美濃市駅

72キロの長大盲腸線長良川鉄道を行く~2つの顔を楽しめる駅

※訪問は2025年10月4日

駅舎、ホームに車両も残る

あらためて旧美濃駅。向こうに車両が見えるが、廃線から15年以上が経過しても、内外ともにきれいに保たれている。私の訪問時も雨が降る中、数人の訪問があった。すべてが同業者(鉄道ファン)というわけではなく、廃線となってもなお町の顔のイメージを保っている

なお駅名について、こちらは過去にも触れたかもしれないが、国鉄そしてJRは旧国名のみを駅名にすることは基本的にない。旧国名が、そのまま現在の都市名になっている例は多いが、今回の美濃市駅と同様、「伊勢市」「長門市」のように「市」を入れたりする。なぜかというと国名が付く駅は数が多く、それだけに離れていることも多く、例えば三重県には「伊勢○○」という駅がいくつもあるが、伊勢市駅から列車や車を利用しても簡単にはたどり着けない距離の駅もある。誤解を招かないための措置である

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廃線時のままそっくり保存

こちらは駅の解説板。こちらを読んでいただければ歴史も含め、すべてが分かる

駅舎内にはきっぷ売場がそのまま残され、かつての時刻表も掲げられている。ただこれは廃線時のものではない。急行運転はかなり以前に廃止され、運行も基本的には当駅~新関と新関~新岐阜が分断されて美濃駅から新岐阜への直通運転は激減していたからだ。それを考えると1970年代の時刻表ではないかと思われる。廃線時の時点でも20年以上前のダイヤだと思われ、よく残っていたと感心してしまう

ホームにはかつての車両がズラリと並ぶ

現役時代は頭端式の2面2線構造だった

一部の車両は中に入ることが可能

たっぷりと時間をかけることができる

留置車両の詳しい解説もある

野口五郎さんの出身地

旧駅舎にはもうひとつの顔があって

美濃市が野口五郎さんの出身地ということで、多くの関連展示がある。われわれの世代のアイドルスターだった野口五郎記念館の雰囲気もある

美濃町関連グッズと並び展示されている

車両を臨む場所には「私鉄沿線」の歌碑

2019年のデビュー50周年をきっかけに建てられたもの。携帯電話のおかげで駅の改札でただただ誰かを待つこともなくなったし、歌詞に出てくる伝言板も40歳以下の方には何のことか分からないかもしれないが、外に出てしまうと連絡手段がなくなってしまう時代は駅に設けられた黒板に「駅前の喫茶店にいます 高木」のように個人情報丸出しで書き込んで駅に来る人と連絡を取り合っていた。駅にはなくてはならないものだった。牧歌的な時代の光景ではあるが、今でも十分に聴ける歌だと思う

駅名標をパッと見て何のことか分からない方が多いかもしれないが、「博多みれん」が野口五郎さんのデビュー曲だったことも私には分かる。ヒット曲を連発するようになってから「デビュー曲が演歌風だった」と何かと話題にされていたからだ。さすがに「光の道」は知らなかったが、当時発売された最新のシングル曲だったという

鉄道関連での野口五郎さんといえば、廃線となった高砂線の「野口駅」(兵庫県加古川市)から予讃線の「五郎駅」(愛媛県大洲市)までの乗車券が売れ、また五郎駅の存在がメディアで紹介されると駅に多くのファンが訪れ、まだ有人駅だった五郎駅で入場券がおもしろいように売れて駅に印字機を設置したという有名な逸話がある。ネットもない時代、五郎駅の存在はメディアで紹介されない限り、ほとんどの人が知らなかったのだ

ここにはワンちゃんがいたのだろうか。いろいろな側面で楽しめる旧駅舎。2つの顔のどちらかだけでも十分に行く価値のある場所だと思う

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72キロの長大盲腸線長良川鉄道を行く~美濃市駅から徒歩数分の場所にたたずむ歴史を刻む廃駅

※訪問は2025年10月4日

まずは腹ごしらえ

美濃市駅訪問の後はランチタイムとなった。当駅より北に進むとお昼を食べられる確証のある場所は郡上八幡までないこともあるし、そもそももう13時半。地元のソウルフードでもある「とんちゃん焼き」をいただくことに。特製のタレに漬け込んだ豚モツをジュージュー焼く。同時に鶏を漬け込んだ「けいちゃん焼き」も注文してシェアしていただいた。行列のできる人気店だそうだが、遅い時間なのですんなり入れて幸運だった

そしていよいよ今回の旅の最大目的のひとつに向かう

ここに来なければ意味がない

向かうといっても、ほとんどお隣さんのような場所だが

美濃駅。といっても現役の駅ではない。廃止になった路線の駅舎が、そのまま保存されている。長良川鉄道乗車が旅の本筋とはいえ、ここに来ないわけにはいかない。名鉄美濃町線の駅だった。1999年(平成11)に廃線となった名鉄美濃町線の駅舎だ。岐阜の中心部に乗り入れる路面電車として知られていた美濃町線は1999年に新関~美濃が廃止され、6年後には残る区間も廃止となって全廃となった

前記事でも触れたが、美濃町線は美濃電気軌道が1911年(明治44)に岐阜市の中心部から当駅まで敷設された路線で、昭和初期に名鉄の一部となった。国鉄越美南線より10年以上も早く現在の美濃市に乗り入れ、しかも岐阜市中心部とダイレクトにつながっていた

こちらも前記事で紹介したが、当時美濃町は成立しておらず駅名は町名から「上有知(こうずち)」駅。ただ2月11日の開業から2カ月も経たない4月1日「美濃町」駅に名を改めている。美濃町が成立したからだ。現代ならわずか2カ月後に新たな町が成立するのだから、駅名も考えて付けろ、となりそうだが、当時は自動券売機があるわけでもなくワンマンの整理券があるわけでもない。地方の私鉄にとって駅名変更はたやすいものだったのだろう

駅は2度にわたり微妙に位置を変えて現在の駅舎がある場所にやって来たのは1923年(大正11)。その年に越美南線も美濃町にやって来たため、国鉄との乗り換えが便利な位置に移転したとされる

徒歩で5分もかからない場所に2つの駅ができた。私鉄と国鉄が乗り入れる美濃町は長良川の港で栄えた重要都市だったのだ

駅名はこの移転の際、越美南線の「美濃町」駅との駅名重複を避け「新美濃町」駅と改名した。国鉄に敬意を払った形だ。現在なら、どちらが先だなどとなりそうだが、この時代は地方の私鉄が国鉄に配慮して会社名や電鉄の文字を入れるケースは見られた

美濃市の成立によって1954年に駅名は「美濃」に変更。ただし路線名は廃線時まで美濃町線のままだった

駅舎は廃線、廃駅となった後は地元で管理され

6年後の2005年には旧駅舎とホームが登録有形文化財となった。徒歩5分以内にある2つの駅舎がともに登録有形文化財となったのだ

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72キロの長大盲腸線長良川鉄道を行く~国鉄時代そのままに街を見下ろす登録有形文化財の駅

※訪問は2025年10月4日

関から約10分

美濃市駅に到着。島式ホームの1面2線だが構内は広く側線もある。役割を終えた貨物ホームには車両が留置されている。すっかり自然に帰ろうとしている草木に雨による薄暗い空気が雰囲気を盛り上げる。実際にはまだお昼の13時半である

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3年間の終着駅

ホームには古い待合所がそのまま残る。駅は高台にあり階段で改札に向かうが

文字も空気も国鉄時代そのままの風情だ。開業は1923年(大正12)。越美南線が美濃太田から当駅までが開業した際、終着駅として設置された。この後、越美南線は延伸されるが、それは3年後。かなりの期間、終着駅だったことになる。逆に言うと、美濃太田から関を経て当駅までをまず開業させるのが重要だったことになる

当初は「美濃町」駅を名乗っていた。現在の駅名となったのは1954年。想像に難くないが、美濃町が美濃市になったことによる変更である

長良川水運の要衝としてこの地は栄えた。美濃国にあるので美濃町という自治体、地名が生まれたと思いがちだが、美濃国は広い。さらに言うと旧国名が地域名になることはあまりない。大抵が「○○国○○」となる。旧国名が自治体名や駅名になっているのは、ほとんどが明治以降のものだ

美濃町も町村制施行時は上有知(こうずつ)町という名前だった。後に美濃和紙の生産地であることから美濃町に変更。戦後に周辺の自治体と合併して美濃市となった。越美南線がやってきたころには既に美濃町となっていたので、駅名もそのまま美濃町となった。実は美濃町へ先に乗り入れた鉄路は国鉄ではなく、後に名鉄美濃町線となった美濃電気軌道が、明治期に岐阜市内から美濃町までの鉄路を走らせている。当時は私鉄に追随する形で国鉄がやって来るなど重要な地だったのだ

国鉄時代にタイムトリップ

駅舎へと向かうと先ほどの出口と同様ホーロー板が残されている

そしてステンレスの改札。まさにタイムトリップである。今も国鉄時代そのままの設備が残っている駅は数多いが、ポイントとなるのは

有人駅だということだ。有人の古い駅舎はタイムトリップ感をさらに強くしてくれる。長良川鉄道の数少ない有人駅のひとつ。そしてもちろん主要駅

こちらは訪問時の時刻表だが、当駅を境に運行本数が大きく変わることが分かる。かなりの列車が当駅で折り返す。この傾向は2週間後のダイヤ変更でさらに顕著になっていて

長良川鉄道の1回目の記事でも記したが、美濃市以北は大幅に運行本数が減り、平日においては朝の10時台の後は3時間運行がない時間帯が生まれている

駅舎は開業時のものをベースに手が加えられているが

2013年に先に述べたホームの待合所とともに登録有形文化財となっている。駅は美濃市の中心部のやや外れの高台にある。次の列車まで1時間半。ここでお昼とすることにしよう

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