125系

小浜線の全24駅訪問を終えて 後編~沿線の高校生と北陸新幹線

※最終訪問は2025年8月9日

電化の経緯

小浜線の電化にあたってJR西日本は全く費用負担をしていない。約100億円以上の電化費用は福井県、京都府や沿線の各自治体が半分、原発を持つ電力会社が残る半分を負担している。沿線の自治体も原発設置によるお金が入っていたので負担費用を捻出できたともいえる。また電化のさまたげとなる長大トンネルがほとんどないことも電化を容易にした

目的は電化によるすビードアップも含めた地域の活性化や需要の掘り起こしが挙げられる。また電化という手段は、一定の運行本数があれば維持費の削減にもつながる。さらに後に触れるが、将来的に北陸新幹線が小浜に乗り入れれば大きなインフラになるとの期待もあった

こちらは小浜駅の時刻表だが「一定の本数」という観点では微妙な運行本数で、スピードアップという点では、古い路線で路盤が悪いことから最高時速は85キロに抑えられ、JR西日本ならではの25キロ制限の場所もあるなど、敦賀~東舞鶴の所要時間は数分の短縮にとどまり、短縮電車性能をフルに生かしているとはいえない状況となっている

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沿線の学校の多さ

そのような事情からJR西日本は「持続についての地域との話し合い」をチラつかせているが、6月に乗車した時にバス転換は無理だと感じた。小浜線に乗車していると分かるが、旅客の大多数は沿線の高校生である。沿線には複数の高校があって、高校生でにぎわっていることを該当する駅の紹介でも織り込んできた。3月の春休み期間に訪れた時も多かったが、6月は全くの平日で朝夕のにぎわいは凄かった

こちらは6月の気山駅(美方高校最寄り)そして

3月の東小浜駅(若狭東高校最寄り)。これでも控えめに撮った方で、実際はもっと多い。当然だが沿線の学校だけでなく敦賀の高校に通う生徒も多いわけで、登下校特に登校の時間帯は凄い数になる

4年前に岩徳線の各駅訪問を行った時も

朝の登校時間の車内はすさまじく、周防花岡駅では当駅最寄りの学校に行く生徒と当駅から徳山の学校に向かう生徒でホームはごった返し、しばらく列車が発車できない状況となっていた

全国各地で見られる光景だが、朝にこれらり生徒をバスで運ぶためには一体何台のバスが必要なのか分からないぐらいの数である

北陸新幹線という新規参入

地域の大きな鉄道の話題は北陸新幹線の延伸問題だ。小浜線が電化される際には敦賀から新大阪までどうやって新幹線がたどり着くのか全く決まっていない。小浜線の一連の記事で東小浜駅を紹介した昨年12月に「自民党が大幅に議席を失ったおかげで、1度決まった北陸新幹線の小浜ルートが元の8ルート選択に戻ってしまった」と書いたが

先日の選挙で自民党が圧勝したことで再び小浜ルートに戻りそうな雰囲気にもなったが、地下を走ることが多く多額の費用がかかることと、水源問題もあって一番負担を強いられそうな京都府は簡単にウンと言いそうもない。そもそも京都駅をどこにするのかも確定していない状況で、この区間に新幹線を走らせることが京都府にどれだけのメリットがあるかも微妙である

そして小浜線はというと、整備新幹線のルールら照らし合わせると並行在来線となってしまう可能性もある。並行部分は敦賀~小浜となるが、この区間のみまたは全線三セク化というのは、地元にとっても飲める話ではないだろう

いろいろな事情が絡み合う北陸新幹線の延伸問題。ひとつ言えることは私が元気に新幹線に乗れる時期までには開業しそうにないということ。土俵で関係者がにらみ合ったまま、小浜線は現在の姿でしばらくいそうである

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小浜線の全24駅訪問を終えて 前編~電化わずか20年ながら先行きは不透明

※最終訪問は2025年8月9日

輸送密度2000人以下の区間のひとつ

昨年の3月、6月、8月と3度の訪問で敦賀、東舞鶴の起終点を含む小浜線の全24駅訪問を終えた。それから半年以上が経過しているが、現状や感じたことを記していきたい

2022年にJR西日本は管内の輸送密度2000人以下の区間について発表。2019年のコロナ禍以前のデータだ。輸送密度とは区間における1キロあたりの利用状況を示す数字で、国鉄時代は4000人をバス転換(つまり廃線)の基準にしていたが、全国に自動車専用道が張り巡らされている現在、JR各社は2000人という数字を基準にしているようだ(JR東海は非公表)

JR西日本では中国山地や日本海側を走る多くの路線が2000人未満となっている。ただ輸送密度という概念は発表する側が恣意的に区間を切って数字を出すことが可能で、そのあたりは対象線区とその前後も慎重に見る必要があるが、小浜線については84キロの全線を対象にした数字となっていて991人。1987年のJR民営化時の数字も発表されていて2712人。つまり当時の37%しか旅客がいないことになる

これには複数の理由があるが、大きいのは舞鶴若狭自動車道だろう。1987年の時点では予定線だったものが、どんどん工事が進んで2014年に全通

小浜線だと2時間近くかかる行程が自動車だと70分となった。ローカル線と並行する自動車専用道の競合は中国自動車道や山陽自動車道など各地で見られる要因のひとつとなっているが、小浜線と舞鶴若狭自動車道は、ほとんどの区間を寄り添うようにピッタリ走り、小浜線がカーブを描いて海から山中そしてまた海へと戻る区間も道路はほぼ真っ直ぐに貫いているので、それは早いはずである。また小浜線の最高速度は85キロでJR西日本ならではの徐行区間もある

営業係数は678

100円稼ぐのにいくらかかったかという営業係数は678。つまり100円を得るために678円が必要だったということで、この数字をどう評価するかだが、関西本線の非電化区間である加茂~亀山が全長61キロで、輸送密度が1090人、営業係数が685なので、同じような数字だといえる。ただ輸送密度2000人以下の路線で電化されているのは小浜線のほかには加古川線の西脇市~谷川、紀勢本線の白浜~新宮そして小野田線ということを考えると、2000年代に入ってわざわざ電化した小浜線(2003年)と加古川線(2004年)がここに入っているのは、ある意味目を引く数字となっている。言い換えれば「利用者は多くないのに電化された路線」である

小浜線と加古川線に共通するのは125系電車で運行されていること。電化について地元の出資があったということで投入された車両で、この2路線でしか走っていないのも特徴

基本的に最低編成数が2両となっていた電車で単行運転を可能にした新型車両だが、小浜線では現実的に2両編成のみが走る。加古川線の西脇市~谷川は17キロで輸送密度321人、営業係数1567人とさらに悪い数字となっている。数字だけを見ると両線の将来は不透明だということになる

加古川線の電化理由は阪神淡路大震災の教訓から得た迂回路造りだった。一方の小浜線は地元の出資の多くは電力会社である

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~夕闇迫る最後の駅は海の見える駅 お地蔵さまの姿も

※訪問は2025年6月24日

高校生とともに下車

気山駅から約40分

勢浜駅で下車。時刻は18時過ぎ。帰宅する高校生を中心に列車内は座りきれないほどにぎわっている。下車したのは私も含め数人。会社員らしき姿もある

ここが小浜線最後の訪問駅となった

単式ホームと待合所

勢浜駅の開業は1961年(昭和36)。SLからディーゼル車への転換で、この年は新駅ラッシュとなり、7月に勢浜駅と三松駅が、8月に東美浜駅、気山駅、藤井駅がそれぞれ誕生。2カ月の間に5駅が新設された。全長84キロの路線で、これはなかなかないことだ。そしてこれらの駅に共通するのは駅舎のない簡素な構造だということ(三松駅は平成になって駅舎ができた)。ここ勢浜駅も当然のように単式ホーム+待合所の構造である

駅の場所はかつて加斗村だったところ。「かつて」としたのは、加斗村は1955年に小浜市に編入されているからだ

線路は築堤上を走る。かつては駅を挟んで東勢村と西勢村があり、今も集落は残るが、駅は両者を気遣うようにその中間に設置されていて駅そのものの周辺にはほとんど何もない。利用者数は最下位になったりならなかったり、だ。2023年度は1日あたりの利用者数は46人

暗くなると寂しそうな道路が駅から集落の方向へ伸びている

小浜駅から1駅東舞鶴寄りにあり、敦賀からやって来た列車は、小浜を出ると車窓に久しぶりにを見ることになるが、またすぐに海から離れて勢浜へと到着する。ただし海は歩いてもすぐの場所にあり、駅名の由来になったであろう勢浜海岸へと行ける。かつては海水浴場としてにぎわっていたという

絶妙な眺望

ただそれだけに

それでも高台にある駅からの景色は素晴らしい。小浜湾が入り組んでいるため角度によっては地形上、向こう側にも山があって、まるで湖かのように思えてしまう

そして駅の近くにはお地蔵さま

「歯痛地蔵」とある。歯の痛みを代わりに引き受けてくれるありがたいお地蔵さまで、各地でたまに見かけるが、いつからここにあるものかは分からなかった

待合所の装飾品は小浜市が米大統領にあやかって町おこしをした時のものだろうか

そうこうしているうちに敦賀行きの列車がやって来た

時間は18時44分。写真では明るく見えるかもしれないが、もうかなり暗い。それでもこの季節ならではの日の長さで全駅訪問を終えることができた

このまま敦賀まで乗り通し

20時過ぎのサンダーバードに乗車

今回は18きっぷではなく、小浜線限定のフリーパスだったので敦賀から大阪までの乗車券が必要となるため、サンダーバードで帰る。というか、この時間からだとギリギリ特急を使わずに神戸の自宅まで帰ることができるが、すでに敦賀からの直通列車はなく、途中からは終電と終電の乗り継ぎになる。さすがにちょっとギャンブルだな、と1750円は出し惜しみせず

全駅訪問で無事に終了したかのようにも思える小浜線の各駅訪問。しかし実を言うと、まだ先があるのだ。どうしてもやっておきたいことがあって炎天下の8月に若狭まで足を運ぶことになる

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~路線内で利用者数3位の駅に降りた

※訪問は2025年6月24日

時刻ははや17時

気山駅に到着。これで未訪問の駅は残り1つとなった。1年で最も日が長い季節で、写真では分からないかもしれないが、すでに時間は17時。朝の6時過ぎに行動を開始して運行のない時間午前の時間帯に3時間近い休憩(ローカル線流シエスタ)を挟みはしたが、11時間以上が経過している。最後の駅は日没間近になる予定だ

立派な駅舎を持つ?

気山駅はご覧のように単式ホームに待合所のみの構造。開業は1961年(昭和36)で、これまで紹介してきた戦後生まれの駅と同じく簡素な構造だ

だが実を言うと私は勘違いをしていた。当駅を通る列車には3月も含め何度も乗り、車窓から眺めていたのだが

ホームに降りてみるとこんな感じ。車窓からだと、もっと手前から見る形になるのでほとんど屋根しか見えない。立派なしかも真新しい屋根を見て駅舎だと思い込んでいた

だが実際に見ると

お手洗いだった。しかもかなり立派でベンチまで付けられている

この造りは駅の利用者とその中身に大きく関係している。まず駅のデータはというと、2023年度の1日あたりの利用者数は600人。これは小浜線で3位の数字である(敦賀、東舞鶴をのぞく)。小浜線は1位の小浜駅が1554人だが、4ケタ利用はひとつのみで他はすべて3ケタ以下。気山駅は小浜駅以外のかつての急行停車駅を上回る利用者がある

予想できていた利用者の多さ

数字については、かなり予想できていた。気山駅でドッと降りてドッと乗ってくる光景を何度も見てきたからだ

そしてその理由はかなり分かりやすく

美方高校の最寄り駅となっていることが大きい。私が降り立った17時はまさにその時間帯で、下車する人はほとんどいなかったが、学校帰りの高校生が大量に乗り込んできた。学校は車窓からもよく見える

少し話はそれるが、最寄り高校を美方高校としていることに疑問を感じる方もいるかもしれない。気山駅し美浜駅と三方駅の間に設けられている。駅の所在地も高校の所在地も現在は若狭町だが、平成の大合併までは三方町だった。にもかかわらず、学校名は美方。これは間違っているのではない。ではなぜそのような表記になるのかというと、地図を詳しく見ていただければ分かるが、学校の敷地の一部は美浜町に所在するのだ。そこで地名を合成した学校名となった。また病院も最寄りになっていて利用者数の多さも理解できる

美方高校はボートと駅伝の強豪校として知られる。三方五湖については、実はまんべんなく近いのは三方駅ではなく気山駅で、ボート競技が盛んなことも納得。ボート競技については、私はそれほどの知識はないが、陸上についてはそれなりに理解している。美方高校といえば双子の大南姉妹の印象が強烈で、ちょうど私も現場にいたころで、いろいろと思い入れはある

そんな気山駅について語ってきたが、利用者の1位は小浜駅で3位は気山駅。となると2位はどこだと気になるところだが、それは東小浜駅で

利用者644人と、気山駅とそれほど変わりはない。こちらは若狭東高校の最寄り駅である

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~豪華な駅舎は大阪からやって来た

※訪問は2025年6月24日

意外と訪問が難しい駅

若狭本郷駅に到着。写真をよく見ていただければ分かるが、すれ違い可能な構造で、訪問に苦労した駅だった。すべての列車交換可能な駅がそうというわけではないが、その頻度が多い駅というのは存在していて、本数の少ない路線では、かなり苦労させられる

というのも、片側の列車が早めに着いてそれなりの停車時間をとってくれれば良いが、日本の鉄道というのは、なかなか正確に運行されていて、絶妙にほぼ同時に入線する駅も多い

いわゆる「バカ停車」で下手をすると20分以上停まる駅なら私も訪問駅として組み込んでしまうし、1日1・5往復の列車しか停まらない日豊本線の延岡~宗太郎については、本来は訪問として認定しないが、日向長井駅については、わずか3分の停車時間で跨線橋を昇り降りしてのダッシュ撮影を訪問として認定している(今はダイヤ変更でそれもかなわないようだが)

停車時間を利用した駅訪問は、ネットの力というのが多大な貢献をしていて、検索すれば1度も乗車したことのない路線の駅でも停車時間が分かる。冊子の時刻表しかなかった時代は、長時間の停車時間を見つけるのが大変で、普通しか停車しないような駅で長時間停車があるような場合は「○○駅と○○駅は、他の列車は駅間の時間が5分なのに、10分以上要している列車があるな」などと推理を働かせて行くしかなかった。ネットのおかげで難読駅がすぐ読めるようになったのと同じく、(ニーズがまるで違うが)駅訪問にもネットの力は大きい

話がそれてしまったが、この若狭本郷は上り下りの列車がほぼ同時にやって来て、同時に去っていく駅となっている。しかも列車は1日9往復で、19時台以降の列車3本をのぞくと(日が暮れてからの駅訪問は行わない)、事実上6往復しかなく前回は断念。今回はこの駅のダイヤを入念に調べてからの訪問となった

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おおい町唯一の駅

電車を降りて出口へと向かうと大きな駅の雰囲気が伝わってくる

若狭本郷駅は1921年(大正10)の開業。小浜から若狭高浜までが開業した際に途中駅として設置された。当時は大飯町に所在。大飯町は平成の大合併で名田庄村と合併しておおい町となった。名田庄村は京都府と接する内陸部にあった自治体で、若い方は分からないかもしれないが、2年前に亡くなった歌手の高石ともやさんが暮らし、村名にちなんで「ザ・ナターシャ・セブン」というバンドを組んでいたことで、われわれの世代にはなじみのある村である。自治体合併があったとはいえ、今も昔も自治体唯一の駅で、かつては急行停車駅だった

そして駅舎はというと

お城のように立派なものだ

これは1990年(平成2)に大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」(花博)の「風車の駅」を、博覧会終了後の1991年に移設したもの。「風車会館」となっていて観光案内所などが入る

昨年の3月まではみどりの窓口も設置されていたが、現在は簡易委託駅。改札業務も行う

駅舎は国道と逆側に

当駅は小浜線の駅では珍しく国道とは逆側に駅舎があるが、国道へは地下道を通って行けるので不便さはない

役場などの町の中心部は駅舎側だが、国道沿いにも街は広がり、

花博で使用された「ドリーム・エキスプレス義経号」のレプリカが置かれている。風雪の多い地域ではあるが、きれいに手入れされている

こちらは駅前の周辺案内図。北側あるのは大島半島。先の部分に大飯原発がある。周辺案内図では分かりにくいが、おおい町の中心部から大島半島に行くには海上の「青戸の大橋」を利用する。小浜線の車窓からも見える

今は車であっという間に到着してしまうが、大島半島との間には青戸の入江があり、漁港としては優れていたが、かつては人が行き来するには町営の渡し船を利用していた

青戸の大橋は1974年に原発建築のために造られたもので、それまでは道路で行こうとすると、半島の付け根である高浜町まで1度出てからのかなり遠回りとなる迂回を強いられていたが、いわゆる「陸の孤島」状態を脱することができた

町のシンボルとなっている駅舎も大阪からの移築には、地方自治体の予算ではできないものだが、こうした実情に触れると「原発のおかげだろう」という「どうせ」的なシニカルな意見には「ちょっと違う」と言いたくなってしまうのである

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~解体危機から住民に守られた駅舎はカフェに

※訪問は2025年6月24日

村名がそのまま残る1期生駅

十村駅に到着。ここ数回、戦後生まれの駅ばかり紹介してきたが十村駅は違う。1917年(大正6)に小浜線が開業した時の終着駅として設置された。当時の駅は敦賀を出ると粟野、河原市(現美浜)、美方そして十村の4駅のみ。つまり小浜線の1期生である。敦賀から約30キロ。随分と駅の数が少なく感じるが、SLでの運行を考えるとそのようなものだう。駅間を含めて陸軍の施設があったことで駅設置となった粟野をのぞくと当時の自治体に対応して駅が置かれている

10自治体が集まって誕生

十村とはかつての自治体名。明治の町村制施行の際、10個の村が集まって発足したため十村である。十村という人物がいたわけでも元々の地名でもない。以前記したが、三方駅周辺も同じような事情がある

こちらは8個の村が集まっての八村だった

十村は戦後の1954年(昭和29)に三方町に編入の形で自治体としては消滅し、現在は若狭町。それでも駅名は十村のまま変わらずにいる

島式ホームの1面2線だが、側線が1本残る。かつては貨物利用もあった駅だが、駅舎と逆側にあるこの線路についてはちょっと分からない。留置線のようでもある

そして構内踏切によって駅舎と結ばれている

こうして見ると風格のある木造駅舎となっている

駅舎解体のピンチ

その駅舎は明らかに改修され、きれいにされている

改札の塗装も新しい。わざわざ金庫が改札に置かれているようだが、かつて事務室にあったものか

こちらが駅舎。開業時のものを元に改修が施されたのは2022年と4年前のこと。それより前にJRから地元に駅舎解体の申し入れがあったが、元国鉄職員らの地元有志が駅舎を管理する社団法人を立ち上げ、自治体からの補助金や地元住民からの寄付そしてクラウドファンディングで支援を募り、改修を行った

もちろん無人駅だが、駅舎内は新たにテーブルとイスが置かれた

そしてかつての駅事務室は「ぽっぽ茶屋ほっとむら」に

価格を見ると、かなりの太っ腹料金である。一番下の「休憩 0円」にウケてしまった

訪問時は営業時間は10~17時、水曜定休となっていた。Wi-Fiも備わっていてコンセントも設置されている

だが、そんな十村駅のカフェを私は利用することができなかった。上下線のダイヤの都合で、ゆっくりできる時間がなかったのだ。事前リサーチはほとんどすることなく駅で降りてみることにしている私の予習不足だった。他の駅ではそれなりに時間があったが、ここではなかった。3月と6月の小浜線各駅訪問で一番の後悔は、このカフェでうどんやぜんざいを食べられなかったことだ

また個人の家なので写真掲載は自粛するが、かつて十村の中心部として栄えた駅前は、なかなか古典的なたばこ店があるので、これは見る価値あり

1日の利用者数は104人(2023年度)と決して多くはなく、路線内では下位にあたるが、もし再訪の機会があれば、地元が手作りで守ったこの駅舎でゆっくりくつろぎたいと思っています

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~今回利用したフリーパス

※訪問は2025年6月24日

路線内で最も新しい駅

若狭有田に到着。ここまでの記事で定番となってしまったが、単式ホームと待合所のみの駅。これだけで推測できるように無煙化後に設置された駅のひとつ。そして小浜線で最も若い駅である

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駅舎のようだが駅舎ではありません

最も若いといっても開業は1964年(昭和39)と、すでに60歳を超えている。逆に言うと小浜線では60年にわたって新駅は誕生していないことになる。大鳥羽~上中に設置された。若狭という旧国名が付くのは、明治生まれの有田駅(佐賀県)があったからだろう

駅の周辺には、やや小さめの有田の集落がある。なお東西に走っているイメージのある小浜線だが、海沿いの小浜から、やや内陸寄りの上中に入ったこともあり、このあたりは再び海に向かうべく線路は南北に走っている

道路には灯籠があったが、石碑の文章が読み取れず、いつからのものなのかは分からなかった

ホーム中央には駅舎のように見える木造の建物があるが、これは駅舎でもないし、待合所でもない。待合所は奥に見えるコンクリートの建物だ

ホームから通り抜けも可能になっている木造の建築物、これはお手洗いだ。ホームからの景観を損なわないようにしているのだろう。いかにもお手洗いという形はしていない。これはなかなかの気遣いだと思うし、やはり駅にお手洗いがあるのはありがたいことだ

駅前の広場は大きく大型の車も入ることができるスペースがあり、駐輪場がある

ホームの構造は独特でホームと広場の間にスペースがある。将来的にすれ違い可能な島式ホームを構想していたようにも見えるが、そうすると大きな駅前広場も説明がつく。ホームの向こう側には農地が広がる。とはいえ2023年度の1日あたりの利用者数は110人と3ケタの数字がある

小浜線tabiwaパス

今回利用したのは

こちらの小浜線tabiwaパス。小浜線内にはIQ乗車もないし、自動改札機も始発と終着駅のみしかないので駅員さん、またはワンマン運転士への提示式・JR西日本のtabiwaアプリから購入できる。2日間2200円で沿線の観光施設や飲食店でのサービス特典が付いている。敦賀~東舞鶴の運賃が1690円なので、1日1100円というのはなかなかお得。そもそも私は1日のみの利用だったが、2200円の元は十分にとれた

青春18きっぷとは違って、そのまま追加料金なしで敦賀または東舞鶴から在来線で帰るというわけにはいかないが、それはそれで開き直りというか、実情に合った使い方をすればいい。私はこの後、19時近くまで駅訪問を続けたが、すでに敦賀から大阪方面へと向かう新快速の運行は終わっていた。ならばサンダーバードで帰ればいいのだ

こちらは待合所の様子。表彰状が掲げられているので見上げると

駅周辺の清掃活動を表彰したもの。日付は昭和56年と、まだ国鉄時代。私はというと大学受験に失敗して浪人生活を送っていた。神戸ではポートピア博が行われ、ポートライナーが運行を開始した時。当時の自分と重ね合わせても隔世の感があるが、このころ小学生だったお子さんは、もう50歳を超えていることになる。ここまで紹介した写真でも分かるように駅周辺は今も変わらずきれいである

手入れされたアジサイの花がきれいに咲いていた

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~高台の棒状駅は何のために?

※訪問は2025年6月24日

敦賀から1駅

藤井駅から敦賀方面に戻る形となって敦賀の1駅手前の西敦賀駅で下車。ご覧の通りの棒状駅で単式ホームと待合所のみ。戦後に開業した小浜線内の典型構造のひとつである

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街を見下ろす高台に

開業は1962年(昭和37)。何度も繰り返すようだが、小浜線が無煙化。気動車が導入されたことにより短い区間での運転が可能になったことで設置された駅のひとつ

ただ気動車の登場は1961年で、この年にバタバタと5つもの駅が設置されたのに対して1年遅れとなっている。そもそも敦賀から小浜に向かう線路は敦賀市内では深い山中を通っていて、人の数も少ないところだ。敦賀から当駅までは3・3キロ。開業時に設置された敦賀市内最後の駅となる、お隣の粟野駅も山中の高台にあるが、こちらは陸軍の施設があったから駅の設置となった。その粟野駅でさえ、西敦賀から4・4キロ。敦賀からは約8キロも離れている。離れすぎているので、その間に駅でも、という認識があったのかもしれないが、それもちょっと違うようだ

ホームに立ってみると、片側は完全な森で、片側は小規模ながら住宅街となっている

ホームに入るためには坂を登ってたどり着かなければならない。高台にホームがある関係で、そこにスペースはなく駐輪場は低い位置に設けられている

こちらはホームへの入口で

街を見下ろすとこのような風景が広がる

学校と同年の開業

何やら白い建物が見える

ここは敦賀工業高校。創設は1962年の1月。西敦賀駅の開業が同年の9月なので、明らかに生徒さんのための駅だといえる。ただし地元による請願駅ではなく、あくまでも国鉄(当時)による設置である

学校の存在もあって西敦賀駅の1日あたりの利用者数は246人(2023年度)と全21駅(敦賀と東舞鶴をのぞく)中、第8位。同じ敦賀市内にある粟野駅の110人より圧倒的に多くなっている

もうひとつの顔

さて当駅の地図を見ると、もうひとつの顔に気づく。駅周辺の地図を見ると、駅の裏手となる森の部分に北陸本線の鳩原ループ線が通っていることが分かる。詳しい説明は省くが、急勾配を避けるために設置された上り線専用のループ線で、北陸本線に初めて乗ると「自分たちはどこに連れて行かれるのか」と思い、仕組みを理解すると車窓が楽しめる区間でもある

そのループ線を訪れる「最寄り駅」として西敦賀駅が利用されるらしい。また舞鶴若狭自動車道もループ線と交わるように走っていて、駅のホームにいると車の音が響いてくる

ただ駅の近くには

このような注意看板があった。訪問は昨年6月で、全国でクマによる被害が相次いだのはまだ先のことだったため、この時は「ここにクマが出るのか」ぐらいにしか感じなかったが、今は認識がやや異なる。国内にそう多くはないループ線。鉄道の聖地を訪ねるにしても、万全の注意が必要なようだ

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~九州で得たホテルの知恵を生かす

※訪問は2025年6月24日

なぜか一時帰還

朝の7時過ぎに東美浜駅にいた私だが、それから40分ほどが経ったころ

なぜか敦賀駅前のホテルでモリモリと朝食を摂っていた

小浜線の時刻表が理由にある

こちらは敦賀駅の時刻表。6時16分の東舞鶴行きに乗車した私だが、この日は平日。6時49分、7時49分の列車の後は11時18分まで列車がないのだ。3時間半の空白。さらに言うと、その次も2時間の空白がある。朝の通勤通学時間帯を終えるとお昼まで運行がなく、その後も夕方ぐらいまで運行がないという、過去何度も紹介したローカル線の運行パターン。夕方前になると1時間に1本程度の運行があるのが特徴だが、沿線の学校の帰宅時間を考慮していると思われる

幸いにして3月の訪問時に京都府に近い側の各駅訪問はほぼ終えているので、今回は小浜~敦賀の各駅が対象となっているので、ゆっくりしていても何とかなる。またこちらも偶然ながら、泊まったホテルが11時チェックアウトだったので、後は部屋で休憩だ

この「早朝に駅巡り」からの「ホテルに戻っての朝食」は、日豊本線の佐伯~延岡の宗太郎越え前後区間で佐伯や延岡のホテルで利用させてもらった手段で、なかなか役に立っている

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ほとんどお昼前

ということで11時に敦賀駅へと向かい

小浜線ホームからあらためて125系に乗車

30分少しかけて

藤井駅に到着。当駅は1961年(昭和36)の開業。前記事で紹介した東美浜駅と8月1日の同日開業だ。当時の所在地は三方町で現在は若狭町。こちらも東美浜駅の記事で触れたが、この年に無煙化した小浜線は駅を増やすことが可能になった。ただし新駅の多くは貨物や手荷物の扱いはなく旅客営業のみの扱い

ということで最初から駅舎のない棒状ホームと待合所のみの簡素な構造

周辺には農地が広がり、その中に単式ホームが溶け込んでいる

6月とあって、ホームへの入口にあるアジサイの花がきれいだった

目を見張る待合所で感じた予感

ホーム中ほどの待合所に入ってみると

ここは目を見張る世界。周辺の森なのか猛禽類が主人公の絵が描かれている。ツバメやカモの姿もある

「みかたの自然が好きです」と書かれている。小学校の卒業記念の作品なのだろうか。平成8年とあるから1996年で30年前の作品。書いた生徒さんはもう40歳を超えていることになる

と、ここで過去にも体験した予感が脳裏をよぎる

小学校はどこにあるのかと調べていくと学校のHPへとたどり着き、そこには

明倫小学校は令和4年3月31日をもって閉校となり、三方小学校と統合しました

と記されていた。私が訪問する3年前のことのようだ。学校HPによると創立は1873年の明治6年と日本で初めて鉄道が走った時からと、ほぼ同じ歴史を持つ学校で、駅から約500メートルの場所にあり、約150年もの間、地元の子供たちを受け入れる場所だった

こういう時はいつも「学校があるうちに来たかった」と思ってしまう

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125系の旅再開6月の小浜線を行く~待合所でアニメの聖地という事実に気づく

※訪問は2025年6月24日

棒状ホーム+待合所

東美浜駅にやって来た。当駅から敦賀市を離れて美浜町に入るが、ご覧のように単式ホームに待合所があるだけの簡素な構造。ホームの逆側では田んぼの緑が映えている

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ふと目についたもの

電車が去った後がこちら。周囲に何があるかと聞かれると、特に何もない。開業は1961年(昭和36)。小浜線は1922年(大正11)に全線開業したが、無煙化は1961年。蒸気機関車に比べて停車と加速が容易になり、この年から新駅が続々と誕生。3年間で7つもの駅が新規開業した。小浜線は両端の敦賀と東舞鶴をのぞくと駅数は22だが、3分の1近い駅がこの間に設置されたことになる。そしてそれら新駅の形状は、ほとんどが東美浜駅と同様の簡素な構造だ

集落の合間に駅を設置したイメージで2023年度の1日あたりの利用者数は64人で22駅中19位と、かなり下の方にいるが、周辺を見渡すと納得もいく

ホームの中央部にある待合所に入ってみると駅ノートが置いてあったのだが

それがこちら。以前も記したが、私はアニメのことは全く分からない。いつも「○○らしい」で終わるだけ。昨年訪れた弘南鉄道でも同様のことがあった。ただこの駅ノートを見て、この駅がアニメファンの聖地巡礼のひとつであることは分かる

細かい部分も克明に描かれる

駅は柱の上にコンクリートを載せただけのもの

ホームへは階段またはスロープでも入れるようになっている

舞台となったのは「中二病でも恋がしたい!」というアニメで「東浜見駅」として登場するらしい

あまり掘り下げていくとボロが出るので、簡単にしておくが、アニメでは125系の車内が克明に描かれ

駅前に設置されたお手洗いも、このままの形でしっかり登場するという。小浜線の本数が少ないため(鉄オタ的にはこのぐらいなら標準仕様だが、鉄道に興味のない都会の方からするとかなり少なく感じそうだ)、当駅までたどり着くのに、かなり苦労された方もいらっしゃるようだが、到達の喜びは鉄オタも同じである

さて時間はまだ7時過ぎだが、朝の通勤通学時間が終わると、なかなか列車がやって来ない小浜線は、そろそろ閑散アラートが鳴り始めている。ここは私もアラート前に次の行動に移ろう。実はホテルはチェックアウトしておらず、まだ部屋に荷物は置き放しである

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