※訪問は2026年7月15日

目にとまった看板

前記事で最後に伝えた分岐点。ここから大鰐線の石川駅を目指す。もう徒歩で10分を切るぐらいの場所まで来ていると思う

すると目にとまったのは

クマ注意の看板。全く記憶にないので当時からあったものかどうかも分からない。もしあったとしても雪深い季節だったのでスルーしていたのかもしれない。そもそも全国各地でのクマ被害が深刻になり始めたのも昨年の夏以降のこと。私も過去にはホイホイと行けたというか、むしろ喜んで行けた山中の誰も利用しそうにない駅でただ1人過ごすのは正直怖くなっている

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かつての白い道を通って

大鰐線の踏切を渡る。義塾高校前駅から奥羽本線をオーバーパスするための高架部分は終わっていて、後は線路沿いの道路を行くだけだが

昨年3月はこのような道だった。きれいに除雪された部分とのコントラストが美しい白の道だ。大鰐線の架線でブロックされているが、岩木山が見える。昨年7月の写真を見ると、弘前市内の各地ではきれいに岩木山が見えていたようだが、今年はかすんで見えなかった。山がひとつ見えたり見えなかったりするだけで、こんなに景色が違うものかと思ってしまう

そして石川駅に到着。大鰐線の思い出の旅のゴールでもある

有名看板そしてホキさん

石川駅だ。大鰐線で駅舎のある駅は少ないが、千年駅、弘高下駅と同じ大鰐線の古参駅舎の標準モデルだ

昨年3月は線路以外の部分は雪という感じだった。1952年(昭和27)に弘前電気鉄道の駅として開業。当時は石川町の所在で、現在は弘前市。先に奥羽本線の石川駅が町内にできていたので、当初は新石川駅を名乗った。1986年から現駅名。ちなみに同じタイミングで弘南大鰐駅も大鰐駅となっている。ただ石川町内では後発の石川駅だが、古くからの城や旧市街地は大鰐線の駅の方が圧倒的に近い。そのような事情で、当駅も長らく有人駅だった

窓口の跡も残る

そして石川駅といえば

この看板だろう。今の世の中を象徴しているような出来事だが、とある時ネットで大いに「バズった」。いつのことなのか私にも分からないが、昨年初めて大鰐線に乗車した私がその前から知っていたぐらいだから、かなりの人気スポットだ。「死にます」の警告(しかも子ども向けである)は、今ではまず見かけないものだし、ちょっと考えほしい。先に挙げたクマ注意の警告ですら、あくまで「危険」である

 

私も大いにはしゃいでいた。やはり大鰐線に乗車するなら、この看板は外せない

もうひとつ当駅で忘れてはならないのは

側線に止まるホキさん

昨年3月も雪に埋もれながら、しっかり自己主張していた

大鰐線に貨物列車が走っていた時代に活躍していたものが、今は保線車として余生を過ごしている。車両の位置が変化しているので「石川駅常備」のまま、しっかり業務をこなしているようだ

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