※訪問は2026年3月10日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

少し前までは北郷町

谷之口駅の次は再び南郷駅の北側へと向かい

内之田駅で下車。ここは2009年まで北郷町だった

ちなみに当時の時刻表では志布志からやって来た列車は油津止まりで、油津で10分ほどの乗り継ぎで南宮崎方面への列車に乗車していた。だから正確には1度油津で下車している。ちなみに現在の時刻表はどうかというと、谷之口から南宮崎方面への列車は1日5本。うち朝の6時台、8時台の2本は南宮崎行きだが、そこからの3本はすべて油津行き。しかも油津での乗り継ぎ時間が約20~30分と、かなり時間がかかるようになっている。本数が減った上に不便になったことは否めない

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駅名通りの農地が広がる

前記事の谷之口は「谷の入口」という意味の地名だったが、ここ内之田は「山間部の田んぼ」という意味の地名だという

その名の通り、ホームの向かいは一面農地が広がる。訪問が3月だったので、今はかなり異なる光景が広がっているはずだ

開業は1941年(昭和16)。当時の志布志線が終着の北郷まで延伸された際に設置された。その意味では飫肥や北郷といった規模の大きい駅と同期生である

印象に残るのは、やけに途中が大きくなっている不自然なホーム。かつて2面だった記録は見当たらず、ずっと棒状ホームで駅舎の記録も残っていないが、どうも過去の写真を見るとホームは現在列車が見えているぐらいの幅しかなく、ホームと周辺には大きな木があり、他の草木も植えられていたようだが、木は伐採されて庭園風の草木も撤去。その部分がコンクリートで固められた分、このような広さになったようだ。決して利用者が多すぎてホームが拡張されたわけでないことは、周辺の景色から分かる。その証拠にと言うのも失礼かもしれないが、待合所はイスも小さく、横殴りの風雨が来ると、あっという間に、ほぼ野ざらし状態になってしまう構造だ

駅名標の位置に注目

駅名標の位置は拡張ホームにポツンと置かれ、これにも不自然さを感じるが、すぐ後にここにある意義を知ることになる

裏側には大きく「内之田駅」と書かれている

これだけ見ると、何も感じないかもしれないが、駅の外へ出ると、その訳が分かる

道路側から見ると、ちょうど駅名板の意味を果たしているのだ

ただし道路から「ちょうど良いところに駅があった」と、列車に乗る人はまずいないと思われる。利用者は地元の人のみだろう。ホーム側には民家が点在している

日南線と寄り添う国道220号は油津で海に沿って走り続け、飫肥から北郷という内陸部に向かう日南線と別れる。また油津と飫肥を結ぶ国道222号は、飫肥から都城へと向かうため、内之田駅の前を走る県道は交通量が少ない。当駅からは宮崎から着々と延伸を続け、飫肥駅と日南駅の間あたりまでやって来た東九州自動車道は近いが、インタチェンジに向かう道路は駅前は走らない

駅前に宮崎交通のバス停があった。北郷と油津を結ぶ路線のようだが、時刻表を見ると1日1往復

おそらくその理由は日南線にあり

1日12・5往復と、それなりの本数がある。ダイヤ変更後も1日12往復と、それほど変わらない。おそらく1日の利用者数は谷之口駅と同様に1ケタだと推察されるが、内之田駅の運行はしっかり確保されているのだ

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