榎原駅

宮崎から志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~有名神社最寄りそしてホームの柱に釘付け

※訪問は2026年3月11日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

縁結びの神様

榎原駅ホームの名所案内は榎原神社の一択だ

しかも詳細に記されている

案内板通り、山中の榎原駅から徒歩12分。1658年の創建で飫肥藩の鎮守。今も縁結び、安産の神様として地元では有名だという

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神社を中心に街が形成

あらためて榎原駅

地図を見ると街は神社を中心にできているようだ。駅前の道路を進むと国道220号に出て神社へと行くことができる。立派な駅舎も、神社最寄りだからだろうか。ただし駅舎がいつからのものかは分からない。開業は1935年(昭和10)だが、昭和10年以来の駅舎だと言われると、ちょっと違う気もするが、当駅から榎原神社を目指す人も多かったと推察される

ただし今も参拝客の多い榎原神社の最寄り駅として当駅が機能しているかどうかとなると「そうですね」とは、なかなかいかない。JR九州は利用者数を発表していないが、1日あたりの利用者数は日南線南郷以南の串間をのぞく他駅と同じく1ケタとみられる。もちろん私が滞在している間、駅にやって来る人はいなかった。榎原神社を目指す人はもっぱらマイカー利用のようだ

駅の有名キャラクター

駅舎に掲げられる駅名板は1度きれいに書き換えられた後、再び風雨にさらされ、書き換える前の文字まで現れ始めている

改札口の左上部分には、かつて蛍光灯に照らされる駅名板があったようだ。今も日焼け跡のようになっていて、駅名板まで配線が伸びていたことが分かる。かつて頑張った備品には、本当に「おつかれさまでした」と言いたくなる

当駅にはキャラクター「ひなもり よわら」さんがいる

個人で活動されているようで、全国からこのキャラに会うためにはるばる巡礼に訪れる人も多く、検索すると訪問記が出てくる

ホームの柱にしびれる

こちらは時刻表(当時)。10時19分でやって来て、10時52分で去る。52分は快速となっているが、各駅停車(当時)である。ご覧のように逃すと大変だ。今気づいたのだが、14時台の列車は当駅で列車交換するようなので、駅舎にやって来る余裕はない。聖地巡礼の皆さんは、榎原神社まで足を運んでいるようだが、なかなかの大事業である

私に与えられた時間は30分なので、もちろんそんな余裕はなく志布志行きの列車を逃してはいけないと、構内踏切を渡ってホームへと向かう

そこで目についたのがこちら

ホームに立つ電柱に安全標識が巻かれているが、駅名板と同じく風雨ではげかけていて、そこから元々の文字が現れている

裏に回り込むと、ほぼ完全に姿を見せている。九州の主要駅と山陽本線の主要駅が書かれていて、松山の文字まである。料金表にしてはスペースが小さく「3」という数字もぼんやり見える。荷物の到着日数を記したものか。これはなかなかしびれた。いろいろな意味で、やった来た甲斐があったと実感できる駅だった

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宮崎から志布志まで89キロ18きっぷでの日南線3日間~山中にある難読駅のたたずまい

※訪問は2026年3月11日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)

再び日南市へ

串間駅から20分と少し。榎原駅に到着した。これはまず読めない。「よわら」と読む。再び日南市へと突入した。ご覧の通り、すれ違い可能な構造。南郷以南(というか南郷も棒状ホームである)では、貴重な存在。背後に見える大きめの駅舎と、かなりくたびれた感じの駅名標にそそられる

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大きな規模の三角屋根駅舎

こちらがホーム側から見た駅舎。階段を昇ったところにある。駅の規模も大きい

改札口も残されている。残されていると書いたのは、当然ながら無人駅だから

駅舎内はそれなりに広い。中央がきっぷ売場、右側が手荷物受付の跡で分かりやすい

外に出ると雄大な駅舎が出迎えてくれた。右側は事務室で、もちろん使用されていないが、切り取られたりせずに残されている。いつから使われていないかを推測する際、私はエアコンの室外機があるかないかが最初の基準で、あった場合はどのぐらい前のものなのかを考えるようにしているが、室外機は存在した。そして、かなり古いもののようだ

榎原駅は1935年(昭和10)の開業。大正期に都城から志布志まで到達した志布志線が昭和になって北上を開始した際、当駅までが開通。それから約1年間、終着駅だった。かなりの間、終着駅だったのは、おそらく難工事だろう

隣駅の日向大束との距離は8・1キロもある。途中に駅はないのは山中をひた走るからで、国道220号とぴったり併走しているものの、集落らしきものはない。ここは串間市との市境である

その先はというと

再び山中を抜け、南郷駅まで行って海に出るが、この距離も長い。榎原~南郷間に谷之口駅があるが、こちらは谷之口駅の記事でも説明した通り、戦後に設置された駅である

地理的には志布志湾と太平洋の間を抜ける峠に所在する。ショートカットせず海沿いを走るルートもあるにはあるが、遠回りな上に結局は峠を抜けなければならない。途中に集落もないということで線路は山中を貫くことになった。そしてここにあったのは榎原村。1956年(昭和31)に地区別に日南市と南郷町に編入されて自治体として消滅。その後、南郷町が日南市と合併したために、現在は同じ自治体となっている。つまり榎原村は峠越えで重要な町だったのだ

駅としての記録は詳細には分からないが、少なくともJR民営化の直前までは有人駅だったようだ

山中の重要駅だったことは想像に難くない

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