※訪問は2025年10月4日
関から約10分

美濃市駅に到着。島式ホームの1面2線だが構内は広く側線もある。役割を終えた貨物ホームには車両が留置されている。すっかり自然に帰ろうとしている草木に雨による薄暗い空気が雰囲気を盛り上げる。実際にはまだお昼の13時半である
3年間の終着駅

ホームには古い待合所がそのまま残る。駅は高台にあり階段で改札に向かうが

文字も空気も国鉄時代そのままの風情だ。開業は1923年(大正12)。越美南線が美濃太田から当駅までが開業した際、終着駅として設置された。この後、越美南線は延伸されるが、それは3年後。かなりの期間、終着駅だったことになる。逆に言うと、美濃太田から関を経て当駅までをまず開業させるのが重要だったことになる
当初は「美濃町」駅を名乗っていた。現在の駅名となったのは1954年。想像に難くないが、美濃町が美濃市になったことによる変更である
長良川水運の要衝としてこの地は栄えた。美濃国にあるので美濃町という自治体、地名が生まれたと思いがちだが、美濃国は広い。さらに言うと旧国名が地域名になることはあまりない。大抵が「○○国○○」となる。旧国名が自治体名や駅名になっているのは、ほとんどが明治以降のものだ
美濃町も町村制施行時は上有知(こうずつ)町という名前だった。後に美濃和紙の生産地であることから美濃町に変更。戦後に周辺の自治体と合併して美濃市となった。越美南線がやってきたころには既に美濃町となっていたので、駅名もそのまま美濃町となった。実は美濃町へ先に乗り入れた鉄路は国鉄ではなく、後に名鉄美濃町線となった美濃電気軌道が、明治期に岐阜市内から美濃町までの鉄路を走らせている。当時は私鉄に追随する形で国鉄がやって来るなど重要な地だったのだ
国鉄時代にタイムトリップ

駅舎へと向かうと先ほどの出口と同様ホーロー板が残されている

そしてステンレスの改札。まさにタイムトリップである。今も国鉄時代そのままの設備が残っている駅は数多いが、ポイントとなるのは

有人駅だということだ。有人の古い駅舎はタイムトリップ感をさらに強くしてくれる。長良川鉄道の数少ない有人駅のひとつ。そしてもちろん主要駅

こちらは訪問時の時刻表だが、当駅を境に運行本数が大きく変わることが分かる。かなりの列車が当駅で折り返す。この傾向は2週間後のダイヤ変更でさらに顕著になっていて
長良川鉄道の1回目の記事でも記したが、美濃市以北は大幅に運行本数が減り、平日においては朝の10時台の後は3時間運行がない時間帯が生まれている

駅舎は開業時のものをベースに手が加えられているが

2013年に先に述べたホームの待合所とともに登録有形文化財となっている。駅は美濃市の中心部のやや外れの高台にある。次の列車まで1時間半。ここでお昼とすることにしよう
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