油津駅

宮崎から志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~まさに海の見える駅

※訪問は2026年3月12日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

最終日も早朝の油津からスタート

2泊した油津と最後の朝。宿に対する考えは個人個人で異なり、列車で1時間ぐらいの場所でも、せっかく複数泊するのだから違う街の雰囲気を感じてみたいという人と、同じ所で落ち着きたいという2つの「派閥」に分かれるだろう。私は少し前までは圧倒的に前者だった。せっかくなんで、いろいろな所に泊まってみたい

ただ60歳を過ぎると徐々に後者寄りになってきた。理由は「楽だから」だ。荷物を持ち歩かなくていいし、持ち歩きたくない場合の預けたり引き取ったりする手間がなくて済む。今回ももう1泊を串間あたりで、とも考えていたが、結果的に連泊となった。もっとも大前提として、油津始発、油津止まりの列車が多いことも一番だ

日南線の利用者を見て、青島の高いホテル以外は宮崎にしか宿泊する場所がないのではないか、とも思ったが、古くからの街そして沿線で数多くのプロ野球のキャンプが行われているのは大きい

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別れを告げて北上

まだ暗かった昨夜とは違い、時間は6時半ですでに明るい

街中にあるホテルから駅まで徒歩10分弱

いろいろなものを眺めながら

駅で祠とお別れである。次に会えるのはいつの日か

海がお出迎え

7時の油津駅ホームはすでに高校生がチラホラ。というか、ほとんどの乗客が高校生という全国のローカル線の景色とともに約40分

小内海駅に到着。ご覧のように高台の絶景駅だ。当駅も伊比井駅と同様に宮崎交通線と志布志線を接続するために線路をつなげた際に誕生した駅だが、海への近さという点では圧倒している。そして当駅から海沿いに北上する日南線ではあるが、ホームから海がこのように開けて見える駅はここが最後である

時刻は7時40分。まだ太平洋に朝日が昇って間ないが、こういう風景には棒状ホームがお似合いだ。もちろんと言ってしまうが駅舎はない

景色は本当に美しい。隣駅は「内海」文字通り、内海にあるのだが、そこまで大きくないにしても小さな湾があるからの地名だろう

真新しい施設

その景色と並んで美しいものがある。それはホームだ。美しいというより真新しい。開業は志布志線が宮崎交通線とつながり、日南線としてスタートした1963年(昭和38)だが、ホームは新しい

そして高台から国道220号へと降りる階段は

どう見ても1963年のものではない。というか、仮設の階段のようにも見えてしまう

まさしくその通りで、当駅は2021年9月に台風被害に遭い、背後から大量の土砂が流入。大きな被害を受けた。日南線も青島~志布志が2カ月にわたって不通となった。そのような事情でもともと駅舎はなく、ホームに小さな屋根があるだけの駅だったが、屋根すらもなくなっている。ホームにベンチもない。この先、階段がどうなるかは分からないが、形を見る限りでは復興途上である。ただし1日の利用者がおそらく1ケタの当駅の最終形がどのような青写真となっているのかは分からない

ただひとつ言えるのは、海の見える駅としてぜひ訪れてほしい駅だということである

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宮崎から志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~話題性とインパクトが十分すぎたカープ油津駅

※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

プロ野球キャンプの与えるもの

日南線の沿線では巨人、広島、西武のプロ野球3球団がキャンプを行っている。かつては串間で中日がキャンプを行っていた。これは効果抜群で2月に入るとメディアは地名を必ず連呼してくれる。と同時に野球情報だけでなく、地元の名所や名産も流れる。ネット時代の現在は分からないことがあれば、すぐに自分で調べられるので以前ほどではないが、それでも情報が拡散されるのはキャンプがあるからこそ。西武のキャンプ地は今でこそ日南市だが、キャンプが始まったころは南郷町だったため、今でも南郷キャンプとして紹介される。宮崎市にちではソフトバンク、オリックスもキャンプを行っていて、なぜこんなに多くのチームが集まるのかと思われるかもしれないが、それは練習試合の相手が必要だからだ。相手は日本のプロ野球に限らず、それなりのレベルにあればいいのだ

ということで油津駅。2018年(平成30)に「カープ油津駅」となった時のインパクトと話題性は十分すぎた

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沿線随一の商圏を持つ駅

まず油津駅の紹介をしておこう。開業は1937年(昭和12)。志布志線が大堂津から当駅まで到達した。さらに北郷まで延伸されるのは4年後のこと。当地には先に油津駅がすでに存在していた。油津と飫肥を結ぶ軽便鉄道の県営鉄道飫肥線が1913年(大正2)に開業していた。駅の場所は現在とは異なる場所で海の近く。現在も一帯が街の中心地

といっても現在の油津駅からは徒歩10分程度。志布志線の開業により、最初の油津駅は元油津駅と改名して貨物専用駅となった。油津~元油津は貨物支線となる。戦後の1960年に廃線となったが、貨物線が必要なほど油津は沿線の経済の中心地だった

堀川夢ひろばが、かつて元油津駅のあった場所。その南に吾平津神社があるが、油津という地名には吾平津が転訛したという説や天然の良港だった油津港の海が、あまりに穏やかで「油のような海」に見えたという説があるという

堀川運河は江戸時代初期に飫肥藩によって堀削されたもので、飫肥杉を港に手間が大幅に減り、マグロ漁と加わり油津の町は明治以降、さらに繁栄する。日南線が全通した1963年はまだモーターリズムが訪れる前で、油津の駅は日南線沿線で暮らす買い物客で大いににぎわった。油津の街は路線内随一の経済の中心地となった

駅から中心部に向かう道中には大きな商店街とアーケードがあり、往時を伝えている。今回、ここ油津のホテルで2拍したのだが、飲食店が多すぎてどこに入ろうか困ったほどだった。大きなスーパーもあり、2泊目は商品の安さにひかれてスーパー買い込みの夕食となった

ただ、そもそも油津で泊まろうと考えたのはカープのキャンプ地で、以前いた会社の同僚から油津の街の様子を知らされていたからだ。時刻表を見ると油津駅が運行上、重要な駅だということは分かるが、当地がキャンプ地でなければ、歴史と街の規模を前もって調べることもなかったし、ホテルが存在するとも思わなかったかもしれない

今回の旅の成立はカープさまさまである

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