125系の旅再開6月の小浜線を行く~かつては軍の村として栄えた駅

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※訪問は2025年6月24日

敦賀駅から2駅目の粟野駅に到着。到着といってもまだ6時半にもなっていないし、誰も降りない(そもそも数人しか乗っていない)し、誰も乗って来ない。ただ自治体的なことを言うと、敦賀市はここまで。隣の東美浜駅は美浜町となっている

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かつては粟野村

開業は1917年(大正6)。小浜線が敦賀~十村で産声を上げた時に設置された。他の駅は河原市(現美浜駅)、美方、十村しかなく。この間にある他の駅はすべて戦後の開業である。つまり小浜線の1期生。当時は粟野村に所在した(1955年から敦賀市)。村名は中世に付近が粟生野(あわうの)郷と呼ばれていたことに由来する。古代には「粟」が付く地名は全国で見られ、古代に重要な農作物であった

小浜線が開業したころは小さな自治体がいくつもある時代だったが、ここには当然のように駅が設置された

その理由として徒歩20分弱のところにある国立病院機構敦賀医療センターを挙げなければならない

かつてこの場所には日本陸軍の兵舎があった。地図を見れば分かるが、付近は川に挟まれた場所で度々水害に見舞われるため、農地には適さない原野だった。先日まで記していた豊橋鉄道渥美線の沿線も原野に陸軍の施設ができたから始まったものだったが、この地域も同様の環境にあった。何もない原野に陸軍の施設を造ることになったため、川の改修工事が行われて安全度が増した。現在、医療センターの一帯が住宅地になっているのは、軍の施設のために河川工事が施されたことにも起因する

駅は島式の1面2線。側線跡も残る

構内踏切を渡り、かつて側線があったと思われる場所の向こうに駅舎がある

電化時に建て直し

駅舎は見るからに新しいもの

駅舎は交流施設ということになっていて2004年(平成4)からのもの。小浜線はその前年に電化された。粟野駅には変電所が設置され、駅舎も改築となった。リニューアルというより、古い駅舎を解体しての新築だ

当駅はJR移管後も有人駅だったが、間もなく無人化。交流施設らしく広いスペースを持っているが、無人駅を前提に造られている。豪雪地帯だけに大きな待合室はポイントが高い

解体されたかつての駅舎は開業以来のもので、多くの兵士が利用していたことを思われるもっと大きなものだった

駅は高台にあり、駅舎を出るとスロープ。「すべり止め用剤」の文字が豪雪地帯を感じさせる。駅の場所は街の中心部から離れているが、すでに存在した陸軍の施設のために駅は必須だったのだろう

30分ほど駅にいると人が集まってきた。7時ともなると学校へと向かい始める時間。というか、これは6時59分発の列車で次は1時間後の7時59分。学校の場所によっては、間に合わない時間となる。駅まで高校生が家族に送ってもらう地方で必ず見かける光景。3月に当地を訪問した時は春休み中で、それでも高校生ばかりだったが、今回は6月の平日。この後もほとんど高校生とともに列車に揺られることになる

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