※訪問は2024年12月17日

13番目の駅に到着

七和駅に到着。こちらが北勢線13駅で最後の訪問駅となります。時刻は9時17分。こちらは1面2線の島式ホームで、ちょうど列車交換のタイミングでした

こたらが駅の時刻表。北勢線はすれ違いのできる構造となっている駅が限られているので、ほぼパターンダイヤとなっている昼間に列車交換は全くないのとは対照的に、本数の多い朝夕は多くの交換シーンが見られる

スポンサーリンク

駐車場がないのに利用者数5位

七和駅は1914年(大正3)の開業。北勢鉄道が敷設したオリジナルの駅のひとつ。当時の所在は七和村。桑名市のHPによると明治の町村制施行の際、7カ所の村や地域が合併して誕生したことが村名となった。七和村は1951年(昭和26)に桑名市へと編入されたが、村内にあった駅は当駅と、三岐鉄道移管後に廃駅となった坂井橋駅

その際にできた星川駅は今で言うところの七和村にあった駅だが、もちろん駅の設置時に七和村は存在していない

構内踏切から駅舎へと向かう

駅舎は三岐鉄道になってから建て直されたもの。駅を出てすぐ駐輪場はあるが、古い駅だけあって駅前のスペースは小さく、北勢線で力を入れているパーク&ライド用の駐車場はない。にもかかわらず、1日あたりの利用者数は568人(2023年)と13駅中5位と上位にある

利用者数を押し上げているのは桑名工業高校の存在だ

駅から徒歩約10分。同校が1962年にできたことで利用者が増えたため、駅の位置を学校からのアクセスが便利な場所にずらした経緯がある

現在は無人駅だがホームに目をやると

いぶし銀的な上屋と古い駅らしい木製の長いベンチがある

収支の向上と今後の課題

これで北勢線の全13駅の紹介が終わった。ときおり歴史もたどってきたが、近鉄が廃線を打ち出してから地元の熱意で三岐鉄道に移管され、いくつかの駅を統廃合した上でのパーク&ライドの積極的な導入や、全駅に遠隔操作できる自動改札機を設けて効率化を進めてきたのは、これまで記した通り。これにより収支は大幅に改善して近鉄時代に年間7億円もあった赤字は近鉄時代の半分ほどになったが、それでもまだ赤字経営で、地元の負担に支えられながら走っている

今後の課題は老朽化してきた車両の更新。今も近鉄時代の車両を使い続けているが、最も新しいもので1977年製と50歳近い年齢で、中には70歳を超えた車両も現役登録されている。車両の更新が進まないのはナローゲージという特殊構造に起因していて、地方で私鉄に乗ると、かつて都心を走っていた列車を見かけることが普通にあるが、ナローゲージは全国に3路線しかなく、しかもそのうち2つが、かつては同じ近鉄だった四日市あすなろう鉄道と北勢線で、都心を走っていた大手私鉄の車両を譲ってもらうわけにはいかない。つまりは新規車両の導入しかないわけで、これには多額の費用がかかる

七和駅の構内踏切部分を外から見る。近鉄を思わせる布製の屋根が健在。ホームの施設は古いものも、そのまま使用できるが、車両については限界がある

どういう形での導入になるかは分からないが、新車両の登場を期待しよう

にほんブログ村 鉄道ブログへ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

↑2つクリックしていただけると励みになります

スポンサーリンク