完了2年がかりの呉線全駅訪問~全線開通へ三原への第一歩は30年経ってから

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安芸阿賀駅の駅名標

※訪問は2024年1月9日

路面電車が先行

安芸阿賀駅に到着。駅名標で分かる通り、呉のひとつ三原寄り。呉線は海田市から呉までが1903年(明治36)に開業したが、当駅の開業は1935年(昭和10)。1区間の延伸に30年以上かかったことになる。広島と海軍の呉鎮守府を結ぶことが当初の目的だったため、その後の延伸については動きが鈍かった。しかし「東京から直通列車で海軍基地まで行けないのはどういうことか」と論議が高まり、1927年(昭和2)にようやく三原と呉の両方から延伸工事が開始された。三原からは1930年に須波までが開業したのを皮切りに順調に線路が伸び、1932年には竹原までたどり着いたが、呉側からがなかなか進まなかった。呉と安芸阿賀駅の間の休山(やすみやま)トンネルが2・5キロにも及ぶ長大トンネルで難工事だったため。貫通したのは工事開始から6年も経った1933年のことだった

こちらは駅前の地図。呉線の広以西は新駅や復活駅が多く駅間は短いが、呉と安芸阿賀は4・1キロと比較的長いのはこのためだ。呉市の中心部とは休山を挟んだ位置にあり、元は阿賀町だったが、1928年に呉市に編入され、安芸阿賀駅の開業時はすでに呉市となっていた

もっとも呉の中心部と阿賀とは、山を回り込むように走っていた後の呉市電となる路面電車で1927年につながっていた。路面電車が走るほど呉市は大規模な街だったことが分かる

かつては松山行きのフェリーも

現在の橋上駅舎は2006年(平18)から。それまでは開業時からの木造駅舎だったが、構内の南側にあった側線を撤去する形で従来駅舎があった北側だけでなく南口が設けられた

南側は海側。以前紹介した

松山市の堀江駅。仁方駅との連絡船の四国側の駅だったが、この記事でも紹介したように堀江港と阿賀港とは仁堀航路とは別に呉・松山フェリーが開設され、結果的に仁堀連絡船の客を奪うことになった。その呉・松山フェリーも2008年に安芸阿賀駅から車で10分と、かなり遠い場所に乗り場が変更され、翌年に航路廃止となった。新駅舎から間もなくのことだった

開閉式の自動改札機が設置されている

張り紙にもある通り、昨年9月いっぱいでみどりの窓口は営業を終了した。みどりの券売機が設置されている。無人駅ではないが、昼間と夜間は無人駅になるようだ

ホームは2面2線。後から張り付けた広方面の案内が印象的だった

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