弘前駅

これが最後、大鰐線の思い出を訪ねてみる~まずは外せない中央弘前から

※訪問は2026年7月16日

最後は思いついた駅で降りてみよう

田んぼアート駅から弘前へと1度戻り、今度は弘南鉄道大鰐線を目指す。2028年3月での廃線が決まっている大鰐線には昨年の3月と7月に全駅訪問を行った

その多くが雪に埋もれた景色だった。今回は盛夏である。雪の景色が印象に残っている駅を再び巡ってみるのが、今回の意図。だから明確にどの駅で降りるとかは考えていない。車窓から見て思いついた駅、思い出した駅で降りてみるつもりだ。そして最も重要なのは、これがおそらく私にとって最後の大鰐線利用となるということだ

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弘前駅からは循環バスで

まず目指すのは、ここは外せない中央弘前駅である。弘南線と大鰐線のアクセス方法はいくつかあり、私も昨年2回訪れて本数の多いバス路線も頭に入るようになってきたし、歩くならどことどこ、という感覚も身についてきたが、ここは王道ともいえる土手町循環バスに乗車する。10分おきに出ていてJRの弘前駅から中央弘前駅のある街の中心地までを運んでくれる

ちなみにこちらが弘南鉄道の弘前駅に張られていた案内図。循環バスに乗車した場合の停留所も書かれている。150円バスと記されているが、IC乗車の場合は130円だ

昨年3月に弘前に来た時は中央弘前駅を利用したが、7月は大鰐線と弘南線を徒歩で移動したため、中央弘前駅は利用していない。だから昨年3月以来の訪問となる

当然雪景色はなく

前掲した地図にもあるように蓬来橋で下車。ご覧のようにこのあたりは弘前市の旧来からの繁華街の真ん中となる。JR(国鉄)の駅が街の中心地から離れているという典型的なパターンだ

バス停からは川沿いに歩行者専用道路を歩いていけば、すぐに中央弘前駅である

こちらを真っ直ぐに

駅の近くまで来てバス停の方向を振り返るとこんな感じ。そして昨年3月はというと

雪は随分と残っていた

もっと対照的なのは駐輪場あたりで

こちらはすっぽりと雪。の脇に数台の自転車があるが、これだけ雪が積もると、どこに自転車を停めるのか、さすがに地元の方でないと、分からない

センチメンタルなカウントダウン板

中央弘前駅である。何度見ても味わい深い駅舎だ。駅の周辺は旧来からの繁華街だが、街の開発は進み、新しいマンションなども建っていて古風な建物は少なくなっている。それだけに1952年(昭和27)の開業以来とされる駅舎は異彩を放つというか、大いに自己主張している

古風な改札にある古風な文字の数々。「発車時間の5分前から改札します」と書かれている通り、列車ごとの改札。弘南線は途中駅にも有人駅がいくつかあるが、大鰐線は大鰐駅と中央弘前駅の起終点のみが有人駅だ

そんなノスタルジックな中央弘前駅だが、現実に戻される場面もある

駅舎に掲げられたカウントダウンのボード。まだまだ日数があるようだが、こういうものは数字が減るのが早い。昨年3月の訪問時はまだなかったカウントダウンに、前日に訪問していた津軽線と同様、一気に感傷的な気持ちが押し寄せてきた

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弘南鉄道弘南線の全駅訪問の詰めを行う~あえて2駅残した理由は?

※訪問は2026年7月16日

天気予報はやや外れ?

弘前駅に到着。8月からの弘前ねぶたまつりを目前に控えて町は盛り上がりつつある。その時期は市内のホテルはなかなかの価格になるが、7月のこの時期はそうでもない。前日に青森に泊まったが、やはり青森市内のホテルは弘前より1オクターブ価格が高い印象だ

天気予報が悪いため津軽線沿線の各地訪問を早めに切り上げ、弘前駅には15時前に到着。奥羽本線の普通は青森~弘前がひとつの軸となっていて、この区間は昼でも1時間に1、2本の運行があり、弘前から先は運行が減少する。もっとも青森始発で終着駅が秋田という「青春18きっぱー向け」の普通も1日2本の運行があり、その季節は明らかな同業者(鉄道ファン)で大いににぎわう。所要時間3時間半のロングシートで、しかもかなりの乗客で座席は確保できてもなかなか身動きできず車窓も見られない態勢はしんどい。なぜこのようなことを書くのかというと、実際に乗ったからである。私にとっては、かなりの修行だった。18きっぷのルールが変わって今はどのぐらいの利用があるのだろうか

さて話は少しそれたが、1年ぶりに弘前駅で降り、やや拍子抜けしたことがある。好天なのだ

予報では1度大陸に抜けた台風が戻ってきて夕方にも雨ということだったが、夏の青空が広がっている。まぁ、本格的な雨よりも暑いぐらいの好天の方がいい。というか、今日のうちに弘前まで来ておかないとマズいのである。明日は早朝から弘南鉄道の弘南線と大鰐線に乗るつもりである

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今回は紙のきっぷを購入

明けて翌日、7時前の弘前駅。早々にホテルの部屋に入ったので全く気づかなかったが、予告されていた雨は夜中にやって来たようで駅前には水たまりができている。そのおかげか前日の蟹田駅近辺の7時よりもやや涼しく感じる。まずは弘南鉄道の弘前駅まで行って弘南線に乗車する

弘南鉄道の弘前駅にやって来た。あらためて言うと、弘南鉄道には弘南線、大鰐線の2路線があり、近い場所を走る部分がある同じ鉄道会社にもかかわらず、全く交わっていない。弘南電気鉄道という会社の別路線だった大鰐線が、後に弘南鉄道に譲渡された歴史を持つためで、弘前市内の起点駅も弘南線はJR弘前駅に併設されているのに対して、大鰐線はJRの駅から徒歩20分ほどの旧市街の中心部にある中央弘前駅となっている。そして大鰐線は2028年春をもっての廃線がすでに決まっている

昨年の3月と7月に大鰐線と弘南線の各駅訪問を試みたが、弘南線の2駅が未訪問。今日はその2駅訪問と大鰐線の最後の乗車を行うつもりだ

そして今回は紙のフリーきっぷを購入。過去2回はいずれもスマホのデジタル板だったが、こんな風に券売機を並べられると紙を買いたくなる。もちろん「大黒様きっぷ」という名称と1000円という価格は同じ。そして券面にある通り、接点のない弘南線も大鰐線も共通で利用できる

こちらも朝が重要

券売機の写真には時刻表があるが、見て分かる通り、朝夕は1時間に2本の運行があるが、昼間は1時間に1本。これは私鉄に限らずJRのローカル線にも共通する話で、駅訪問をするには朝が重要なのだ

電車はすでにホームで出発を待っている。中央弘前や黒石でもそうだが、改札は列車別、乗降別となっていて当駅までやって来た列車で降りる人をすべて改札の外に出した後にあらためて乗車用の改札を行う。だから基本的にホームで長時間滞在することはできない

そしてこれから7時8分に乗車して運動公園前、尾上高校前の未回収2駅を訪問。そしてここからが大切なのだが、昨年旅程の都合で駅にしか行けなかった田んぼアートを見るつもりだ。残り2駅だったので、昨年頑張れば十分に行けたが、やはり田んぼアートは見たい。昨年の時点で津軽線の最後の訪問を行うことは決まっていたので、未訪問の2駅を残しておいた。そして朝が勝負と言いながらも、あまり早すぎてもダメというジレンマを抱えながらの出発にもなった

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弘南鉄道弘南線を行く~「いなか」の駅舎に入って出会う目を見張るアート

※訪問は2025年7月11日

小休止から再び活動

ホテルの部屋で40分ほど休んで弘前駅へと戻ってきた。夏場でもあるので、たかだか40分といえども貴重な時間である

約30分、電車に揺られて田舎館駅に到着である。朝から大鰐線の駅を回ったおかげで、弘南線のすべての駅を回れるかどうか微妙なところなので、優先順位をつけての駅巡りとなったが、ここ田舎館とお隣の田んぼアートについては「ぜひもの」だろう

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「えっ」と思う駅名だが

当駅は島式ホームで列車交換可能な構造。夏らしい雲も印象的だ

立派な駅舎へは構内踏切で向かう

開業は1950年(昭和25)。弘南線は1927年に弘前~津軽尾上が開業。当時は非電化路線だった。戦争を挟んで電化され、1950年に黒石まで延伸された全通。その際に田舎館駅も開業した

駅名は田舎館村からのもの。明治の町村制施行からある自治体で、その後合併はあったものの、今も田舎館村である。村にあることも加え「田舎」という文字に一瞬「えっ?」と思ってしまうかもしれないが、「稲」つまり「イネ」に由来しているとされ、江戸時代から地名は「田舎」だった。今の意味とは異なる。「館」は有名なところでは「大館」「角館」など、東北地方で多く見られる地名だ

村内で有名な駅は奥羽本線の川部駅だろう。五能線の乗換駅としての知名度が高い

当ブログでも2年前に紹介している。明治以来の駅舎がなくなるということで、押っ取り刀で駆けつけ、窓口で青春18きっぷを購入。今にして思えば、こんな形で「どこかで使うので、とりあえず買っておこう」と18きっぷを購入することはできなくなった。川部駅のみどりの窓口は私の訪問から2週間後に姿を消した。この時の記事では「村にある貴重なみどりの窓口」と紹介している

ただ川部駅も田舎館駅も村の中心部からは、やや離れた場所に位置する。イメージとしては川部駅と田舎館駅の間に中心部がある

駅舎に入ってビックリは確実

ふだんは駅の情報を事前に収集しない私だが、今回についてはその後の徒歩も含め事前に調べる過程で分かっていただけに、見出しの通り「確実に驚くだろう」としておく

こちらはホームと駅舎を結ぶ出入口。そして

こちらは駅舎の様子。いつからのものか正確に知ることはできなかったが、おそらく1950年の開業以来のものだろう。街の中心部から離れている分、周辺にはあまり見当たるものがないのでクラシックな駅舎が目立つ。昭和の終わりごろから無人駅となっている

この古典ぶりを目にした後に駅舎に入ると

中はこんな感じ。まさにそのような表現しか見当たらないが、地元のアーティストの方によるアートで埋め尽くされている。天井、壁そしてイス、ゴミ箱まで。これこそ事前に知ることなく、いきなり出会って腰を抜かしたかった

もっとも、この記事を読んでくださっている方に「行くとビックリしますよ」と伝えても今さらなのだが、それでも訪問の価値は必ずある駅だと思う

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弘南鉄道弘南線を行く~乗車した際は弘前からの1区間は車窓に注目

※訪問は2025年7月11日

午前中は有人駅

弘前東高前駅である

立派な駅舎を持っている。この後も出てくるが、同じ弘南鉄道でも弘南線は大鰐線に比べると立派な駅舎を持つ駅がたびたび登場する。もともと弘南線のみからスタートして、後に大鰐線の経営を引き継ぐことになったという経緯があるので特徴に違いがあっても不思議ではない

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見事になくなったレール

到着した8時45分ごろは有人駅だった。改札付近の注意書きによると平日の7~10時は有人のようだ。学校最寄り駅らしい配慮だ

当駅は1927年(昭和2)の開業。弘前~津軽尾上が開業した際の弘南線のオリジナル駅のひとつ。当初の駅名は「松森町」で間もなく「南弘前」となった。大鰐線に「西弘前」(現弘前学院大学前)、弘南線に「南弘前」があったわけだが、現在は2駅とも異なる駅名となった

60年近く親しまれた南弘前駅だが、1988年に東工業前駅へと改称。東工業とは弘前東工業高校のことで、現在の弘前東高校。2005年に学校名が変更されたことで駅名も変更となった。つまり現在の駅名となって、まだ20年

ホームへと歩を進める

いかにも「線路をひとつはがしました」と訴えているような構造だ。島式ホームへはかつて構内踏切から向かっていたのだろう

単式ホームとなっているため、弘前行き、黒石行きは乗車位置を変えて対応しているようだ

次に向かうのは黒石方面だが、ここで1時間列車を待つのもやることがなさそうなので、前回の記事で紹介した「プランB」を使ってひとつ隣の弘前へと向かう。駅前のホテルは連泊としているので自室に戻ってエアコンの下、休憩である

意外と長い併走区間

電車に乗ると、すぐにJR奥羽本線と併走する。駅舎の道路を挟んだ向かいに奥羽本線の踏切があるため、容易に想像できるが合流してから弘前までの距離が意外とあるように感じる

便宜上、徒歩ルートにしたが線路のみの距離は0・9メートルと1キロに届かない。だからすぐに着くのだが、ゆっくり走るので電車の所要時間は3分もある。ターミナル駅から出たJRと私鉄がしばらく併走する場面は地方都市としては、なかなか貴重だ

ということで弘前に到着。奥に見えるのがJRのホーム

もちろん弘前駅は有人改札。開業時から長らく「弘南弘前」を名乗っていたが、1986年に国鉄(当時)と同じ「弘前」駅となった。現在の駅舎は2004年からのもの。JRの駅とともに大きな駅ビルとなった

電車の到着に合わせて改札口を開放するスタイル。待合所は改札の外にある。この後、体験するのだが、弘南線の有人駅各駅がそのシステムをとっていた

弘前駅はJR側の中央口、弘南鉄道側の城東口があるが、バスターミナルやホテル、飲食店が並ぶ中央口に比べると、かわいい駅舎となっている

しばらく休憩して本格的に弘南線の各駅訪問を行おう

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