※訪問は2025年7月12日
最古の鉄道防雪林

野辺地駅に到着。出迎えてくれたのは「日本最古の鉄道防雪林」である。駅の開業は1891年(明治24)と古いが、その2年後に防雪林が造られている。私の訪問時が盛夏ということもあり、あまり紹介してこなかったが、旧東北本線沿線ではところどころで目にする
前回紹介した小川原駅にも

駅に隣接して防雪林が造林されていた
青春18きっぷの特例駅

JR東日本と他社の接続駅で見られる私が好きな駅名標で分かる通り、当駅は乗り換え駅で大湊線が分岐している。そして駅名標で分かる通り、当駅を起点駅として大湊へと向かう大湊線は自社の他路線と接続していない飛び地路線である
飛び地路線は以前からそう珍しいものではなく、私鉄においては東武の東上線と他路線、西武多摩川線などがあるが、国鉄時代から全国に線路網を張り巡らせていたJRについては大湊線が史上初となった。2010年の東北新幹線の延伸に伴い、青い森鉄道に移管したために起きた現象で、現在は北陸新幹線の延伸で北陸に複数の飛び地路線ができたが、当時は史上初ということで話題となった
飛び地路線ゆえ、青春18きっぷの特例区間にもなっていて、八戸~青森については、青い森鉄道のきっぷを所持しなくても途中下車しなければ通過できる。唯一の途中下車可能駅が、ここ野辺地である。現在はJRの他路線でも同様の特例が設けられているが、そのような経緯でも知名度は上がった

乗り換え駅とあって、かつては優等列車の停車駅だった。そのため駅前は広く駅も大きい。現在の駅舎は1962年(昭和37)に改築された典型的な国鉄コンクリート駅舎である

跨線橋を渡って改札に出ると、このようなお出迎え

共同使用駅の有人駅で管轄は青い森鉄道となっている
道路だけでなく海路でも要衝
野辺地の由来はアイヌ語で野を流れる川を意味する「ヌップンペッ」に由来するとされる。すぐれた港湾を持つため港町として栄え、江戸時代は北前船の重要な寄港地だった
ただ駅はというと港から離れた内陸部に設置された
野辺地町の役場まで徒歩20分。それ以前から栄えていた港はさらに先だ。駅前は広いロータリーとバス乗り場があるだけで閑散としているのはそのためだが、鉄道あるあるで、近隣の三沢、八戸も街の中心部から離れた場所に駅が設置されている。それでも東北本線と大湊線の分岐だけでなく、七戸とを結ぶ南部縦貫鉄道(1997年休止、2002年廃止)も当駅を始発着駅とし、重要駅だった

もともと街外れで閑散としている駅前の店舗はいずれもシャッターが降りていた。私は2011年以来、14年ぶりに当駅で降りたがその時に利用した駅前の食堂は閉店している。この食堂をテレビ東京のバス旅で訪れた蛭子能収さんが店内で延々と昼寝をしたことも野辺地を有名にした理由のひとつだろう

駅に張られていたポスター。インターハイの県決勝で青森山田が敗れたというのは、当時高校サッカー界の大きなニュースだった。あくまで私の記憶だが、青森山田は県予選で24連覇を果たしていたはずだ

こちらも有名な駅そば

駅は3面5線構造と大きい。大湊へは当駅始終着の列車のほか、八戸から青い森鉄道経由で直接迎える快速が1日に2・5往復運行され、18きっぱーには、そちらの需要が高いようだが、かつては多くの優等列車でにぎわった要衝駅の現在もぜひ見てほしい
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