※訪問は2025年3月27日
1時間以上かけて

大鳥羽駅にやって来た。東舞鶴を7時15分発の列車に乗って到着は8時26分。路線図を見ると小浜を過ぎていて敦賀の方が近い。ローカル線の駅訪問にわざわざ1時間以上もかかる場所に宿をとるのは効率が悪い。これにはいろいろな理由があって、小浜駅周辺に手頃なビジネスホテルがなかったこと、敦賀駅周辺のホテルが高くて尻込みしてしまったことなどがあるが、結論からいうと一度東舞鶴に泊まってみたかったのである(笑)
また前日の道中で時刻表の見誤りに気づいて修正したところ、東舞鶴に近い駅の訪問がサクサク進んでしまったことも朝から1時間以上のローカル線乗車につながった
荘園に基づく
大鳥羽駅の開業は1918年(大正7)。前年に敦賀から十村まで開業した小浜線が小浜まで延伸される際に設置された。当時は鳥羽村に所在。鳥羽村は戦後の1954年に周辺の村が合併して上中町となり、平成の大合併で若狭町となった
小浜線の沿線は京都との結びつきが強く、その分歴史も古い。地名の由来は鳥羽荘という荘園に基づき、鎌倉時代の文献にすでにその名が残る。荘園の名前については現在の鳥羽川が流れていて、川を渡るための「渡場(とば)」が転訛したのではないかと考えられている。鳥羽荘の中心地だから大鳥羽。明治の町村制施行まで大鳥羽村があった。駅周辺の地名は今も大鳥羽。明治期に開業していた参宮線の鳥羽駅との重複を避けたかどうかは不明だが、地名がそのまま駅名となった
駅周辺は今も旧鳥羽村の中心地となっている
ちなみに駅近くの周辺地図を見たら

さすが古い町らしく読めない地名が多数あった
駅舎はもともとJAのビル

駅構造は1面1線の棒状ホーム。最初の写真を見ていただければ分かるが、島式ホームにするスペースは設けられているので、その予定はあったのかもしれない
ホームから駅舎に向かうと2階建てのコンクリートの建物に入るようになっている

外に出ると2階建てとはいえ立派なビルだ。当駅はもともとJAとの合築だった。JR移管後の1988年に建てられたもの。88年といえば、89年の年明け早々に平成となったので昭和のほとんど最後に当たる。昭和から平成、令和と地域を見守り続けている
これまで取り上げたことはほとんどないが、全国各地に行くと駅のすぐ近くでJAの建物に遭遇する。理髪店が見守る駅として紹介した小浜線の加斗駅近くにも建物があった。人がいるのかいないのか不明な建物もあって触れにくいのだが、閑散とした無人駅の近くでぼんやりしていたら、中に誰もいないと思われるJAの建物の前まで車がやってきてATMコーナーに入り、再び去っていくという光景も何度も見てきた。かと思うと
弘南鉄道弘南線では、巨大駅ビルとなっているJAにも出会った。いろいろなケースがあるが、地方の町では重要なんだなぁ、といつも感じる

現在JAは撤退して「若狭ものづくり美学舎」が入居している。こちらが営業している時間帯は簡易委託としてきっぷ販売を行っているようだ
これまで紹介したように小浜線の駅舎は電化後に大きく変わったものが多い。昭和からのたたずまいを残す貴重な存在である
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