※※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)
油津と南郷の間にある駅

南郷から1駅戻って大堂津で下車。考えてみれば、同じ車両であるタラコのキハ40と北郷→南郷→大堂津と、まる1時間お付き合いしていることになる。ちなみにJR西日本の非電化路線でバリバリ現役として走るこのキハ40、47は、その色合いからタラコと呼ばれることが多いのだが、九州では何と呼ばれているのだろうか
そして最初に言ってしまうと、右手のホームの隣にある建物は宿泊施設である
1年間の終着駅
当駅の開業は1936年(昭和11)。大正期に都城から志布志まで到達した志布志線が北上を始め、1935年に志布志~榎原が開業。翌年に大堂津までたどり着いた。地図を見ていただければ分かるが、南郷~大堂津間は細田川が蛇行して凄い地形を造っている。日南線もできるだけ橋が短くて済むように、陸地を最大限に活用して敷設されているが、川を挟んだ半島のような地域は、古代から陣の取り合いにもなった
この後、約1年間、油津まで延伸されるまで当駅は終着駅の役割を果たしていたが、現在は海水浴場の最寄り駅の約割が大きい。独特の地形は良い漁港と砂浜を生み出した
駅は

交換可能な2面2線

サムネの本来の駅名標のほかにも宮崎だいすきポケモンの駅名標がある

こちらが駅舎。駅舎というより待合所に近いが、2019年(平成31)からの新しいもの。それまでは開業以来の木造駅舎が使用される貴重な存在だったが、海に近いため老朽化も激しく、建て直された。無人化されたのはJR民営化のころとされ、長らく無人だったので新駅舎も待合所に近いものとなった
海へと向かう
次に乗る列車まで40分ほど時間があるので海へと向かう。駅のホームは海水浴場に面しているが、駅舎は逆側にあり、直接ホームから海へとは行けないため、少し回って線路を渡る。といっても大した大回りではない
北側の踏切から海へと向かう

ちょうど軽トラックが海の方向へと出ていった。この踏切を渡ると左手が漁港、右手が海水浴場だ

海と砂浜が美しい。3月なので海水浴の季節ではないが、いかにも南国の春という陽気で何人かが砂浜で遊んでいる

大きな施設のある規模の大きい海水浴場だ。夏場にはにぎわいを見せるのだろう

野外ステージもある。芝生の部分は手入れが行き届いている

もう1度海を眺めて南側の踏切から駅へと戻ろうとすると

踏切の名前は、そのまま「海水浴場踏切」。まさにそのままのネーミングだ

駅に戻ると、そこには志布志線から日南線へと生まれ変わり、その日南線が全通した1963年ごろに建てられた海の乙女像がある
夏のにぎわいの頃に訪れてみたい大堂津駅だが、現在の世の中、列車で海水浴に来る人は少数らしく、1日あたりの駅の利用者は両隣の油津、南郷に比べるとはるかに少なく、60人程度とみられている
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