南方貨物線の橋脚

2022年11月10日11時

見失ってお買い物

名古屋高速を越えて振り返ると、このあたりの建物が橋脚の幅でできていることがよく分かります

普通に住宅が建てられていますが、幅がずっとそろっています

しかしその先で痕跡らしいものを見失ってしまう。前を新幹線がバリバリと通過していきます

新幹線のところで公園は終わっています。ちょっと困ってしまいましたが、南方貨物線は笠寺から新幹線に沿って建設され、途中で新幹線から別れて、あおなみ線に向かって進んでいったはず。となると、どこかこのあたりに分岐点があったのでしょう。とにかく新幹線沿いに進んでいこう。中島駅側から進んできて初めて新幹線と出会いました。となるとゴールは見えてきたかもしれません

新幹線と近づいたり離れたりしながらウロウロしていると西友ストアがありました。歩いているうちにちょっと事情ができて百均とかないかな、と思っていたのでちょうど良かった。こちらでお買い物。先ほどもスーパーを見ましたが、未成線跡や廃線跡でスーパーというのは、そう多くはありません

新幹線の分岐線?

このあたりは、ここまで見てきた住宅街とは異なり、少し古めの建物も目につきます。それはそれで不安になるのですが、とにかく新幹線を見失わないよう歩いていくと

これは?という建物が見えてきました

こんな風に歩いてきました。大通りの向こうには

新幹線に沿って「いかにも」の形の住宅があります。これは橋脚跡にできたものでしょう。先ほどの建物の向かいですから

大通りを渡ると、その向こうの建物は、もう確定的

その背後に見えてきました。このころは橋脚を見ると本当に安心してしまうようになっていました(笑)

ここも貨物車置き場となっています

こうして見ると新幹線の分岐線でも建設しているのか?と思ってしまいますね

ただこのように2本の線路が並ぶ、というのは1970年代前半の環境問題がクローズアップされた時代では、なかなか受け入れられなかったのかもしれません

幻の新幹線深夜運転計画

国鉄では山陽新幹線が全通した際は新幹線の深夜運行を計画していました。まだまだ寝台列車華やかなころですが、深夜から早朝にかけて新幹線の運転を取りやめるのではなく、深夜は数十キロと大幅に速度を落として博多を目指すというもの。高速で走る新幹線は日々の保守作業が欠かせないのですが、深夜に限っては単線運行とし、空いている線路を点検に充てるというアイデアで、実際その計画に沿って建設されたとされるのが兵庫県の4駅です

開業時から当時の新幹線としては短い区間に新神戸、西明石、姫路、相生と4駅も設けられました。深夜の単線運転なので待避線はできるだけあった方がいい。新神戸が地形上、2面2線でしか建設できなかったことも影響しました。距離や都市の規模を考えると神戸、姫路の2駅でよさそうなものですが2駅を追加。さらに言うと姫路は新幹線の駅としては他にあまりない乗車ホーム部分が2面3線構造となっているのも、そのなごりです

なぜ兵庫県に退避場所が多く設けられたかというと、当時は遠い将来の四国新幹線や中国新幹線の計画も視野に入っていたため。新大阪~岡山間には多くの列車が集中することを見越し待避できる駅を増やしました。姫路については何かトラブルがあった際に列車を留置する場所が必要だ、ということで単なる通過線ではなくホーム部分をひとつ追加する形にしました

もっとも、計画は新幹線以外でも空港や道路の騒音問題、反対運動の盛り上がりや高度経済成長の終焉によって消え去り、現在に至ります。名古屋地区の話ではありますが、新幹線全体に与えた影響は大きかったわけです

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