※訪問は2025年9月23日
分厚い駅名標

杉山駅に到着。まず最初に目が行くのは、この分厚い駅名標である。ステンレス製で、顔を近づけると自分の顔も映ってしまう。あまり見かけない形で、もともとは広告用のものだったのだろうか
豊橋市最後の駅
新豊橋駅からずっと続いてきた豊橋市はここまで。隣駅のやぐま台からは田原市となる。そして田原市の駅は終点の三河田原も含め4駅しかない。もっともこれは戦後の市町村合併によるもので、1925年(大正14)の全線開業(その後、延伸や部分廃線、新豊橋駅までの延伸はある)時は、もっと多くの自治体があった。当駅もそのひとつだ
杉山駅は1924年の開業。ここまで紹介してきたいくつかの駅と同じく渥美線(当時は渥美鉄道)の1期生駅で、当時は杉山村に所在していた。1955年(昭和30)に一部が豊橋市、一部が田原町(当時、後に田原市)になっている。かつて大きな杉が町の象徴ともなっていたことが地名の由来だという

2面2線のすれ違い可能な構造

駅の片側は住宅地だが、もう片側は農地が広がる。2023年度の1日あたりの利用者数は409人で16駅中13位
13年ぶりの再訪
この駅の最大の特徴は

駅前の商店で乗車券の委託販売を行っていること。路線内の他駅ではお目にかかれない
この駅を訪れるのは13年ぶり。2012年11月22日に初めて渥美線に乗車した。当時は完乗が目的で、この日は住んでいた東京からやって来て、渥美線に乗車。翌日はまだ世間的に知名度の低かった秘境駅号で飯田線を満喫。その日のうちに名古屋まで移動し、よく覚えているのだが、名古屋で宿が全くとれず(名古屋ドームでコンサートがあった)、春日井に宿泊。せっかく春日井に来たのだからと城北線に乗り(現時点では最初で最後の城北線である)、ここからはあまり記憶にないが、武豊線の亀崎駅を訪れている(写真を見ると、そのころは有人駅だった)。なぜ3日も休みがあったのかは全く記憶にない
そんな慌ただしい日程だったが、どこかの駅で降りてみようと降り立ったのが高師駅とここ杉山駅だった。それは車窓から見えた、委託販売の文字だった
一応、2012年11月の写真と比べてみるが

あんまり変わらない。写真が小さいのは、当時世の中に出回り始めたスマホの写真の質が悪く、これ以上大きくするとぼやけてしまうから。もちろんカメラでもしっかり撮っている(コンパクトカメラだが)が、こちらの方が臨場感があるので、スマホ写真を掲載してみた。自販機や花壇の感じもほとんど同じだ。変わってしまった光景を見るのも旅のひとつの楽しみだが、変わらぬ光景というのも、また良いものだ

こちらは駅の入口。大きな駅名板はあるが、駅舎はない。停留所としての開業ではなく、駅としてのスタートしかも大正期なので、この自転車置き場あたりに駅舎があったと思われるが、調べても分からなかった
電車がやって来る時間となり、駅に人が集まり始めた。といっても全部で10人にも満たないが、当然のように全員がピッとICリーダーにタッチして乗車券購入の場面はなかった。写真を見ると2012年の時点ですでにIC乗車は行われていたが、当時はまだまだキャッシュレス乗車が全国に広がってはいないご時世。まだまだ券売機できっぷを買うことが主流だった。私にしたって初めてICOCAを手にしたのは2009年だし、2010年春に東京に着任した時に最初の地下鉄駅でPASMOを購入して「ICOCAで地下鉄も山手線にも乗れたら便利だな」と思ったことを覚えている。まだまだ浸透し始めた頃でICカード同士の互換性も低かったころだ
変わらぬ光景を前に、そんなことをいろいろ思い出した。それにしても前回訪問からの13年間で、スマホによる乗車など、変化はあまりにも急で、さらにグルリと1周して、今度は地方の交通機関が全国相互サービスのICカードから脱退したりと、日々ニュースをチェックしていないと、それこそ「乗り遅れ」そうである
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