と景色がフラッシュバックしてしまった

となると、ちょっとあの時と同じ道を歩いてみるか、という気持ちになってしまった

現在地から約15分。昨年3月は大鰐線の石川駅から歩いたが、今回は逆コースとなる。実際にはややウロウロしながら歩くので、もう少し時間はかかるが、大鰐線も1時間に1本の運行。時間はたっぷりある

それにしても弘前学院大前駅では、同じような15分ほどの徒歩を暑さがイヤで止めたのに、こちらはもう少し長そうな距離を歩こうとしている。なかなか人間、強烈な思い出には勝てないものだ

雪に阻まれ、水に阻まれた1年半前

それでは歩いていこう。線路沿いの道路を歩く。舗装はされていない。昨年3月は舗装のなさが、ちょっとした悲劇

当該地を通り過ぎて振り返ってみた。昨夜から今朝まで降った雨の水たまりが少し残っている。もともと水はけの悪い場所なんだと大変納得

というのも当時は

このような状態だったからだ。他に回り道はない。というか踏切が見えているので、すぐそこがゴールである。ということで右端のできるだけ水たまりの小さな所をそろそろ進んで最後はジャンプ!

何とかクリアしたが、着地時にひざを痛めてしまったようで、実は今も冬場に痛みが出る。それまでひざなど痛めたことがなかったので、ある意味勲章をもらったことになる

途方に暮れた思い出も

大鰐線の高架をくぐっていく。JRをオーバーパスするための立派な高架は大鰐線唯一のもの。こちらも残念ながら役割ほ終える運命にある。今日はそういう意味での感慨を持ってながめることができているが、昨年はそのような余裕は全くなかった

しばらくすると奥羽本線をくぐる小さな道路にやって来た。私がとるコースは手前側に進むが、昨年3月はこの手前側からやって来て、携帯アプリにJRをくぐるよう指示された

先に挙げた地図で毘沙門天堂が示されているが、ここを経由するコースだったらしい

実際に行ってみると、このような感じでリンゴ畑の横を進めばたどり着けそうだが、当時は

こうだった。これは無理だろう。足跡を付けた人が偉すぎる。正直泣きが入った。もう1度奥羽本線をくぐって、半ばヤケクソに進んだのが、今日来た道、当時進んだ道である。この絶望的な雪に比べると水たまりぐらいなんとことないのである

その時の記事がこちらである。これは私の中でもなかなか忘れられない旅と

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これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~こんな景色だったのかと改めて知る

※訪問は2026年7月16日

一番降りて見たかった駅

列車は義塾高校前駅に到着。今回最も降りてみたかった駅である。というのも、ホームに降り立ち「こんなところだったのか」と改めて思いたかったからだ。ホームの向かいにはビニールハウスがあるが、昨年3月、そのような意識は全くなかった

あったのはフェンスの意識だけだ。そもそも積雪に見舞われる季節は、雪の重さにやられてしまうビニールハウスは設置されていないのだろう

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とにかく一面白の世界

そもそもホームからの景色がこちらだった

原型はこのようになっていたのかと感心するというか発見である。昨年3月の時点では一面の雪の白い世界

こちらは駅を立ち去ろうとして撮った写真。日本の各地で見る光景だが、四季が加わるとこうも違うものかと思ってしまう

遠巻きに見るとリンゴ畑があって、その向こうに電車の架線がわずかに見える

それが1年半前は

もう全く別世界。というか雪の中には何があるかというクイズの答え合わせに来たようなものだ

当時と比べて今の方が道路から駅の施設がよく見えるな、と思っていたが、これはおそらく雪に阻まれていた雑草が雪解けと夏の日差しのもと、一気に成長したからだろう。津軽線の休止駅でも見てきたが、自然の力のすごさを感じる

次の駅へと歩き始める

当駅は東奥義塾高校への通学のための駅で、学校が当地に移転してきた際に設置された。1987年(昭和62)のこと。だから駅周辺には何もない

弘南線の尾上高校前駅をこの日の朝に訪ねているが、こちらの駅も学校の開学とともに誕生した。周辺には何もない。移転と開学では違うが、学校の建物が新たにできたという意味では同じで、新たに学校レベルの大きな建物を建てる土地がある場所は必然的に街の真ん中ではなくなる。農地の中にポツンと駅が設置されたのだ

ここからは次なる目的地へと移動しよう

少し歩くと住宅街へと出る

このあたりは交通量もそれなりにあり、昨年3月の訪問の際も除雪は進んでいた。当然だが、景色はほぼ同じである。ここから徒歩で数分のJR奥羽本線の石川駅に行き、弘前駅へと向かうつもりだ。こうすると効率的に弘前駅へ行くことができ、中央弘前駅と弘前駅とのアクセス問題は解決する。しかし、ここまで来て他にも立ち寄りたいところができてしまった

と、その前にひとつ

こちらは昨年3月の写真

岩木山をバックに義塾高校前駅に滑り込んでくる電車。個人的にはなかなかお気に入りの写真なのだが、盛夏のこの日にホームに立つと何かが違う。少し考えてようやく分かった。一番最初の写真を見てほしい。岩木山は雲にかすんで全体が見渡せなかったのだ

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これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~根性のなさが招いた思わぬ発見

※訪問は2026年7月16日

私鉄利用の降り鉄には超貴重な駅

千年駅から2駅中央弘前方面へと戻り、弘前学院大前駅で下車

ご覧のようにスーパーとの合築駅となっている。見て分かると思うが、建物の壁にイスと時刻表が張ってあり、駅としての機能はこの部分。ただし入るとすぐにスーパーがあり、こちらにもイスがある。スーパー利用者向けのものか鉄道利用者向けのものかは微妙なところだが、場所的には後者のような気もする

そして、この駅で重要なのは、扉の向こうですぐにお手洗いを借りられること。大鰐線内では、駅にお手洗いがあるケースが極めて少ない。今日は暑い日なので、そうでもないが、昨年3月の訪問時は、しばしば生理現象に見舞われるような日だった

そのあたりのことは昨年にも真っ先に書いている

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ここから再現しよう…のはずが

こちらが昨年3月10日の訪問時の写真。構内踏切の部分とベンチの部分は除雪してある

除雪の際に固められた雪は

高く壁を覆っていた。ちなみに雪がない今日は

このようになっている

ここでは列車を30分ほど待たなければならない。そんな風に待つのなら、わずか1・1キロの距離で、ほぼ線路沿いにある隣駅の聖愛中高前駅まで歩いた方が賢い。昨年もそうした。道中、2階まで届きそうな雪を見て驚いたものだ

外に出る

ここを真っ直ぐ進むと道なりで聖愛中高前駅に行ける。間違えようのないコースだ

1度歩いているし15分もあれば迷うことなく到着できる。ただ

暑いので歩く気力がなくなった

時間はちょうど正午。相当に暑い。しかも前述した屋内のイスの誘惑がハンパない。当然この部分は涼しい。ということで30分の待機である。すべての駅を訪ねなくてはならないというプレッシャーや義務感はないので、気楽といえば気楽

道路で見た矜持

その分、前回はできなかった周辺の散策を行うことにする。このあたりは学生さんも多い、それなりに大きな街である。聖愛中高前駅とは逆方向の道路にバス停があった。ここにも弘前駅に行けるバスが通っているのだろうと、どのぐらいの本数があるのかチェックしてみよう

すると

バス停の名称はなんと「西弘前駅前」ではないか。これはちょっと感動

先ほど引用した昨年の記事を見ていただければ分かるが、当駅は長らく西弘前駅として地元でも親しまれ、「西弘」という言葉もすっかり定着していた。ところが、駅名が突然変更されたため、地元では困惑する声が多かったという。駅舎と合築のスーパーは西弘店である

バス停の名前が西弘前駅のままだとは知らなかった。西弘前という駅は現駅名に名前を変えて18年にもなるが、停留所はそのままなのだ。初めて来た人は何のことか分からないかもしれないが、「初」の人は少ないのだろう。地元の愛着というか矜持を感じた

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これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~私にとっては衝撃の積雪の記憶をたどると…

※訪問は2026年7月16日

大鰐線から弘前駅へのアクセスは複数

中央弘前からこけしに見送られて出発。実は、この後どうやって弘前に戻ってくるのか決めていない。ホテルは弘前駅の近くに確保している。北海道&東日本パスも持っているので、昨年7月のように大鰐(大鰐温泉)~弘前をJR利用するのも可能だし、大鰐線のどこかの駅で下車してバス、そうでなければ、ここ中央弘前まで戻ってから弘前駅に行くのもありだ。前記事でも記したが、大鰐線の沿線では弘前駅に向かうバスが出ている駅がいくつかある。昨年の2回の訪問で知ったことだが、それはつまり中央弘前と弘前、両駅を結ぶアクセスが悪いが故の需要と供給という気がしなくもない

そして約10分。千年駅に到着した

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初訪問時は全く異なる景色

こちらには駅舎がある。大鰐線では貴重な部類の駅となるが、ホームから駅舎を見た景色はこの通り。分かりにくいかもしれないが、先に電車を降りた女性は日傘をさしながら歩いている。北国にしては、それほど暑くて日差しの強い日だということになる

それが昨年3月10日に訪れた時は、このような景色だった

駅とその周辺はすっぼり雪。駅の正面入口となる写真の右手となる駅前は除雪が行われていたが、裏口となる左手は雪が高く積まれたままで

少しの足跡があるだけだった

そして正面入口は

なるほど。このような感じになっているのかと、感慨に浸る。これだけを見ると何でもない駅前光景だが、私には駅舎入口にある清涼飲料水の自販機がまぶしい

その理由はというと

人の身長以上に高く積まれた雪。日傘とは真逆の光景だ。そしてこの写真では見えないが

先に進むと自販機が見えてくる。私自身、よほど印象に残ったのか

昨年6月に書いた記事で、しきりに自販機のことを書いている

このようなことを言うと、地元の方に笑われるか怒られるかもしれないが、気温が10度を超えている3月10日という日に、これだけの雪を見ることになるとは思わなかったというのが率直な感想だった。ちょっとした衝撃だった。寒い時に寒い場所に行くという行動をあまりしていないからだろうか、3月でも雪国にはこれだけの雪が残っているという知識はあっても、実際に目の当たりにすると、やはり驚いてしまう。これより少し前にも3月にどっさり積もる雪を見たことはあるが、それは東北新幹線の七戸十和田駅だった。やはり同じ青森県。だが、その時は新幹線の駅回りをしていてすぐに別の駅へと移動。もちろん新幹線での移動なので、即座にビューンと別の場所へと行ってしまう。ローカル私鉄にトコトコ揺られて降り、再びトコトコ揺られるのとでは場面の変化のスピードが全く異なるのである

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これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~まずは外せない中央弘前から

※訪問は2026年7月16日

最後は思いついた駅で降りてみよう

田んぼアート駅から弘前へと1度戻り、今度は弘南鉄道大鰐線を目指す。2028年3月での廃線が決まっている大鰐線には昨年の3月と7月に全駅訪問を行った

その多くが雪に埋もれた景色だった。今回は盛夏である。雪の景色が印象に残っている駅を再び巡ってみるのが、今回の意図。だから明確にどの駅で降りるとかは考えていない。車窓から見て思いついた駅、思い出した駅で降りてみるつもりだ。そして最も重要なのは、これがおそらく私にとって最後の大鰐線利用となるということだ

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弘前駅からは循環バスで

まず目指すのは、ここは外せない中央弘前駅である。弘南線と大鰐線のアクセス方法はいくつかあり、私も昨年2回訪れて本数の多いバス路線も頭に入るようになってきたし、歩くならどことどこ、という感覚も身についてきたが、ここは王道ともいえる土手町循環バスに乗車する。10分おきに出ていてJRの弘前駅から中央弘前駅のある街の中心地までを運んでくれる

ちなみにこちらが弘南鉄道の弘前駅に張られていた案内図。循環バスに乗車した場合の停留所も書かれている。150円バスと記されているが、IC乗車の場合は130円だ

昨年3月に弘前に来た時は中央弘前駅を利用したが、7月は大鰐線と弘南線を徒歩で移動したため、中央弘前駅は利用していない。だから昨年3月以来の訪問となる

当然雪景色はなく

前掲した地図にもあるように蓬来橋で下車。ご覧のようにこのあたりは弘前市の旧来からの繁華街の真ん中となる。JR(国鉄)の駅が街の中心地から離れているという典型的なパターンだ

バス停からは川沿いに歩行者専用道路を歩いていけば、すぐに中央弘前駅である

こちらを真っ直ぐに

駅の近くまで来てバス停の方向を振り返るとこんな感じ。そして昨年3月はというと

雪は随分と残っていた

もっと対照的なのは駐輪場あたりで

こちらはすっぽりと雪。の脇に数台の自転車があるが、これだけ雪が積もると、どこに自転車を停めるのか、さすがに地元の方でないと、分からない

センチメンタルなカウントダウン板

中央弘前駅である。何度見ても味わい深い駅舎だ。駅の周辺は旧来からの繁華街だが、街の開発は進み、新しいマンションなども建っていて古風な建物は少なくなっている。それだけに1952年(昭和27)の開業以来とされる駅舎は異彩を放つというか、大いに自己主張している

古風な改札にある古風な文字の数々。「発車時間の5分前から改札します」と書かれている通り、列車ごとの改札。弘南線は途中駅にも有人駅がいくつかあるが、大鰐線は大鰐駅と中央弘前駅の起終点のみが有人駅だ

そんなノスタルジックな中央弘前駅だが、現実に戻される場面もある

駅舎に掲げられたカウントダウンのボード。まだまだ日数があるようだが、こういうものは数字が減るのが早い。昨年3月の訪問時はまだなかったカウントダウンに、前日に訪問していた津軽線と同様、一気に感傷的な気持ちが押し寄せてきた

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弘南鉄道弘南線の全駅訪問の詰めを行う~田んぼアート今年はしっかり見てきました

※訪問は2026年7月16日

朝の8時半に「始発」で到着

尾上高校前駅から1駅、田んぼアート駅で下車。昨年に続き2度目の訪問。まず時刻表を見てほしいが

私は8時36分の黒石行きに乗ってきて降りた。つまり、これは始発である。これだけの本数がある路線で8時半が始発というのは、あまりないが、要は田んぼアートのための駅なので、展望台が開館していない時間に電車を停める意味がないのだ。それ以前の電車はすべて通過する。最終が17時半というのも同じで、それ以降はすべて通過。さらに言うと、田んぼアートが行われていない冬季はすべての列車が通過する

今年は最優先で一番乗り

ほぼ駅前に展望台がある。9時のオープンということで、まだ若干早い。駐車場にも車はまだない。昨年は展望台を眺めて終わりだった

各駅訪問を優先した結果、駅での滞在時間が限られてしまい展望台に上がる時間がなかったが、今年はある意味、こちらを最優先にしてやって来た

少し時間があるので、すでに開いている隣接の道の駅で時間を潰す

この時間でも十分に暑いので北東北限定というコーラで一休み

こちらは津軽浜名駅を訪れた際の自販機の写真だが、ここ田んぼアート駅近くの道の駅で、初めてお世話になった。昨年から気になっていたのだが、昨夏の訪問時は随分涼しく飲む機会がなく、1年ずれ込んだ

そして9時になったので入場。もちろんこの日の先頭打者である

ナゾも解けて大満足

300円(子どもは100円)を支払って入場。この日最初の見学客、しかも私1人だけだったので、マンツーマンで解説を聞くことができた

毎年変わる田んぼアートのテーマ。今年のテーマは地元アイドルのりんご娘

ちなみに展望台に上がらず横から見るだけだと

こんな感じで今ひとつよく分からない。やはり展望台から見ないとせっかく来た意味がないのである

そして私にはここまで来てやっと解けた謎があった。テレビのニュースなどで何度も見ている田んぼアートだが、どしてこのようなカラフルな装いができるのかが分からなかった。色はどうやって付けるのだと

それを尋ねると答えは明確だった。古代米を利用しているのだと教えてもらった。他にも観賞用の稲も使われている

ただし古代米はあまりおいしくなく食用には向いていない。その年の田んぼアートが終わると使用された稲は収穫されて食用となるのだが、古代米は食べないという。とにかく大いに納得である

駅の方を見ると、こちらには石のアート。毎年のように変えるものではないが、現在は太宰治となっている

階段で降りると、過去の作品の写真が並んでいる

なかなか楽しい。ちなみに田舎館村の田んぼアートには2つの会場があり、こちらは第2会場。第1会場とは徒歩で30分以上の距離で、交通アクセスは第2会場が抜群だ

そしてもうひとつ、こちらには道の駅以外にも集客施設がある

場外馬券場だ。週末は大いににぎわう。場所が場所だけに来るまでやって来る人が多いが、近年は弘南鉄道を利用する人も多いという。

確かに時刻表を見ると9時前に最初の電車が到着して、最終レースが終わるころの16時台に2本、17時台が最終電車と、レースのダイヤにも合っている。有馬記念のころは田舎館から歩いて来るのだろうか

とにかく満足度の高い田んぼアート訪問だった

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弘南鉄道弘南線の全駅訪問の詰めを行う~お隣の田んぼアート駅より田んぼな駅

※訪問は2026年7月16日

路線内で2番目に新しい駅

尾上高校前駅で下車。ご覧のように単式ホームの駅でホーム上に待合所があるのみの構造

開業は1999年(平成11)と新しい。ちなみに駅名標に書かれている田んぼアート駅は最も新しい2013年の開業。つまり新しい駅が順番に2つ並んでいることになる

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学校の開校に合わせて

尾上高校前駅の開業は青森県立尾上総合高等学校の開校に合わせてのもので、開業日も年度最初の4月1日となっている

駅から学校まではすぐ

徒歩数分のところにある校舎が見えている

ただし駅の立地はというと

田んぼの中に駅がポツリ

ほとんど360度パノラマで農地が広がる。これはなかなか美しい光景。冬場は雪の中にポツンと駅があり、これもこれで別の趣がありそうだ

田んぼアート駅へもすぐ

当駅の開業が1999年、田んぼアート駅の開業が2013年ということは、もともと駅のなかった津軽尾上~田舎館間に新たに2駅が設けられたことになる。津軽尾上~田舎館も線路での距離は2・7キロと、それほど離れていないため、その区間内に設けられた駅間距離は近い。津軽尾上~尾上高校前が1・4キロ、尾上高校前~田んぼアートが0・9キロ、田んぼアート~田舎館に至っては0・4キロしかない

どちらもあっという間の距離で

徒歩でも楽々な距離。実際に歩いてはいないので断定はできないが、線路沿いの一部にも道路があるため、もっと早く到達できそうだ

駅の向こうには田んぼアート駅周辺の道の駅や場外馬券場などの施設が見えている。田んぼアート駅周辺はそれらの施設がある上に幹線道路である国道102号も駅のすぐ近くを横切っているためロードサイド店などの施設もある。そもそも道の駅があって、それに隣接する形で田んぼアートの会場がある。もともと、それなりに通行量の多い道路があるのだ

それに対して、ここ尾上高校前駅周辺は学校を越えたあたりまで行くとようやく集落がある。一面に広がる田んぼそのものがアートというなら、その名にふさわしいかもしれない

この後は田んぼアート駅に向かう。昨年、旅程の都合で行けなかった田んぼアートを見るつもり。次の電車までは30分の時間があるので、だったら歩いた方が早いのではないか、という声も聞こえてきそうだが、なかなかそうはいかないのだ

まず朝の8時台とはいえ、もうそろそろやって来た暑さがある。そして何よりも

この時刻表だ。田んぼアート駅は黒石方面に向けて1駅目。私は8時4分の電車でやって来たのだが、時刻表の文字に赤い丸が付けられている。これは「田んぼアート駅は通過しますよ」という意味。早朝そして日暮れ後は田んぼアートの施設が開いていないので、電車も通過するのだ。つまり汗だくで隣駅まで歩いても田んぼアートを見ることはできない。ならば30分ここにとどまって1区間乗った方がいい

整った待合所で、しばし待機である

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弘南鉄道弘南線の全駅訪問の詰めを行う~ホーム上に描かれた18・44メートル

※訪問は2026年7月16日

最後は3つの新駅を訪問

弘前から2駅目。運動公園前駅で下車。1927年(昭和2)に弘前から津軽尾上までが開業。戦後の1950年に黒石までり全線が開通した弘南鉄道弘南線だが、未訪問だった当駅と尾上高校前、そして再訪予定の田んぼアートの各駅はいずれも新しい駅ばかり。意識してそうしたわけではないが、最大目的の田んぼアート駅以外は、たまたまこのようになった

そして写真に見えるホーム上の丸いイラストが当駅の特徴をよく表している

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臨時駅から常設駅へ

運動公園前という駅名が、そもそも新しい。日南線でも運動公園駅を紹介したが、全国には「運動公園」を名乗る駅は数多い。自治体が野球場から陸上競技場、球技場、体育館が集まる運動公園を鉄道路線沿いに計画的に造ったことで各地で名乗りをあげている。当駅は1977年(昭和52)の開業。雪に埋もれる地域だけに、当初は田んぼアート駅のように冬季休業の駅だったが、後に常設駅となった。

周辺に病院や学校施設ができて開発が進んだからだ

スポーツイベントがなくても朝夕は生徒さんなどでにぎわう。2023年度の1日あたりの利用者数は112人で、これは弘南線では第5位の数字。無人駅では最も多い

ホームに描かれたホームベースへの距離

「特徴をよく表している」と前述した正体はこちら。手前には投手のピッチングプレートそして

奥にはバッターボックスが描かれている。野球の規則ではこの間の距離は18・44メートルと定められている。ホーム上に描かれた投手のプレートとホームペースも、どうやらその距離にされているようだ

もっとも当然だが

ホーム上でバッティングをする人はいない

球場は高校野球のメイン会場

球場の全景はこのようになっていて単式ホームに待合所のみの構造だが、基本的な出入口は病院などの施設にも行けるこちらだが、野球場に近い奥にも出入口が設けられている。弘南線で2つの出入口があるのは貴重な存在である

それがこちら。左側に見えるのはきっぷ売場だが、訪問時はイベントのない朝の7時で、もちろん閉鎖されている

こちらは運動公園の地図。野球場、陸上競技場、球技場、武道館などがある

野球場の方に行ってみる。弘前市運動公園野球場は愛称「はるか夢球場」。2008年の北京五輪で金メダルを獲得したソフトボールの斎藤春香監督が弘前出身だったことにちなむ。1979年の開場だが、後にナイター照明ができて観客席やグラウンドも改修されてプロ野球の公式戦を行える規格となった。2017年からは高校野球青森県大会のメイン会場となり、準々決勝以降の試合が行われ

近づいてみると、外野席まで入れるようになっていて、アレレと思うと、外野スタンド部分はジョギングコースとして開放されていて、早朝から市民ランナーの皆さんが汗を流していた

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弘南鉄道弘南線の全駅訪問の詰めを行う~あえて2駅残した理由は?

※訪問は2026年7月16日

天気予報はやや外れ?

弘前駅に到着。8月からの弘前ねぶたまつりを目前に控えて町は盛り上がりつつある。その時期は市内のホテルはなかなかの価格になるが、7月のこの時期はそうでもない。前日に青森に泊まったが、やはり青森市内のホテルは弘前より1オクターブ価格が高い印象だ

天気予報が悪いため津軽線沿線の各地訪問を早めに切り上げ、弘前駅には15時前に到着。奥羽本線の普通は青森~弘前がひとつの軸となっていて、この区間は昼でも1時間に1、2本の運行があり、弘前から先は運行が減少する。もっとも青森始発で終着駅が秋田という「青春18きっぱー向け」の普通も1日2本の運行があり、その季節は明らかな同業者(鉄道ファン)で大いににぎわう。所要時間3時間半のロングシートで、しかもかなりの乗客で座席は確保できてもなかなか身動きできず車窓も見られない態勢はしんどい。なぜこのようなことを書くのかというと、実際に乗ったからである。私にとっては、かなりの修行だった。18きっぷのルールが変わって今はどのぐらいの利用があるのだろうか

さて話は少しそれたが、1年ぶりに弘前駅で降り、やや拍子抜けしたことがある。好天なのだ

予報では1度大陸に抜けた台風が戻ってきて夕方にも雨ということだったが、夏の青空が広がっている。まぁ、本格的な雨よりも暑いぐらいの好天の方がいい。というか、今日のうちに弘前まで来ておかないとマズいのである。明日は早朝から弘南鉄道の弘南線と大鰐線に乗るつもりである

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今回は紙のきっぷを購入

明けて翌日、7時前の弘前駅。早々にホテルの部屋に入ったので全く気づかなかったが、予告されていた雨は夜中にやって来たようで駅前には水たまりができている。そのおかげか前日の蟹田駅近辺の7時よりもやや涼しく感じる。まずは弘南鉄道の弘前駅まで行って弘南線に乗車する

弘南鉄道の弘前駅にやって来た。あらためて言うと、弘南鉄道には弘南線、大鰐線の2路線があり、近い場所を走る部分がある同じ鉄道会社にもかかわらず、全く交わっていない。弘南電気鉄道という会社の別路線だった大鰐線が、後に弘南鉄道に譲渡された歴史を持つためで、弘前市内の起点駅も弘南線はJR弘前駅に併設されているのに対して、大鰐線はJRの駅から徒歩20分ほどの旧市街の中心部にある中央弘前駅となっている。そして大鰐線は2028年春をもっての廃線がすでに決まっている

昨年の3月と7月に大鰐線と弘南線の各駅訪問を試みたが、弘南線の2駅が未訪問。今日はその2駅訪問と大鰐線の最後の乗車を行うつもりだ

そして今回は紙のフリーきっぷを購入。過去2回はいずれもスマホのデジタル板だったが、こんな風に券売機を並べられると紙を買いたくなる。もちろん「大黒様きっぷ」という名称と1000円という価格は同じ。そして券面にある通り、接点のない弘南線も大鰐線も共通で利用できる

こちらも朝が重要

券売機の写真には時刻表があるが、見て分かる通り、朝夕は1時間に2本の運行があるが、昼間は1時間に1本。これは私鉄に限らずJRのローカル線にも共通する話で、駅訪問をするには朝が重要なのだ

電車はすでにホームで出発を待っている。中央弘前や黒石でもそうだが、改札は列車別、乗降別となっていて当駅までやって来た列車で降りる人をすべて改札の外に出した後にあらためて乗車用の改札を行う。だから基本的にホームで長時間滞在することはできない

そしてこれから7時8分に乗車して運動公園前、尾上高校前の未回収2駅を訪問。そしてここからが大切なのだが、昨年旅程の都合で駅にしか行けなかった田んぼアートを見るつもりだ。残り2駅だったので、昨年頑張れば十分に行けたが、やはり田んぼアートは見たい。昨年の時点で津軽線の最後の訪問を行うことは決まっていたので、未訪問の2駅を残しておいた。そして朝が勝負と言いながらも、あまり早すぎてもダメというジレンマを抱えながらの出発にもなった

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不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~さようなら また別の形でお会いしましょう

※訪問は2026年7月15日

ワンマン化からすぐ

津軽浜名駅の待合所にあった張り紙

書かれているように津軽線では2022年3月12日から、すべての列車がワンマン化された。私は初めて三厩駅を訪れた2019年8月29日は、新幹線の奥津軽いまべつ駅から津軽二股駅で乗り換えたのだが、青春18きっぷのはんこを津軽線の車掌さんからもらったことを明確に覚えている

はんこというより車内なのでサインである。まさかこの日が蟹田~三厩に列車で乗る最初で最後の日になるとは思ってもいなかった。この季節の18きっぷは帰宅後しばらく経ってから四国に行き、香川県の栗林駅でもはんこをもらった。こちらも数年後にこのようなことができなくなるとは思ってもいなかった。わずか数年前のことなのに、大きな変化があると、はるか昔のように感じる

蟹田~三厩が不通になるのは全列車ワンマン化から5カ月も経たない時だった

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津軽浜名~今別の間が町の中心部

バスの停留所からはすぐ海

今別駅と津軽浜名駅の間が今別町の中心地となっている

町役場のあたりがその付近。津軽浜名駅は後から設置された駅だが、今別駅は微妙に中心部から距離のある場所に設置されている。ただ津軽浜名駅が開業したことで、結果的に町の中心部の両サイドに鉄道駅があることになった

こちらは津軽浜名駅にあった今別町の散策マップ。初めて下車した人が中心部まで分かりやすく行けるようになっている。なお駅前にある学校は「青森北高校今別分校」である

津軽二股、大川平、今別、津軽浜名が今別町ないの駅だが、駅間距離はそれぞれ2キロ、2・4キロ、1・7キロと、まるで都会の私鉄駅のように近い

雨雲接近の予報で

わんタクで1時間。蟹田駅に戻ってきた。時間はほぼ正午

本当のことを言うと、こんなに早い時間に蟹田に戻ってくる予定ではなく、鉄道からは離れるが、せっかく津軽まで来たのだから、追加料金を払い、足を伸ばして竜飛岬まで行くつもりだった

竜飛岬には、北海道新幹線が開業する前、竜飛海底駅で下車して周辺の散策をしたことがあるが、それは有名な階段国道の上の話で、下まで降りたことはなかった。見学時間が限られていたためで、時間がなかったため断念したが、なかなか簡単には来られないところだし、今回は十数年ぶりに訪ねてみようと考えていた。ところが1度大陸の方に去っていった台風がスライスを描いて戻ってくる予報があり、しかもこの日の午後に弘前方面にやって来るとのことで、この日は弘前に宿泊予定の私は早めに移動することに。つまり津軽線の旅もわんタクの旅もここまで。特に昨年そして今年と訪れた津軽線については本当にここで終了である

次回に訪れるとしたら、中小国信号場を間近で見ることと竜飛岬の階段国道である

一連の津軽線の記事を書いていてふと気づいたのは三厩までレールが到達した時代である。1958年(昭和33)のことだが、津軽線の前に書いていた日南線が現在の形となって宮崎と志布志がつながったのは1963年(昭和38)だった。何度も書くのでさすがに覚えてしまうが、後に一部が閑散ローカル線となる地方の路線を建設していた昭和30年代というのは、東海道新幹線の開業を目指しながら、全国の鉄道がにぎわっていた国鉄の全盛期だとあらためて思うのである

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