木曽平沢駅

青空フリーパスの木曽平沢ってどんなところ?~奈良井駅の観光資源ぶりに驚く

奈良井駅の駅名標

※訪問は2024年6月22日

現在とは異なる中央東線と西線

徒歩30分で到着の奈良井駅。誰もが知る奈良井宿の最寄りだが、私は初訪問。たまたまなのだが、この日朝6時すぎに名古屋を出てから下車した駅は中津川、上松、木曽平沢の3駅で、いずれもコンクリート駅舎。中央本線の中でJR東海エリアとなる、いわゆる中央西線は古い駅舎が多数残る。いずれもかつての中山道の宿場町の雰囲気を壊さないための配慮もあると思われるが、この日初めて出会う木造駅舎には、やはり感慨がある

駅舎入口の駅名板の横には「M42(1909年)10月」の財産票がある

奈良井駅の開業は1909年の12月1日なので、駅舎は2カ月前に竣工していたのだろう。塩尻から当駅までが開通して約1年間終着駅だった。当時の名称は中央東線。中央本線の各駅を回って初めて知ったことだが、現在の中央東線、中央西線とは位置付けが異なる。現在は塩尻を境に東線、西線となっているが、当時は線路もつながっておらず、塩尻方面からと名古屋方面から延伸されていった順に、それぞれが東線、西線となっていて路線名も中央東線、中央西線が正式名称。全線がつながって正式に中央本線と名付けられた。国鉄でずっと採られていた路線名の付け方で、将来的につながる予定ではあるが、つながらないうちは同一路線名にするわけにはいかず「○○北線」「○○南線」と名付ける。「越美北線」(福井県)のように工事が中断したまま再開されることはなく、恒久的な路線名になってしまうこともある

現在は塩尻で運行が分断され、別会社の運行となっていることもあって塩尻を境とした東線、西線の印象がより強いが、国鉄末期までは塩尻駅の位置は現在とは若干異なっていて中央本線はそのまま直通できるが、東線→篠ノ井線はスイッチバック構造と今とは全く逆の構造だった。線路がつながるまでの、あくまで暫定的な東線、西線だったのだ

工夫が凝らされた駅舎

奈良井駅が(現在の)中央西線の他の駅舎と多少異なるのは、開業から今日まで手が入れられ続けていること

わざわざこのような木版が張られている。観光客の多さゆえのものだろう

駅を降りるとすぐ奈良井宿が広がる

奈良井宿は中山道34番目の宿。中央西線は中山道の宿場町と一体化しているように敷設されていて、他にも宿場町の駅はあるが、駅からの距離も近いことで観光客も多い

駅を降りると奈良井宿の大きな看板があって駐車場がある。右側にイスが見えるが、係員の方が席を立ったタイミングを待って写真撮影

すぐに広がる宿場町は重要伝統的建造物群保存地区となっていて景観を壊さないよう昔からの建物が残されている。まだ朝の10時だが、週末とあって歩いている人の姿も多い。土産物店や飲食店、旅館が並ぶ

詳細な解説文も複数ある。私は木曽平沢まで行く際に当駅を通過したのは9時15分ごろだったが、それでも当駅ではかなりの下車があった。この後、当駅付近では11時ごろまで滞在したが人はどんどん増えていった。もちろん外国人の姿も目につく。観光資源としての力を感じる

ただし、ときおり行われる臨時停車を除くと奈良井は普通のみが停車する駅となっている

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青空フリーパスの木曽平沢ってどんなところ?~特に短い駅間距離

木曽平沢駅から奈良井駅は徒歩でも可能な距離

※訪問は2024年6月22日

年に一度の漆器祭

前記事でも掲載した木曽平沢駅の時刻表。きっぷの有効は当駅までなので、9時21分に到着した私が中津川方面に折り返すには11時9分まで待たなければならず、さらにその列車に乗車しても2時間待ちとなってしまう

ということでお隣の奈良井に向かうには、最も有効な手段は徒歩である

中央本線の中津川~塩尻は山中の鉄路とあって駅間距離は5~8キロと長いところが多いが、この木曽平沢~奈良井に関しては線路の距離がわずか1・8キロ。道路は鉄道に全く寄り添っているわけではないが、それでも2キロほど

グーグル地図の木曽平沢駅の位置情報が微妙にずれている(ホームの端が駅となっていて駅舎の位置とは異なる上、国道に面するように記されている)ので、うるし塗りお手洗いのある公園からの経路を示すが、奈良井川に沿った良い景色である

うるし塗りのお手洗いからすぐの場所が木曽平沢のメインストリート。旧村役場方面に向けて大きめの集落が続き、漆器の店舗が居並ぶ。一帯は建造物群保存地区となっていて昔からの街並みが残されている。この道路は旧中山道でもある

年に一度、6月上旬の週末に「木曽漆器祭」が行われ、各店舗がイチオシの商品を並べ全国から人々が集まる。この日は木曽平沢駅も特急が臨時停車し、応援の職員も駆けつけ有人駅になるという。青空フリーパスの「終着駅」となっている理由のひとつはこれだろう。期間中は無料のシャトルバスも奈良井との間で運行される。私の訪問はその2週間後で、いわば「祭りの後」だったことになる

標高900メートルの爽やかさ

こちらが駅にあった木曽平沢の周辺案内図。駅は列車交換設備設けるため、1959年(昭和34)に以前の場所から中津川寄りに約500メートル現在の場所に移築されたが、このおかげで、元々短い奈良井までの距離がさらに短くなった。私のように1駅歩いてしまおうという人間(どれぐらい存在するのか分からないが)にとっては、7~8分は時間短縮となったわけで、ポイントは大きい

現在の国道と合流して、またすぐ旧中山道を進むべく奈良井川を渡る。これから向かう奈良井駅は934メートルとJR東海の駅ではもっとも標高の高い駅である。そして木曽平沢駅も915メートル。神戸の六甲山が931メートルなので、ほぼ同じ高さ。6月下旬ともなると、かなり暑くなっていたが、標高900メートルともなると、まだまだ爽やかだった

踏切を渡ると線路の分岐が見えてきた。駅はすぐそこ

周辺案内図にあった解説によると、木曽平沢は河川敷だった場所で広い平地となっていたため、江戸時代になって人が多く住むようになった。奈良井宿の枝郷という位置付けで、元々は木曽漆器の産地はほとんどが奈良井だったが、エリアが人の多い平沢に拡大。やがては平沢が漆器の主役に変わったという。鉄道についても線路が敷かれた明治期は奈良井から近すぎるため駅は設置されなかったが、昭和に入ると周辺人口の多さから木曽平沢駅の開業となった。

青空フリーパスのエリアが奈良井までではなく木曽平沢までとなったのは、距離も近すぎる奈良井と木曽平沢がセットとなっているからだと思われる

奈良井駅のホーム端までやって来た。駅舎へは、もう間もなくである

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青空フリーパスの木曽平沢ってどんなところ?~漆塗りのトイレを経て列車の空白を考える

木曽平沢駅の駅名標

※訪問は2024年6月22日

昭和生まれの楢川村の中心地

木曽平沢の駅舎。ご覧のように鉄筋コンクリートの造り

駅舎内で「漆塗りの町」を知ったので、駅名板の色合いにも納得がいく。背景の木の部分も同様だ。その横には「S35」(1960年)と記された財産票がある

木曽平沢駅の開業は1930年(昭和5)。両隣の奈良井、贄川が明治生まれなのに対して当駅はかなりの弟となる。先の2駅はいずれも中山道の宿場町なので先に駅が設けられた理由なのだろうが、この木曽平沢も江戸時代から漆器生産で知られた町だった。明治になって成立した楢川(ならかわ)村は当初、楢川、贄川の2駅を有していたが、後に村の中心地は木曽平沢となり、村役場も当駅が最寄りとなった。ちなみに旧役場を中心とした村の中心地は線路が通っているにもかかわらず、駅から若干離れていて、なおかつわざわざ高台に造られているよう感じるが、それは中央本線の容量が増えたことによって、駅のすれ違い設備が必要となり、500メートルほど名古屋寄りに駅を移動させたため

あくまで想像だが、かつての駅はこのあたりにあったと思われる。地図を見れば分かるが、このような歩き方をするとは思えないので実際は10分もかからないはず。また現在の木曽平沢駅の位置はグーグル先生の指定する場所は明らかにおかしい。ホームの端の駅名標の場所が指定されていて駅舎は私が印をつけた場所だ

それが1959年のことで現在の駅舎はそのころに建てられたもの。そしてこの500メートルというのは私の道程にはとても貴重なものとなる(後述)

なお楢川という村名は「奈良(なら)井」「贄川(かわ)」という2つの村名を足したもので、村役場はその間である木曽平沢に置かれた経緯があるという。その楢川村は平成の大合併で塩尻市となった

こちらは駅の運賃表だが、松本までわずか590円という金額で駅の場所がなんとなく想像がつく。この後も中央西線に何度か乗車することになるが、週末に松本へ出かける人々で車内は混み合っていた

目にとまった張り紙

木曽平沢の駅舎内で目についたものがある

うるし塗りのお手洗い。これはぜひ体感しなければならないだろう

駅から階段を降りると

公園がある。写真の通り駅を見上げる形となっている。この階段がグーグル先生から精度を奪っているのかもしれないが、そこに目的はあった

重厚な木造のお手洗い。この時の利用者は私のみだったが、トイレ内の写真をパシャパシャ撮るのは、マナーの面でどうかとも思えるので、実際に訪問して体感していただきたい

さてこちらは駅の時刻表。私は9時21分の塩尻方面行きでやって来たが、きっぷのルール上ここから先には行けないので中津川方面へと折り返すことになる。その場合は11時9分発で1時間半以上の空白がある。好天には恵まれていたが、さすがにうるし塗りのお手洗いだけで90分の時間つぶしをするわけにはいかない。ということで、この空白時間の有効活用を考えることとする

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青空フリーパスの木曽平沢ってどんなところ?~いよいよ木曽平沢駅に到着

木曽平沢駅の駅名標

※訪問は2024年6月22日

薄いダイヤは工夫が必要

いよいよ木曽平沢へと向かおう。その前に中央本線のダイヤの概要を少し

こちらは上松駅の時刻表。前記事で触れた通り、私は名古屋方面からの8時23分の特急でやって来て、同47分の普通で木曽平沢へと向かう(後に上松駅では長時間の停車、いわゆる「バカ停車」が多いことを知って、ちょっと後悔した)。いくら予備知識なしで向かうとはいえ、ダイヤや駅間距離ぐらいは調べておかないと、旅程は立てられない

上松から塩尻方面へと向かう列車はほぼすべてが松本行きで1日2本(始発と16時台の1本)の当駅始発があるが、パッとみて分かる通り動脈ともいえる幹線のローカル区間のもので、通勤通学時間帯以外の昼間の運行が極めて少ない。中央西線は特急は1時間に1本の運行があり、ローカル区間では普通より特急の本数の方が多いぐらいだが、これも定番。名古屋近郊区間を過ぎると特急で名古屋から松本、長野へとお客さんを運ぶ方が重要なのだ

昼間の運行を見ると名古屋からの中央本線は、瑞浪までは1時間に3本が運転され、このうち1本が瑞浪止まり、残る2本が中津川止まりで本数は多い(種別はいずれも快速だが、通過駅は多治見以南のわずかな駅)が、問題はここから塩尻側で、岐阜県の境界となる坂下までは、たった2駅の区間運転があったり、長野県に入って最初の大きな駅となる南木曽までの運行もあるが、南木曽から塩尻側は上松駅のような時刻表となる。だから薄いダイヤをぬって各駅を訪問するには工夫も必要となる

高台の鉄骨駅舎で見たものは

ただ本日の目的はとにかく木曽平沢へと行くことなので、8時47分に乗車

線路の距離はほぼ30キロ。決して線形が良いとは言えない中央西線だが、駅の数も少ない上に、さすが電車のパワー。所要時間は34分

なお地図で見ると飯田線の線路が並行しているようにも見えるが、線路と線路の間は、木曽山脈の高い山々で簡単に往来することはできない

9時21分の到着

高台の2面2線構造

キロポストは東京からの距離である241・4キロを示すものだろう。お隣の奈良井は観光地としても有名だが、JR東海で最も標高の高い駅としても知られ、ここ木曽平沢駅も標高900メートル超。上松駅も標高700メートルと高地の駅だが、電車によって200メートルも登ってきたことになる

ということで駅舎へと向かう。こちらも上松と同じく木造駅舎ではないようだ

無人駅ということは分かっているというか、容易に想像できていた

ちなみに週末の当駅で下車したのは私だけ。展示があったのでのぞいてみる。ガラスに反射して展示物の写真はうまく撮れなかったが、より分かりやすいものがあった

なるほど、こういうことだったのか。青空フリーパスの限界駅であることのナゾがほぼ解明できた瞬間だった

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青空フリーパスの木曽平沢ってどんなところ?~早朝出発で気になる駅へ寄り道

中津川駅の駅名標

※訪問は2024年6月22日

唯一の「知らない駅」

朝6時前の名古屋駅。最も日が長い時期なので、すっかり明るい

6時13分の中津川行きに乗車する。中津川より北に向かおうとすると名古屋からは、この電車が一番早い。もっとも7時発の特急に中津川のすぐ先で追い越されてしまうのだけど

手には過去何度もお世話になった青空フリーパス。週末は通年販売されていて当日購入も可。もちろん、このブログにも何度も登場している。JR以外は伊勢鉄道が利用できるのがミソで、伊勢鉄道の全駅訪問もこのきっぷで行った。高山本線の全駅訪問や参宮線、記事化していないが武豊線全駅訪問にも登板している

利用エリアが広いことが特徴で、名古屋から飯田に行って帰って来られるのか?と思ってしまう。それぞれの方面の限界はきっぷに明示されているが、こうやって見ると終着駅、乗り換え駅、JR西日本との境界駅が並ぶ。当然だが知名度の高い駅ばかりだ

と、その中に少なくとも全国的な知名度はどうかという途中駅が2つ。きっぷで見ると東海道本線の二川駅そして中央本線の木曽平沢駅。二川は豊橋の東隣の駅で、かつての宿場町。ここまでが豊橋市となっていて、最初にJR東海がIC乗車券「TOICA」を導入した時の限界駅だったという歴史がある。JR東海では青空フリーパスと同趣旨の「休日乗り放題きっぷ」を発売していて、こちらは豊橋以東のJR東海区間がフリーエリアとなっている。二川は両方のきっぷが利用できる緩衝地点のようになっていて、もちろん下車したこともある

そしてもうひとつが木曽平沢である。私が無知なだけなのかもしれないが、全く知識がない。ちなみにひとつ手前が観光地としても有名な奈良井宿で知られる奈良井駅である。奈良井が限界駅なら、このような疑問は持たないだろう。もっと言うと、木曽平沢以北はたった3駅挟むと塩尻で、ここからはJR東日本エリア。つまりはJR東海エリアでありながら、青空フリーパスで行けない駅が3駅のみ存在する不思議。これはぜひとも解明したいと名古屋前泊の旅となった

「ならでは」の特急乗車

電車は1時間20分で中津川に到着。当駅は中央本線における名古屋近郊区間の北限的な意味合いを持つ。名古屋からの普通及び快速は必ず当駅までで運行は分断される。また当駅を境に運行本数がガラリ変わる

そして

中津川からは特急ワープを利用。ワープといっても特急券の追加だけで乗車できる。青空フリーパスの特徴として在来線特急に乗車する際は、乗車券は有効で特急券だけ買えば良いルールがある。これもいろいろな路線で活用してきた

目指すは上松。木曽平沢に行く前に降りてみたい駅だった。時刻表を見ると上松まで特急利用すると後続の普通にスムーズに乗り継げる。そしてご覧の通り、自由席特急料金は50キロまでなら660円と安い。乗車した「しなの」はもちろん名古屋始発で、乗車した普通よりも約50分遅い7時発。ゆっくり名古屋から乗車しても良いのだが、それだと自由席特急料金は1440円もかかってしまう。ここは800円ほど節約しよう

上松までは特急で約30分の道中となる

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