※訪問は2025年7月8日
予定をずらして下車
時系列的には逆戻りとなる。北海道&東日本パスでの旅の初日のこと。話の流れがおかしくなりそうなので、あえて最後にもってきた。朝の6時前に東京は上野を発って東北本線を乗り継ぎ、15時過ぎに到着したのが

石越駅。福島県を出てずっと宮城県を走ってきた東北本線はここで宮城県とお別れ。隣駅の油島から岩手県に入る-と思ったら、3駅ほど行くと再び宮城県へとお帰りして、また岩手県に戻るという変わった道程をたどる
ホームのイラストがすべて
ホームら降り立つと周辺案内のイラストがある

石越駅からもうひとつの線路が伸びているが、よく見ると

細倉マインパークへと向かう鉄道路線が半端に消されている。また「交通のご案内」の石越駅からの部分は、さらに消されている。それでも目を凝らせば見えるあたりが、なんとも言えない雰囲気を醸し出している
これは石越駅から出ていたくりはら田園鉄道のなごりである。当駅で降りた理由のすべてと言っても過言ではない
細倉マインパークとは、昭和の終わりに閉山となった細倉鉱山の跡地を利用した観光施設。くりはら田園鉄道は、元は栗原電鉄といって(さらにその前は栗原鉄道)、鉱山と石越駅を結ぶ私鉄で戦後に石炭の需要が上がると大いににぎわい、電化まで行った。だがエネルギーとしての石炭が衰退すると同時に鉄道としての収益も下がり、昭和末期に鉱山が閉山して貨物輸送がなくなると、運行が厳しくなり、三セクのくりはら田園鉄道へと転換したものの、2007年に廃線となった
現在の駅舎は
こちらが現在の駅舎。石越駅は1890年(明治23)の開業。さすが東北本線とあって歴史は古い。くりはら田園鉄道の石越駅も1921年(大正10)と、こちらも長い歴史を持っていた

かなり新しいものに見えるが、その通りでくりはら田園鉄道の廃線後の2011年に新築されたものだ。それまでは古風な木造駅舎だった
JRの駅舎の向かい、徒歩10歩ほどの場所にくりはら田園鉄道の石越駅があった。ただしそこには

記念の石碑が残るのみ。駅ホームにあったイラストに描かれている丸味を帯びた特徴的な駅舎だったが、廃線後に解体されている
さらに言うと

新駅舎はみどりの窓口も備えた駅だったが、2年前に無人化され、現在は券売機があるのみ

駅には貨物線の痕跡がくっきり残る

駅舎の外の旧くりはら田園鉄道駅の方から見ると分かりやすいが、両路線の線路は貨物用につながっていた。もともとは、いわゆるナローゲージの線路幅だったが、貨物の積み替えの手間を省くため、同じ線路幅とするほど貨物輸送でにぎわったのだ

駅前には、かつてターミナル駅だったころの最盛期のにぎわいの雰囲気がかすかに残る。ただ歴史を知らずに当駅で降り立つと、何も感じずにスルーしてしまうかもしれない
あくまで私の推測だが、駅のホームのイラストは、あえてくりはら田園鉄道の痕跡を完全に消し去らないようにしているのだろう。よく見ると、そもそも鉄道会社名は栗原電鉄となっている。くりはら田園鉄道という路線名となったのは1995年なので、30年以上前のイラストということになる。この地図を眺めるだけでも価値はある
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