※訪問は2023年10月19日
ふんだんに材木を使用
禅昌寺から高山方面へと戻る形で飛騨小坂に到着。今回はあまりにも素晴らしすぎる駅舎から紹介しないわけにはいかない
開業は1933年(昭和8)。飛騨萩原~当駅が開通した際に終着駅として開業した。岐阜方面からの鉄路が当駅まで来たのが同年8月。富山からの鉄路はその3カ月後、前々記事で紹介した打保を含む坂上までが開業。翌1934年10月に高山を含む飛騨小坂~坂上が一気に開業。高山本線は全通した。富山側からも岐阜側からも少しずつの延伸だったが、最後の区間は一気に約60キロも延伸されたことになる
飛騨小坂の駅舎は開業当時からのものというから恐れ入る。平成の大合併まで存在した小坂町の顔として(町内には駅はひとつだけ)として気合が入っていたのだろう。小坂町は林業で大いに栄えただけに町だけにふんだんな木材が凝った形で使用されている
入口の車寄せ部分。木を組み合わせた柱部分は何造りというのか私は分からないが、玄関部分も含め、手の込んだものであることは分かる
屋根の部分は社務所風になっているが、当駅が御嶽山の登山口だったことに基づく
駅前に石碑があるが、御嶽山は霊山でもあることから社務所風の入口となった。開業当時にそういう言葉があったかどうか分からないが、ロッジ風であり、神殿風でもある駅舎だ
紹介が多すぎる
話の順序は逆になるが駅舎内部も紹介しよう。とにかく記することが多すぎる
駅は島式1面2線ホームで地下通路から駅舎に入る形。石積みの土台と木材の組み合わせに細かい作業を感じさせる
こちらは低い位置にあるJRになってからの駅名板だが
古い駅名板もしっかり残されている
駅舎内は駅と町の歴史を紹介するコーナーとなっている
古い写真も飾られているが、よく見れば分かる通り、ここはかつて窓口のあった場所。左の時刻表の場所は手荷物扱いの窓口跡である。一部の特急「ひだ」が停車する駅だが10年以上前に無人化された
と、いろいろ書いてきたが、私の拙文よりも駅舎内にある駅の歴史と特徴で簡潔かつ分かりやすく書かれている。海抜525メートルは駅の位置としてはかなり高い。2駅お隣の久々野駅が高山本線で最も高い676メートルなので、当駅からさらに150メートルも昇っていくことになる
飛騨小坂駅を中心とした小坂森林鉄道は全盛期で60キロ以上もの線路が敷設されていた。旅客も多く、この解説にある通り、SLに携わる必要性もあったのだろうが、18人もの駅員さんがいたというのも凄い森林鉄道は1960年代前半に使命を終えたが、1970年代後半までトラックによる木材輸送が当駅で続けられた
財産票は開業の1年後となっているが、1日3往復の特急も停車するので、うまく時間を合わせれば比較的訪問しやすい。訪問の価値はかなり高い駅である
↑2つクリックしていただけると励みになります