※訪問は2025年9月23日
ホームは大いににぎわう

愛知大学前駅に到着。これは停車後、一段落した時の写真だが、少し前までは

下車客であふれていた。朝の9時すぎ。学校に行く時間といえば時間だが、本日は祝日。何か行事でもある日だったのだろうか
20年以上の休止から復活して首位の座に
2023年度の渥美線の駅別利用者数を見ると、全体の1位は当然ながら新豊橋で1万4528人。その次に来るのが当駅の4542人である。渥美線の全16駅で利用者4ケタの駅は7駅で、もちろんそのひとつになるが、全体3位がお隣の南栄で3267人なので、それを1000人以上も上回る途中駅では断トツ首位の駅ということになる

見て分かるようにホームの先が愛知大学の門(副門)となっている。いわば大学と一体化しているような利便性バツグンの駅で利用が多いのも当然だが、実は20年以上も休止されていたという事実がある
理由が分かれば、意外でも何でもないのだが、1924年(大正13)の開業時の当駅の名前は「師団口」だった。前記事で豊橋にあった陸軍の第15師団が、渥美電鉄設立の理由のひとつだと書いたが、その第15師団の場所がここだったのだ。戦後、その敷地に開学されたのが愛知大学で、現在は愛知大学の豊橋校舎となっている。昭和初期の軌道変更による廃止もあったが、他には「司令部前」「兵器廠前」という駅も存在した。渥美電鉄の意義のひとつがよく分かる
師団口駅は戦時中の1943年(昭和18)に高師口と名前を変更。名前が師団にちなんだものかと思われるかもしれないが、高師というのは以前からあった地名、村名だ。やがて戦争が激化するといくつかの駅が休止となり、高師口も対象となり、戦後もそのまま休止したままだった。愛知大学は1946年に開校されているが、駅の休止続き、前記事でも紹介したように学校の最寄りは800メートルほど離れた小池駅となっていた。「大学前」駅として1968年に復活。以降は利用が増えた。戦後には時習館高校も陸軍の施設跡に移っているため、高校生の利用も多い。現在の駅名は2005年(平成17)から
複数の出入口

学校のある日は有人駅となっている。手前が学校の副門。週末は無人駅となるはずだが、この日は業務を行っていた。右奥に見えるのが時習館高校
駅には改札がもうひとつあって、副門とは逆方向に進んでいくと

ホームの端にICリーダーが設置された小さな出入口。ここ南口からは学校の中にしか行けず、週末は門が閉められているようだが、この日は開放されていた。奥に見えるのは、かつての軍の集会所で、大学の敷地内にある愛知大学記念館は、かつての司令部を使用していて登録有形文化財となっている
渥美線の途中駅で最も利用の多い駅は、歴史の詰まった駅でもある
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