もうひとつの「能勢電鉄へ急げ」は旧阪急2000系

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ネタバレになってしまった

今回、能勢電鉄に乗りに行った理由は「山下発山下行き」ともうひとつありました

朝の8時前に日生中央駅手前でぼんやり最前部にいた私はチラリと見えたものに心の中で快哉を叫ばざるを得ませんでした

右前方に視界に入ったもの。それは

能勢電鉄の1700系です。これは旧阪急の2000系という車両で、これに乗るのも今回の目的のひとつ。要は「山下発山下行きに乗車しようとしたら充当車が該当車だった」ということ。これを僥倖呼ばず何と言うのでしょう。まさに一石二鳥になってしまったのですが、そのためブログではネタバレしながら、その件には触れずに話を進めるという心苦しい展開になってしまいました

「貸し切り」にテンションが上がる

ヘッドマークに「さよなら」と掲げられていることで、お分かりのように間もなく務めを終えます。早速飛び乗ると

乗車した最後部の車両は完全貸し切り状態でテンションが猛烈に上がります。こういう大都市近郊の通勤電車で貸し切りになることなんてめったにないのですが、週末に早起きした甲斐がありました

年齢はというと

私とタメ。同じ年です。車両のことは専門ではありませんが、私にとって小中学校のころ、阪急といえば、この2000系だったのです

ただ私がおそらく阪急に一番乗ったのは20代から30代前半にかけてのこと。会社が豊中市にあったことで社会人生活をスタートした最初が庄内、途中の実家通いをはさんで30代前半は服部(現在の服部天神)に住んでいました。どちらも宝塚本線ですが、私のかすかな記憶ではもう宝塚本線にはいなかったと思います。ただ神戸本線には細々と運用があったと記憶しています

その後、四国生活を挟んで30代後半から塚口に住むと伊丹線で再会。既に能勢電鉄への譲渡は進んでいましたが、まだ阪急にも残っていたはずです

独特の音がある

なんといっても「キューボコボコ」という音が特徴。今の阪急には残っていないもの。そしてドア開閉時の「ボキュ」という音。前記事の動画は山下発山下行きに特化したので、音について語ることができずしんどかった(笑)

こちら運転席。ワンマンの最後部なので無人ですが確かツーハンドルという昔の形になっているはず。貸し切りに喜びすぎて独特の鎧戸ブラインドを出してみるのを忘れました(残念)。子供にとって、これをズルズルと出すのは難事業でした。今にして思うといたずら防止もあったのかな、と思ってしまいます

さて山下に到着すると何人かのファンがカメラを構えていました。なんで知っているんだろう、早朝から凄いな、と思ったのですが能勢電鉄のホームページに特設ページがあり、その日の運用が分かるのですね。もっとも何も知らずにバッタリ出くわした喜びはありましたよ

能勢電鉄のホームページによると、さよならのヘッドマークは12月16日までとなっています。ということは同17日からのダイヤ改正で業務を終えるのでしょう。山下発山下行きと同じですね。1700系体感もお急ぎを

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