敦賀駅

若狭湾に沿って走る84キロのローカル電化路線小浜線を行く~まずは2時間近い乗車

※訪問は2025年3月26日

125系で出発

東舞鶴行きに乗車して出発である。小浜線で使用される車両は125系のみ。電車車両の125系は小浜線と加古川線のみしか運用に入っていない。後に詳しく触れたいが、2003年デビューと新しい車両でありながら、寂しさも漂う車両である

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メインディッシュを先にいただく理由

目指すは松尾寺駅である

どこにあるかというと

敦賀からはるか彼方78キロも先。東海道本線の大阪から姫路までが87キロなので、姫路市内に入るぐらいの距離を進むことになる。もちろん新快速はおろか快速もないのでトコトコ進むのみ。1時間50分もかかる。さらに言うと松尾寺駅は終点の東舞鶴のひとつ手前。小浜線は敦賀と東舞鶴をのぞくと全22駅。つまり21番目の駅となる。途中の駅がいくらでもあるだろうと思われるかもしれない。私もそうしたい。だが、そうはさせてくれない理由がある

こちらが敦賀駅の時刻表。私が乗車するのは7時49分の東舞鶴行き。その後の列車はというと、9時50分の小浜行きがあるように見えるが、そこには「土休日運転」と注釈がある。つまりこの後は3時間半ほど運行がないのだ。朝の通勤通学時間帯を過ぎると、お昼に1本運転があって、またしばらくお休み。逆方向も同様の運行体系なので、途中駅で降りてしまうと3時間ぼんやりすることになる。もうひとつ言うと、松尾寺駅は小浜線のメインディッシュ。この駅では多めに時間を確保しようと思っていた。それらの条件を合わせていくと、最初の選択は松尾寺駅の一択となってしまうのだ

若狭湾の絶景を見ながら電車は進んでいく。小浜線に乗車するのは2016年10月以来9年ぶり。その時は京都から山陰本線に乗り、福知山から東舞鶴を経て小浜で遅い昼食をとって帰宅した。前日や翌日の活動記録がないので、どのようなきっぷを利用をしたのか全く記憶にない。ひとつ言えるのは下車したのは小浜のみだったということだ

荒涼とした敷地とスノーシェッド

1時間50分かけて松尾寺駅に到着。見れば分かるが、かつてはすれ違い可能な構造だった

荒涼とした空き地と線路跡が残る

そして今は使用されていないスノーシェッドも。駅名から風光明媚なものを感じるが、かつては軍事路線その後は貨物の重要駅だった歴史を有する

6番線まであった構内

松尾寺駅は1922年(大正11)の開業。若狭高浜~新舞鶴(現東舞鶴)が開通して小浜線が全線開業した際に設置された。駅名は同名のお寺から

戦時中の1943年(昭和18)に転機が訪れる。当駅から海にかけて線路が敷設された。路線名は「第三海軍火薬廠鉄道側線」。随分おどろおどろしい名前だが、火薬工場への線路である。終戦を迎えると工場は連合軍に接収されたが、やがて舞鶴市へ返還。そこに日本板硝子舞鶴工場ができ、火薬を運んでいた線路は、そのまま工場と小浜線を結ぶ専用線となった。当駅は貨物駅として栄えた

こちらは駅舎内に張られていた当時の構内図。工場図に昭和61年11月1日現在とある。松尾寺駅の貨物線が旅客用の1、2番線とは別に3~6番線まであったことが分かる。昭和61年11月といえばJR移管の半年前。この貨物輸送はJRになっても続けられ全盛期は国鉄時代は福知山鉄道管理局で最大の貨物量だったという。1990年代に入って鉄道による貨物輸送は終わり、トラック輸送へと転換。工場は今も現役だ

ホーム近辺の探索は終わり、ようやく駅舎の外に出てみる

なんとも美しい木造駅舎がそこにあった

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若狭湾に沿って走る84キロのローカル電化路線の小浜線を行く~青春18きっぷの出番

※訪問は2025年3月25日

名古屋折り返しの長浜泊

今回の旅のお供は青春18きっぷ。利用方法が変わって3日間の予定を立てた上で行動しなければならないが、最初は新快速に乗車して

米原ダッシュにチャレンジ。幸いにも車内は余裕があり、無事に着席。名古屋での用事を済ませ

再び米原へと向かう。写真を見て気づいたのだが、3月終わりの名古屋の18時はこんなに明るい

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敦賀まで行ければ良かったが

米原到着は19時10分。夕方以降の時間帯は大垣乗り換えのない米原直通があるので楽である。対面乗り換えで大阪方面への新快速に乗車するお客さんが多い中、私は北陸本線に乗り換え長浜で下車

というか長浜止まりである。12両でやって来た新快速はここ米原で8両を切り離し、4両編成の「新快速という名の各駅停車」となって敦賀方面へと向かう。その逆は数え切れないほど乗車したが、編成が一気に減る方面へは乗車回数が少ない。夜という時間もあって、ちょっと寂しい

今回の旅の目的は小浜線だ。敦賀と東舞鶴を若狭湾に沿って走る84キロの路線

もちろん乗車したことはあるが、小浜駅以外の駅で降りたことはほとんどない。途中駅の22駅を訪問する。前日入りなら、敦賀で宿泊するのが利便性に富むのは言うまでもないが、このころの敦賀駅近辺のホテルはおそろしく高かった。新幹線の敦賀延伸に合わせてチェーン店ホテルが進出しているが、まだ供給が追いつかないようだ。敦賀は仕事で随分訪れた場所で(といっても20年以上前だが)、当時のイメージは敦賀のホテル=安いだったが、今や全く事情が異なるようだ

ただ長浜に宿泊したことで、私的に前身したことがあった。全国47都道府県で宿泊したことのないのは山梨と滋賀の2県だったが、これで王手となった。近畿2府4県の宿泊は、ほとんどが日帰り圏のため、以外とハードルが高い。兵庫、京都は日本海側に泊まり、奈良は十津川温泉に泊まった。大阪は四国勤務時代は出張の地だった。新快速という便利な乗り物で直結している滋賀県は、なかなか宿泊の機会が生まれなかった

遅い出発になってしまったが

翌朝は長浜駅からスタート。有名な豊臣秀吉と石田三成の出会いの銅像を見て

7時2分の敦賀行きに乗車。鉄オタにしては随分遅い出発と思われるかもしれないが、敦賀で小浜線に乗り継ぐことを前提にすると、これが始発になってしまうのだ。5時50分、6時20分とこれより早い列車が2本あるが、結局は7時2分に収束してしまう

敦賀着は7時41分。この列車は小浜線との接続を考慮したもので、7時49分の東舞鶴行きに連絡している。小浜線の専用ホームにはすでに電車が待機している。ちょっと遅い時間となったが、小浜線の各駅訪問スタートである

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