※訪問は2026年3月12日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)
時刻表と運賃表は道路に

あらためて小内海駅。国道220号に面して階段があり、その上にホームがある。2021年の台風による被害で、駅の階段は未だに仮設状態となっていることは前記事で紹介したが、仮復旧状態ということもあってか、時刻表と運賃表は階段のふもとに掲示板のように設置されている

それがこちら。運賃表を見ると、油津までが660円なのに対し、南宮崎までは470円。宮崎までも560円である。宮崎空港から田吉経由で南下。昨日まで主に旧志布志線の駅を巡ってきたが、最終日の今日は宮崎空港から飛行機で帰るだけ。運賃表を見るだけで最終日の実感がわいてくる
階段を昇る必要はないんです
それにしてもこの階段。プレハブ造りということもあってか、実際より高いところにある気がする。1度降りたら、もう昇る気はしなくなりそうだが、実はその通り。もう階段を昇る必要はない。というか昇らなくていいのです
時刻表を見ていただければ分かるが、7時台の南宮崎行きは2本あって、1本が02分、もう1本が43分だ(当時のダイヤ)。そして私が乗ってきたのは43分の方。つまり今から1時間半ほど列車は来ない
一方、お隣の内海駅までの距離はというと
徒歩で「たったの」30分。そもそもこの時刻表を見て「なんで02分で来ないの?だったら40分待てば次の列車が来るじゃない」と思った方は大正解。時刻については私も把握していたが、何のことはない、寝坊で乗れなかったのだ(笑)
02分で来るためには油津初6時24分に乗車しなければならない。前日、大隅夏井に向かった始発よりも遅いが、油津以北は本数があるという油断からか、南郷以南の駅をすべて訪問できた安心感からか、寝坊してしまったのだ。つまり、そのツケをこれから徒歩という形で償う
ちなみに駅の階段を降りたところにある飲食店は行列もできるような海鮮の有名店のようだが、朝の7時台には、もちろん営業しておらず時間を潰すこともできないので、やはり徒歩移動である
ふと目についた木碑
ただし気温は10度を超えていて、海沿いにもかかわらず風もない。つまり海を眺めながら歩くには絶好の気候で、それほど苦痛なものではない

途中、道の駅のような施設があり、そこでお手洗いを借りた。1人で来るところではなさそうな場所で記念撮影。もちろん誰もいない…と言いたいところだが、お手洗い休憩なのか朝の早い時間帯から複数の車が停まっていた。ちょっと恥ずかしかった

その背景にある海は日南海岸で見られる「鬼の洗濯板」という景観が広がる。砂岩と泥岩で重なり合った後に、柔らかい泥岩だけが削られた残ったもの。さらに引き潮になると、もっと美しいという
飲食店は開いていなかったが、この先にはコンビニもあり、さすが景観の良い国道沿いの道だけあって、もっと遅い時間だったら、さぞ楽しく過ごせるだろうと思いつつ、もう間もなく内海駅というところで、ついつい足が止まってしまった

戦争末期、沖縄戦の後に次は九州に米軍がやって来ることに備えて迎撃の準備をしなければならない、と日南海岸には回天の基地が設置された。油津にも基地があり、南郷には訓練所があった
ここ内海には7月16日に回天が運び込まれた。結果だけ見ると、終戦まで、あと1カ月の時で間もなく終戦を迎えたことで出撃することはなかったものの、基地設置の動きはたちまち米軍に知られることになり、軍港でなかった港が空襲を受け、乗務員2人が命を落とし、民間人にも負傷者が出た。碑がある場所は回天を格納するところだったという。木碑と出会わなければ、旅を終えて回天基地の歴史を調べることもなかった。

そうしているうちに内海駅前到着である
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