不通区間の津軽線28・8キロ最後の訪問~さようなら また別の形でお会いしましょう

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※訪問は2026年7月15日

ワンマン化からすぐ

津軽浜名駅の待合所にあった張り紙

書かれているように津軽線では2022年3月12日から、すべての列車がワンマン化された。私は初めて三厩駅を訪れた2019年8月29日は、新幹線の奥津軽いまべつ駅から津軽二股駅で乗り換えたのだが、青春18きっぷのはんこを津軽線の車掌さんからもらったことを明確に覚えている

はんこというより車内なのでサインである。まさかこの日が蟹田~三厩に列車で乗る最初で最後の日になるとは思ってもいなかった。この季節の18きっぷは帰宅後しばらく経ってから四国に行き、香川県の栗林駅でもはんこをもらった。こちらも数年後にこのようなことができなくなるとは思ってもいなかった。わずか数年前のことなのに、大きな変化があると、はるか昔のように感じる

蟹田~三厩が不通になるのは全列車ワンマン化から5カ月も経たない時だった

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津軽浜名~今別の間が町の中心部

バスの停留所からはすぐ海

今別駅と津軽浜名駅の間が今別町の中心地となっている

町役場のあたりがその付近。津軽浜名駅は後から設置された駅だが、今別駅は微妙に中心部から距離のある場所に設置されている。ただ津軽浜名駅が開業したことで、結果的に町の中心部の両サイドに鉄道駅があることになった

こちらは津軽浜名駅にあった今別町の散策マップ。初めて下車した人が中心部まで分かりやすく行けるようになっている。なお駅前にある学校は「青森北高校今別分校」である

津軽二股、大川平、今別、津軽浜名が今別町ないの駅だが、駅間距離はそれぞれ2キロ、2・4キロ、1・7キロと、まるで都会の私鉄駅のように近い

雨雲接近の予報で

わんタクで1時間。蟹田駅に戻ってきた。時間はほぼ正午

本当のことを言うと、こんなに早い時間に蟹田に戻ってくる予定ではなく、鉄道からは離れるが、せっかく津軽まで来たのだから、追加料金を払い、足を伸ばして竜飛岬まで行くつもりだった

竜飛岬には、北海道新幹線が開業する前、竜飛海底駅で下車して周辺の散策をしたことがあるが、それは有名な階段国道の上の話で、下まで降りたことはなかった。見学時間が限られていたためで、時間がなかったため断念したが、なかなか簡単には来られないところだし、今回は十数年ぶりに訪ねてみようと考えていた。ところが1度大陸の方に去っていった台風がスライスを描いて戻ってくる予報があり、しかもこの日の午後に弘前方面にやって来るとのことで、この日は弘前に宿泊予定の私は早めに移動することに。つまり津軽線の旅もわんタクの旅もここまで。特に昨年そして今年と訪れた津軽線については本当にここで終了である

次回に訪れるとしたら、中小国信号場を間近で見ることと竜飛岬の階段国道である

一連の津軽線の記事を書いていてふと気づいたのは三厩までレールが到達した時代である。1958年(昭和33)のことだが、津軽線の前に書いていた日南線が現在の形となって宮崎と志布志がつながったのは1963年(昭和38)だった。何度も書くのでさすがに覚えてしまうが、後に一部が閑散ローカル線となる地方の路線を建設していた昭和30年代というのは、東海道新幹線の開業を目指しながら、全国の鉄道がにぎわっていた国鉄の全盛期だとあらためて思うのである

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