※訪問は2026年3月11日(ダイヤは3月14日の変更前のものです)
あらためて南郷以北へ
南郷~志布志間の8駅訪問を無事に終え、油津行きに乗り込んだ。この列車は油津で10分の待ち合わせの後、当駅始発の南宮崎行きに接続する。まだ時間はあるので、南郷以北の駅も訪れておくことにしよう

到着したのは伊比井駅。15時半前で日向北方から約50キロの北上に、途中10分の乗り継ぎがあったとはいえ、1時間半を要したことになる。そして駅名標で分かるように当駅は北郷の隣駅。北郷といえば、志布志線だった時代に志布志から北上した時の終着駅だ。南宮崎と内海を結んでいた宮崎交通線と志布志線をひとつの線として日南線となったのだが、線路を内海から海沿いに南下させ、山中にある北郷から当駅まで新たに線路を敷いて接続した。その意味では歴史的には重要な駅となっている
長い距離を経て
日向大塚駅の紹介をした際
榎原駅から南下すると、深い山中を経て日向大束駅に到着。駅間距離が8・1キロにも達するが、これが路線内の最長区間でないところがミソだと記したが、そのミソこそが、この区間である
まるで定規で線を描いたように伊比井まで真っ直ぐ線路を敷いている。その間9・2キロで日南線最長。榎原~日向大束は国道220号と並行していたが、北郷~伊比井はひたすら山中で、並行する道路はない。途中には3・6キロものトンネルがある。所要時間は10分を超える
こうして見ると、宮崎交通線と志布志線という私鉄と国鉄をつないで1本の路線にしたのは大英断だったといえるだろう。1963年(昭和38)では、まだまだ難工事だったはずだが、東海道新幹線の開業を控えたこのころは、国鉄の最盛期で、だからこその工事だとも言える
高台にある現在の姿は
そんな歴史的に重要な駅の現在の姿はというと

駅舎撤去の跡が生々しい待合所のみの駅となっている
1963年の開業時以来のコンクリート駅舎があったが、2024年に撤去された

当駅付近で油津から海岸沿いを走ってきた国道220号と再び合流する。駅は国道から階段を昇った高台にある。周囲には伊比井の集落がある。伊比井は湾曲した砂丘にっているという意味で、付近には砂浜がある

この砂浜は海水浴場ではないが、近年サーファーに注目される場所となっているそうでベンチは背もたれがサーフボードとなっていて

駅名標にもサーフボードが描かれている
駅舎の消滅を申し訳ないと思ったのか、駅舎撤去後にリニューアルされた。路線内で最も新しい駅名標ということになる

構内踏切を渡るとポツンときっぷの収集箱。駅舎はなくなったが、それでも交換施設はそのまま。現に当時のダイヤでも1日数回のすれ違いが当駅で行われていた。ここから山中に入り、長大トンネルに向かうが故の交換施設。駅舎はなくなったが、重要性についてはそのままのようだ
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