※訪問は2025年7月9日

規模の大きな駅

剣吉駅に到着。青森県に入って最初の駅となる目時駅(帳簿上はIGRいわて銀河鉄道の終着駅で青い森鉄道の起点駅となる)から3駅目。青い森鉄道は国鉄時代の名残で八戸駅で運行が分断されていて、目時~八戸と八戸~青森が別路線のようになっているが、剣吉は前者に含まれている。この区間で最も規模が大きな駅は三戸駅で、かつての特急停車駅だが、その次に規模の大きな駅で、1日あたりの乗降者数は三戸の334人に対し、剣吉は236人(2022年度)とこの区間では2位の数字となっている。かつては優等列車の停車もあった

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無人駅ながら立派なお出迎え

かつては2面3線構造だったようだが、真ん中の線がはがされて2面構造となっている。貨物の取り扱いもあった。ホームに降りたって駅舎を眺めただけで規模が分かる

かつてというより、ついこの間まで名川町(ながわまち)唯一の駅だった。鉄道がこの地にやつて来たのは1897年(明治30)と、19世紀からの歴史を有する古い駅。そのころは名川町もまだなく北川村。北川村は剣吉村など複数の村が集まってできた自治体で、駅名はそこから採用された。北川村が戦後、名久井村合併して名川町となり、2006年から南部町。剣吉とはアイヌ語で、榛(はん)の木のある場所という意味。かつては湿地帯でハンノキ林だったのかもしれない

駅もまで有人駅で

駅舎に入ろうとすると立派なお出迎えがある。無人駅とは思えない

駅前で見た風景と駅舎内の風景

駅舎は昭和30年代から40年代にかけての国鉄コンクリート駅舎だ

駅の近くには商店街がある

駅前の商店にあるホーロー広告。かつては全国にあったおなじみの光景だが、今は急速に数を減らしている。いつからのものだろうか

駅舎に入ると

窓口と荷物受付があったと思われる場所は塞がれていて自動券売機が置かれているが、駅舎内はきれいに清掃されている

設置はそれほど古くはないようだが、駅舎内に立派なお手洗いがあるのが特徴。そしてその上を見ていただくと、地元の方々の撮った写真が並び

そこには貴重な写真が飾られていた。昭和19年というと、まさに戦時中の写真だ

駅前のバス停を見ると、南部町の中心である三戸駅へと向かう路線が多いようで、1時間に1本ほどの本数も確保されている

もう一度駅へと戻る。こうして見ると構内は広い。駅舎も含め、かつてのにぎわいが大いに感じられる

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