JR東日本

奥羽本線を行く~羽越本線に乗り換え念願の駅へ

羽後亀田駅の駅名標

2023年3月3日14時30分

1日3往復のために働く車両

素晴らしい能代駅の駅名標とお別れして再び奥羽本線に戻ります。JR東日本の駅名標って地方の小さな駅でも特化した駅名標がよく見られますね

東能代で1日3本の特急「つがる」に乗り換えます。ホームの待合室もつがる仕様でユニークです

ほんの数分の接続でつがるがやって来ました。1日3往復ですが、この列車のおかげで先にうまく乗り継げます。常磐線でも活躍したE653に似ていますが、このE751は交直両用のE653とは異なり、交流専用仕様。元々は東北新幹線が盛岡までだった時に盛岡~青森の「スーパーはつかり」用として製造されましたが、現在は青森~秋田間のつがる専用となっています

つがるは東能代から50分で秋田に到着。つがるの終着ですが、奥羽本線はまだ続きます。ただ私は奥羽本線とはお別れ。ここから日本海沿いに羽越本線を進みます。つがるの秋田到着が15時27分そして羽越本線の秋田行きが写真でお分かりのように15時31分発とタイトな乗り継ぎで、ダイヤ乱れがあったらどうしようとヒヤヒヤでしたが、うまく乗り継げました。同ホームでの乗り換えにも助かった

未乗区間を埋め、38年来の念願の駅へ

新潟~秋田を結ぶ羽越本線ですが、私は新潟から余目までは乗車したことがあるものの、余目~秋田は未乗区間です。その区間に川部駅と並ぶ今回の旅の目的のひとつがあります

秋田から30分で、その羽後亀田に到着しました。由利本荘市に入っています

多少、くたびれた感のある駅名標ですが私は感無量でした

1974年に映画化された後、何度もテレビドラマ化されている松本清張の「砂の器」。羽後亀田駅は重要な役割を持った駅として登場します。私が映画を見たのはすでに中学生になっていたので、75年のことだと思います。砂の器といえば構内におそば屋さんが入居していることでも知られる木次線の亀嵩駅(島根県)が有名ですが、最初に登場するのはこちら

何度も映画、ドラマで見た駅舎をようやく生で見ることができました。再度記しますが、まさに感無量という言葉がぴったり

財産票によると駅舎は1920年(大正9年)の開業時のもの。赤い文字が印象に残ります

防犯連絡所の文字も古風です

ここでの時間はたっぷりあるので、しばらく感慨にふけることにしましょう

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奥羽本線を行く~1区間だけのメインルートへ寄り道

能代駅の駅舎

2023年3月3日13時

全国優勝58回の超名門校

弘前からの東能代着は12時59分。衝動的に降りはしましたが、一応、時刻表はめくってある。ここで五能線へと乗り換えます。13時1分発の岩館行き。「岩館行き」というのが実は貴重なのですが、それについては後述します

5分もかからず、お隣の能代へと到着しました

JR東日本のGV-E400というディーゼルだけど電力で走行する新型気動車ですね。初めて乗りました

能代の駅名標。東能代以上に「バスケット」が強調されています

高校バスケットの名門で全国大会のいずれもで10回以上優勝している能代工業(秋田県立能代科学技術高等学校)によるものです

ホームにはゴールも設置されています。「58」というのは全国大会の出場回数ではありません。インターハイ、国体、ウインターカップを合わせた優勝回数。凄い数字です

能代市の代表駅

さて岩館行きに乗車していたお客さんは、私を含めほとんどがゾロゾロと能代で降りてしまいました。能代市の中心部に近く代表駅なんで当然といえば当然ですが、五能線のダイヤもかなり特徴のあるもものとなっています

こちらは能代駅の時刻表。リゾートしろかみは全車指定の観光列車ですから能代から先に行く列車は1日7本。それに対し東能代行きは倍近い13本もあります。どういうことかというと東能代~能代の1区間だけの運行列車が半数を占めているからです

奥羽本線は能代の街の外れを走っています。東能代駅の開業は1901年の明治34年。当時の技術的にも地形的にも米代川に阻まれて奥羽本線は能代の中心部を通しにくかった。そこで現在の東能代駅を能代駅として設置しました。ただ街の中心部を通らないのはいかがなものかとなり、1908年に現在の東能代~能代線が支線として開業。後に能代線と名付けられました。現在の能代駅は能代町駅を経て現駅名に、最初の能代駅は2度の改名で東能代となっています

五能線の能代以遠が開業し始めたのは10年以上も後のことです

青森県の本八戸と八戸の関係と八戸線の開業理由と似ていますね

ただ八戸~本八戸は2区間で、八戸線の区間列車は本八戸止まりではなく4駅先の鮫まで運行されていることと比較すると1区間のみの運行は、かなり際立っています

高校野球で熱気

能代の改札口。東能代とは異なり自動改札機はありません。シルバーのラッチが現役なのがいいですね

立派な駅舎を携えています。構内にはコンビニもあります

駅前のロータリー。ご覧のようにここでは雪はほとんど姿がなくなっていました。ただ決して暖かくはありません

少し時間があるのでそばを食べてお昼としました

駅に戻ります。無人駅ではありませんが、かつてのびゅうプラザはなくなり、自動券売機が置かれています。ついこの間までは管理駅で東能代、能代と在来線のお隣同士の駅が管理駅になっていました

ちょうどセンバツ高校野球の直前で当駅が最寄りの能代松陽高校の出場で駅のあちらこちらで盛り上がっていました

東能代行きの改札開始を告げるアナウンスが流れ、多くの高校生がホームに向かいます。私も東能代から再び奥羽本線に乗ることにします

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奥羽本線を行く~バスケの町へ寄り道

東能代駅の駅名標

2023年3月3日11時30分

偶然重なったデビュー日

川部の滞在は45分。あっという間でしたが、ここからはあっという間ではありません。10分ほどで弘前に到着します。ちょっとだけ気分転換で外に出ます

弘前の立派な駅舎を少しだけ見る

青森もSuicaエリアになるんですね。計画したわけではありませんが、まさに記事を書いている今日が「デビュー日」です

特急乗り放題だけどトコトコ奥羽本線

弘前下車は運転停車の3分を利用してダッシュで行ったもの。ここから長いトコトコ旅となります。4年前は青春18きっぷで秋田を目指して新青森からスタートし、途中大館での昼食休憩を挟んで秋田までたどり着きましたが、それでも大館~秋田は2時間。夕方の帰宅&下校ラッシュにもはまったため、2両編成の電車は超満員で景色すら眺めることができず、かなりしんどかった。18きっぷの辛いところです

ただ今回持っているのは東日本パスなので特急も乗り放題。快適な旅を…と思ったはずですが結果はやはり秋田までトコトコ旅(泣)。新青森の項でも触れましたが青森~秋田の在来線特急「つがる」が1日3往復しかないからです。ここ弘前でつがるが来るのは2時間後。ホテルで朝食をさんざん食べたので、お腹はすかない。今乗っている普通にそのまま乗車しても秋田に1時間半も早く着いてしまいます(要は後続の特急に乗車しても30分ほどしか時間が詰められない)。ということで再び普通に戻る。弘前から秋田まで2時間半の普通電車旅はそれなりに堪えます

ただ前回とは違い、今回は車窓を眺める余裕はあります

弘前あたりで消えた雪景色が鷹ノ巣あたりで復活。気候のことは分からないのですが、交互に車窓を彩る景色は楽しい。このあたりで弘前から1時間です

衝動的に降りてみる

さらに揺られること30分。東能代接近のアナウンスがあり、降り支度を始める人が多い中、なぜか私も降り支度。秋田からは羽越本線に乗り継ぐ予定で14時1分に秋田に着いて14時31分発の電車に乗る予定。次のつがるだと間に合わないので鈍行旅を選んだのですが、なんとかなるだろう、と急に東能代で降りてみたくなりました

東能代は自動改札機も備えた駅。管理駅で全列車が停車します

五能線も含め、こちらを行き来する列車は何度も乗っていますが降りたのは初めて。それも衝動的行動のひとつですが

能代といえばバスケット。いつも車窓から眺めているだけだった、構内のこのリングを生でながめたかったのです

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奥羽本線を行く~明治生まれの駅舎で18きっぷを買う

川部駅の駅名標

2023年3月3日10時30分

乗客の多さにビックリ

川部駅に到着しました

駅名標が分岐しているように奥羽本線と五能線の接続駅となっています

ここまで車内が混雑していたことにまず驚いていたのですが、多くの人がこちらでドッと降りて二度ビックリ。その点は考慮していなかったのですが、本数が多いとはいえない五能線の接続電車だったのです

跨線橋を渡った方々はどんどん五能線の列車に吸い込まれていきます。そこで現在は青春18きっぷの期間でもあることに気付きました。もちろん私が使用している東日本パスも期間内。昨秋は両者が重なることはなかったのですが、今回は重なるのですね。それは人も多いはずです。私が七戸十和田から乗車したはやぶさが東京からの始発で、こちらにきっちり間に合う。今日は金曜日で3日間有効の東日本パスは今日さえ休みをとれば、うまく土日に重なるわけです。なるほど、と納得。今日からは他の列車も混雑しそうだと身構える

五能線の案内がありました

五能線の終点を告げる案内標

ただ私の目的は五能線ではないので改札に向かいます

間もなくお別れとなる明治の駅舎

今回の旅でのミッションは3つあって、未訪問だった東北新幹線駅訪問はすでに達成。2つ目が川部駅の訪問でした

開業時からの駅舎が残る川部駅。雪がよい風情をプラスしてくれていますね

財産票も当時のものだと告げています

ただこの駅舎はこの時点で改築が決まっていて、JR東日本の発表では旧駅舎の面影を生かした改築とのこと。そしてもうひとつの大きな変更は3月18日から無人駅となることで、訪問時は健在だったみどりの窓口はなくなります

そこで「今期の青春18きっぷを川部駅で購入する」とのミッションを付け加えます

ただ私が改札を出た時は駅スタンプを熱心に押して入場券を購入するグループの方がいたので、私は先に写真撮影をすることにしました

ギリギリだった18きっぷ購入

駅舎内です(きっぷ購入直後の写真)。ストーブがいい感じ。人もいなくなったので早速、ミッションに移りましょう

そこであるものに目がいく

時刻はすでに10時35分。これは気付きませんでした。危ない危ない

ということでミッションも無事達成

ビューカードで購入すると駅名が入るはずです(要確認事項)。これで5回の旅は「川部駅発行」の文字を見ながら旅ができます

ついでに入場券も購入しました

駅スタンプとかわいい駅の模型

「村」のみどりの窓口

まだ時間はあるので駅の向かいで恒例の100円コーヒータイム。身体が暖まる

こちらは仮設トイレ。すでに工事は一部始まっているのでしょうか

駅舎内に戻るとすでにカーテンは閉ざされていました。私の前で窓口が開くことは、もうありません。駅の住所は青森県の田舎館村。「村」にあった貴重なみどりの窓口でした

年季の入った跨線橋はしばらく保たれそうです

JR東日本の発表では新駅舎の利用開始は5月27日となっています

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新幹線単独駅巡り再び~日本に5つの自治体

いわて沼宮内駅のIGRいわて銀河鉄道の駅名標

※新幹線単独駅ではありませんが初訪問なので記事に加えます

2023年3月2日15時50分

「いわて」の付いた由来

盛岡で乗り継ぎに余裕があったので一度駅前のホテルにチェックインしてから再び駅へと戻り、再び新幹線に乗車。いわて沼宮内に到着です

東北本線時代は沼宮内という名前で2002年に東北新幹線が盛岡から八戸まで延伸された際に駅名変更となりました

3階建ての立派な駅舎はその時に完成しました。岩手広域交流センターにの中に駅が設けられている形になっていて駅の中の人は多い

「いわて」の名前ですが、一見すると「岩手県」を想像してしまうかもしれませんが、ちょっと違う

駅前の像で分かる通り、ホッケーに力を入れている岩手町の「いわて」。当駅が岩手町の代表駅であることを分かりやすくするため「いわて」の3文字が入りました

駅前の岩手町の案内図。都道府県名と同じ市町村名でありながら県庁所在地でないという自治体は日本に5つあって、そのひとつ。他は茨城町、栃木市、山梨市、沖縄市です。ちなみにメディアには「県庁所在地を報じる時は県名は略する」というルールがありました。つまり盛岡市での出来事を報じる時は「盛岡市で行われた○○」、岩手町での出来事を報じる時は「岩手県岩手町で行われた○○」と表記されるわけです

JR東日本の新幹線駅で最小

こちらは新幹線の改札口。随分コンパクトですが新幹線駅の利用者はコロナ前でも1日に150人程度でJR東日本の新幹線駅では最小の利用者

これは到着時のホームの案内表示ですが、次の列車が2時間後、その次も2時間後

駅の時刻表を見ると2時間に1本の停車で、始発も遅め。東京へもっと早い時間に行きたい場合は、IGRいわて銀河鉄道に乗って向かうことになります。このあたりは本数が少ないから利用者が少ないのか、利用者が少ないから本数が少ないのか微妙なところですが、IGRいわて銀河鉄道でも30分で盛岡まで行けてしまう近さも本数の少ない理由のひとつになっていると思われます

急な吹雪で厳寒に

私も盛岡に戻りますが、新幹線を待つよりIGRいわて銀河鉄道の方が早いので、そちらに乗車することにします。話の順序が遅くなってしまいましたが、盛岡以北の東北新幹線は整備新幹線となるため、並行する在来線は新幹線開業時に三セク化されています

こちらはIGRいわて銀河鉄道の改札口。今回利用しているきっぷは同線にも乗車できます

こちらはIGRいわて銀河鉄道の駅名標。背後に新幹線の高架。しっかりホッケーが描かれています

ここで偶然にも貨物列車がやってきました

貨物列車が見られるのは三セク乗車の楽しみですが、白石蔵王から少しずつ北上してきた今回の旅で初めて見た光景があります。それは雪に覆われたホーム。同じ岩手県でも一関や水沢あたりでは雪は全く見なかったのですが随分と異なる光景。そのうち横殴りの猛烈な雪が降り始め、私はホームで震え上がっていました。思えば10日ほど前に米子で猛烈な寒さに出会い、その後「随分と暖かくなったなぁ」と感じていたのですが、その考えは大いに甘かったようです

写真では分かりにくいかもしれませんが、激しい雪の中やってきた電車にありがたく乗ることにしました

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新幹線単独駅巡り再び~キャラに圧倒されっぱなし

一ノ関駅の在来線と新幹線の乗り換え改札

※単独駅ではありませんが初訪問なので記事に加えます

2023年3月2日13時50分

誰もが知る有名駅

水沢江刺から1駅戻って一ノ関駅に到着しました。誰もが知る有名都市の有名駅。ちなみに都市名は「ノ」が入りません

もちろん東北新幹線開業時の設置で在来線も東北本線、大船渡線が交差。東北本線の列車は当駅で運行が分断され、またぐ運行もありません。交通の要衝でもあります。乗り換え口も、これでもかというほど大きな表示で分かりやすくなっています

新幹線と在来線ホームの間には留置線があります

駅の西側が駅舎側で街が広がっています

こちらは西口で駅としての機能はすべてこちらに集中しています

東口はおそらく駅舎と逆側からの通行に配慮したもので簡易な構造。一ノ関駅は明治以来の古い駅ですが、東口はできてまだ20年ほどです。地図や写真で分かる通り、在来線と新幹線の間は結構な距離があるので西口から新幹線に乗車する場合は余裕を持って駅に着く必要があります。在来線改札から新幹線改札まで5分は見ておいた方がいい

在来線ホームの駅名標にて

在来線ホームにやってきました。案内表示はかなり古典的なものが、使用されています。2面3線構造。緑が東北本線、オレンジが大船渡線のラインカラー。前述したように東北本線も含め、すべて当駅が始発となります

こういう分岐駅の駅名標が好きなんですよ。ともにJR東日本の路線のため、会社別の色分けはないでしょうが、JR東日本の駅名標はこのあたりにしっかり対応します

早速、上を見上げると

ア、アレ???

分岐よりも楽しげなポケモンに目が行ってしまいます。一ノ関がポケモントレイン気仙沼号の発着地であることを思い出しました

跨線橋への階段付近でもお出迎えがあり

西口改札手前にはズラズラと圧巻のヘッドマーク集合。ポケモントレインは週末の運行で、平日のこの日は姿はありませんでしたが、親子連れが熱心に記念撮影をしていました。週末となると凄いのでしょうね

この顔出しパネルは昨秋訪れた気仙沼駅でも出会いましたね

私がポケモンの存在感を知ったのは20年以上前。休暇をとってベルギーを訪れた時のこと。ちょうど週末で街の中心部を歩いていると、出会う子供たちの「ポケモン率」の高いこと高いこと。キャラクターの服を身にまとったり、風船を手にしたりで、とにかくポケモンが目立っていました。もちろんポケモンの存在は知っていましたが、海外で人気を目の当たりにして存在感の凄さをあらためて知ることになりました

20年以上経過しても人気は健在です。ポケモントレインは運行開始から10年以上が経過していますが、今ももちろん人気車両です

外に出ました。駅の開設は1890年の明治23年でまだ19世紀と長い歴史を持ちます。現駅舎は1970年に改築されたもので、国鉄らしい重厚なコンクリート駅舎。ひらがなの「いちのせき駅」がいいですね。もちろんポケモントレインも世界遺産のふもとでしっかり存在をアピールしています

再び新幹線ホームに向かうと「待合室」の古い文字を発見。もっとも正確に言うとポケモンの写真を撮ろうとしたら同居していたということです

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新幹線単独駅巡り再び~毎日流れていた曲が聞こえる

水沢江刺駅の駅名標

2023年3月2日13時20分

ホームを歩いていると

水沢江刺駅に到着しました

ホームはとても狭い。東北新幹線の新駅は利用者はそれほど多くはないと見込まれたため(結果的にコロナ前で1日約2000人)ホーム幅が狭いことも特徴のひとつ。開業後に17両編成に対応できるようにするため、ホームを延長したおかげで細いホームが延々と続いている印象です

そんなホームを歩いていると、流れてきたのは大滝詠一さんの「君は天然色」。事前知識のなかった私はピクンと反応してしまいました

私事で恐縮ですが、この曲は1981年のもので、ちょうど高校を卒業して予備校生活を送っていたころにリリースされたもの。当時は10代=ラジオの全盛期で、浪人生活の1年間、ずっと流れ続けていた記憶があります。調べるとリリースは81年3月。まさしく年度の始まりで印象としては夏に流れていた印象です。実家の奥に同曲が入ったベストセラーのアルバム「A LONG VACATION」が残っているはず(CDではありません。もちろんアナログ盤)ですが「予備校生にバケーションも何もないよな」と思ったものです

駅を出ると大変分かりやすい横断幕がありました。大滝さんは今は奥州市の江刺市出身(正確に言うと当時は江刺郡で江刺市を経て奥州市に)。もちろんこの時、初めて知りました。あまりメディアには出ない方で自らについて語ったのを見聞きした記憶がなく、伝説のバンド「はっぴいえんど」からの、おしゃれな曲や落語への造詣の深さから、てっきり東京の方だと思い込んでいました。曲がリリースされたてから40年も経ち、駅に降りたことで、ひとつ勉強になるとは、オタク趣味もなかなか捨てがたいものです

各地の請願駅のはしり

こちらが駅舎。東北新幹線開業から3年後に請願駅として開業しました。まだギリギリ国鉄の時代ですが、新花巻駅と同時期に設置。JRになって各地で建設された地元が建設費を負担する請願駅のはしりにもなりました。国鉄むによる開業時の駅ではないのでオシャレな感じです

新幹線単独駅で運賃計算の対応は水沢駅

駅前の地図です。こうして見ると近いようですが

車で10分以上要するので、それなりの距離があります。そもそも水沢の市街地を避け、用地確保がしやすい場所に敷設したので、やむを得ないこと。案内イラストにはかわいいトンネルがいくつか描かれていますが、トンネルを掘ってまでも北上川の対岸に線路を通したことがよく分かります。ただ当時の国鉄は新幹線北海道延伸の際は深夜運転を計画していて、単線運行用(保線作業のため片方の線路は使用しないため、すれ違いの場所が必要となる。山陽新幹線の駅が兵庫県に4駅もあるのはそのため)に当駅付近に駅を設置する計画がもともとあったとも言われています。

奥州市といえば…

改札を出ると奥州市の観光案内所があります

容易に察しがつくように駅名は水沢市と江刺市を合わせたもの。江刺市には元々、鉄道駅はありませんでした。最初に熱心に新駅の招致運動をしていたのは水沢市で、駅名も「新水沢」に想定されていたようですが、後から江刺市が参加したした形になり、都市名併記については随分ともめた記録が残っています。もっとも現在はともに奥州市。新幹線の駅名でもめた末に結局は平成の大合併で同じ自治体になったという例は先に紹介したくりこま高原駅のように、かなりあります。那須塩原市のように地名を合わせた駅名が結局、都市名になったことも

さて冒頭で大滝詠一さんのお話を延々とさせていただきましたが、現在奥州市といえば大谷翔平選手のほぼ一択でしょう。当駅にも大滝さんとともに大谷選手のコーナーもあります。ただ写真の権利が不明でブログに掲載するのは控えます。訪問時はWBC直前だったので今はさらに模様替えされているのでしょうか。ぜひ実際に足を運んで目にしてください

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新幹線単独駅巡り再び~「基本駅」へ徒歩でも可能

白石蔵王駅の縦駅名標

2023年3月2日10時30分

読みは「しろいし」

仙台から1駅南下し、白石蔵王駅で下車しました。つい「しらいし」と読みがちですが「しろいし」です

駅名で想像できるように東北本線との対応駅は白石で、しかもかなり近い

歩いても20分かからないので車だと瞬時に着いてしまいます。白石蔵王駅は基本的に1時間に1本の停車で、バスも同じぐらいのペースで運行されているようです

利用者数では白石が圧倒

こちらは駅舎です

改札でのお出迎えもあります

白石市は宮城県南部にあたり、鉄道的にも福島県と接する場所にあります。南下すると福島県との県境には越河越えという難所の峠越えがあり、鉄道泣かせでした。越河と書いて「こすごう」と読むのは、なかなか言い得て妙で、仙台から東京への鉄路として常磐線経由が重宝されてきた理由にもなっています

白石蔵王は東北新幹線開業時にできた駅ですが、福島~仙台は約80キロと長すぎることから、峠を越えたここに新幹線の駅を設定することになりました

ちなみに福島までが35キロ、仙台までが45キロと福島の方が近いのですが、とにかく険しい峠となっていて、白石はその中継地となって栄えました

仙台からの在来線は白石までは昼間は1時間に2本の運行ですが、白石から先の福島方面への県境越えは1時間に1本。冬場は運休も多い区間で、運行面でも白石が終点となり、あらためて福島方面へ乗り換える形が多い

このように仙台への通学通勤圏の東北本線の南端ともなっているため、駅の利用者は白石駅が白石蔵王駅を圧倒しています

北海道の同名駅との深い関係

ではなぜ同じ場所に新幹線駅を設置しなかったかというと、ルート的に川幅が大きくなっているところを渡ることになる上、線形が悪くなるのを避けたからのようです。またコース的に在来線と新幹線が交差する地点がありますが、こちらは市街地から離れすぎている上、新駅設置のコスト面もあって想定されませんでした

駅では、このように歓迎してくれます。片倉小十郎重綱が大坂の陣で真田幸村と激闘を繰り広げ、最後は敗れることになる幸村の子供をかくまったという逸話があります

その片倉氏は仙台藩の白石城城主として幕末まで続きますが、明治維新の際にその家臣が北海道に移住。その地が札幌市の白石です。宮城県と北海道に同名の白石駅があるのは偶然ではありません

1982年の東北新幹線開業時からの駅だけに

古典的な文字案件も残ります

白石蔵王駅は単独駅ながら管理駅として白石駅も管轄しています。ただ訪問時には

このようなお知らせもありました

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JR東日本パス ファイナルを前に~秋を振り返る 悲運の北上線を経て東京へ

北上駅の駅舎

2022年10月16日14時

「快速」のある北上線

ほっとゆだ駅に戻ってきました

休日に登校した高校生が帰宅するため駅に集まってきました。14時23分発の列車を逃すと前列車と同様、次の上りも下りも3時間運行がないので逃すと大変です

さて横手駅でも掲載した写真ですが

横手駅の北上線列車

方向幕に「快速」とあるのがお分かりかと思いますが、一般的にイメージする快速とは少し違う。北上線は両端の横手と北上を除くと途中に駅が13あるのですが、その中の小松川駅1駅だけを通過するものです

昨年の春までは他に2駅の快速通過駅があり、この2駅は冬季は全列車が通過する駅として、ある意味有名でしたが廃止され、1駅だけを通過する快速が「誕生」したわけです。播但線(兵庫県)の非電化区間である寺前~和田山で長谷駅ひとつだけを通過するためにあった快速と似ている(現在は全駅停車となり快速は消滅)

快速の設定は横手行きの下りで3本、北上行きの上りで1本設定されていて、私は貴重な1本に乗車したわけです。もっとも設定云々より、そもそも北上~横手の全線を走る列車は1日6・5往復しかありません

北上線は大正期に全通した古い路線です。東京から秋田を目指す路線としては福島で東北本線から分岐する奥羽本線がメインルートですが、福島と山形の県境で有名だった4駅連続のスイッチバックがあったように険しい峠越えがあり、重量のある貨物列車には負担の多い路線でした。そこで仙台経由で負担の少ないルートという目的もあって敷設されました。全国で問題となっている、いわゆる赤字ローカル線はトンネルや高架技術の乏しい時代に造られたものが多く、スピードに難点があり高速道路との競争に勝てないものがほとんどですが、北上線は当時にできたものとしては線形が良く、貨物などの長大編成にも重宝され、奥羽本線でトラブルがあった時の迂回ルートとしても重要な役割を担いました。特急の定期列車が走ったこともあります

ところが秋田新幹線設置の際に選ばれたのは戦後に全通した田沢湖線。東京から来た場合、北上線からでは盛岡の手前で分岐してしまうのが難点だったのでしょうが、わざわざ遠回りとスイッチバックをしてまで東京から秋田のルートが設定されてしまったわけで、平成になって駅名を陸中川尻からほっとゆだに変更するなど「ゆだ」を冠する駅名に3駅変更、SLが走ったこともありましたが、SL運行は10年以上行われておらず、貨物輸送もなくなっています(ただしJR貨物の免許は続いていて、いつでも貨物列車が走れる状態)。冬季通過駅や1駅通過の快速が登場することが利用者の数を物語っているともいえます。とても不運な路線です

北上駅は国鉄駅舎

ほっとゆだからは45分で北上に到着

戦後に各地で建てられた国鉄コンクリート駅舎が健在なターミナル駅。黒沢尻駅として明治期に設置されました。黒沢尻は当時の町名で北上市の中心地。花園の高校ラグビーに登場する学校にその名前をよく聞きます。戦後の合併で北上市が誕生した際、現駅名となりました。ちなみに写真で分かるように「きたかみ」です

北上線の列車は主に0番線の切り欠きホームを利用します

お隣の駅の解説付き駅名標

ここから新幹線で東京に向かいます

ユニークなオブジェがあります

当駅からは「はやぶさ」も「やまびこ」も東京に向かいますが自由席のあるやまびこが圧倒的に多い。基本的には1時間に1本、東京行きがあります。座席については以前に説明した通り、B席しか確保できませんでしたが、比較的早い時間でこのような状況だったので夕方以降はもっと凄かったのだと思います

入線時に前3両の自由席が見えましたが、この時点でほぼ満席の様子。盛岡始発で途中駅は新花巻だけでしたが、2駅で座席は埋まったようです

もっとも発車すると私のお隣のC席は東京まで誰も座って来ず、私から見える所ではD、E席が並んで空きっ放しという「多客期あるある」が起きていました。私的にはC席に誰も来ずに良かったわけですが(宇都宮を過ぎた時点でC席に移動しました)、もしもC席の指定券を持ったまま自由席に座った人がいるなら、あまり感心できないことです

これで振り返りは終わりですが3月のファイナルでも利用を予定しています。ただ現時点できっぷは購入したものの現時点で指定席確保はなし(笑)。旅程はほぼ決まっていて宿も確保しましたが、細かい移動が多くなりそうで指定席をいちいち取っていたら、権利がすぐなくなってしまいそう。それでもこの時の教訓から最後の長距離だけは指定を取るべきかな、と思っています

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JR東日本パス ファイナルを前に~秋を振り返る ほっとゆだの3時間待ちで感動話

ほっとゆだ駅の構内

2022年10月16日11時10分

空白時間で目にとまったバス

ほっとゆだ駅です。駅舎に温泉があることで知られます

と同時に北上線では唯一、駅員さんがいる駅。以前は管理駅でもありましたが、今は業務委託化していて窓口の営業時間も限られたものとなっています

到着は11時8分。そして次の北上行きは14時23分で何と3時間超待ち。こういう時には対向列車に乗り、少し横手方面に戻って再び北上に向かうという作戦がよく成立しますが、実は横手方面への列車も14時23分発。要は当駅で列車交換を行う同時発車で駅には14時過ぎまで1本の列車も来ないわけです

近郊駅へ行くバスはないかと調べたのですが日曜とあって、そう多くはないもよう

風呂に3時間も入れるわけもなく、では時間的に駅前の観光案内所にあるレストランで食事、となるのですが結構な列ができています。なかなか参った

と目の前にバスの姿が

コミュニティーバスのようです。行き先を見てもどこなのかさっぱり見当もつきませんが、運転手さんに尋ねてみる

「どこか食事できて風呂も入ったりできる所に行きますか?」

何ともあつかましい質問ですが、湯本温泉まで10分ぐらいで美味しいご飯屋さんと公衆浴場があると教えてくれました。特にその食堂はオススメで帰りのバスも列車にちょうど間に合う時間とのこと。間もなく出発というので乗り込みます

美味で大にぎわいの食堂

県道1号線を和賀川沿いに行くバス

10分もかからず湯本温泉に到着しました

バス停でほっとゆだ方面の時間を再確認。歩いていくと別のバス停があって、ここはどんなバスが来るのかとみると

メニュー表になっていて笑ってしまいました

結論から言うと風呂は午後からのオープンで入れなかったのですが、「日曜日はやっているかなぁ」という食堂は開いていました。まだ11時半すぎですが大にぎわい。あまりにも美味しそうだったので

たぬきそばとチキンライスを平らげてしまいました

バスの時間まではまだまだあります。いざとなればたいした距離ではないのでタクシーを呼んで駅まで戻ればいい

穏やかに晴れる秋の日で景色もいい。と、そこには足湯がありました。先客がいらっしゃったので写真はありませんが、しばし先客のご夫妻とお話していると、ちょっと感動してしまいました

ご夫妻は東北のとある所からお越しなのですが、ご夫人には西日本に50年以上も文通を続けている方がいらっしゃるという

携帯で瞬時にメールを送ることができる時代ですが、それでも手書きの文章や凝った便せんで連絡し合う文通には根強い人気があるようです

今は分かりませんが、昔は少年少女向け雑誌に必ず「文通相手募集」のコーナーがあり「○○県の○歳です」という自己紹介に応募すると編集部経由で転送されていました

ただ手書きの文章しかない時代ですから、なかなかの手間だし、互いの生活環境も変わって、そうは続かないものです。それが同世代の女性と中学生の時から、ずっと続いているとか。個人の話なので詳しくは書けませんが、互いの引っ越しや結婚があっても続けられ、今は地元の名産品を送り合う仲になっていること、20年に1度ぐらい合うことなど、良いエピソードばかりで時間が経つのを忘れて聞き入ってしまいました

バス停近くに喫茶店があるのを見つけ、そこで小休憩。バスで駅に戻ると、ちょうどいい時刻。ほっとゆだ駅までわざわざ出かけながら名物の駅舎温泉には入れませんでしたが、それ以上の良い時間を過ごせました

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