JR

宿も取らずに青春18きっぷで高山本線に突っ込んでみる~美しい国鉄文字駅名標

飛騨古川の駅舎

9月8日11時45分

最北の有人駅

バスで飛騨古川駅に到着しました

旧古川町、現飛騨市の中心駅。特急ひだはすべて停車。当駅止まりのひだも設定されています

観光地としても有名で駅からすぐの場所に古い街並みである城壁土蔵街があり、人気スポットです

駅は映画「君の名は」でも有名になり

同じ角度で撮ってみました。雪がないので何のことやら、という感じになってしまいましたが

もちろん有人駅です

JR東海は「みどりの窓口」という表記を使いません。「全線きっぷうりば」と言います。国鉄民営化の際は、みどりの窓口でしたが徐々に全線きっぷうりばとなり、緑色ではなく白地に黒文字が特徴ですが、こんな感じで緑色だけ残っています。貴重な存在

高山本線は当駅を最後に北側は延々と無人駅が続きます。JR西日本との境界駅である猪谷も無人駅なので越中八尾まで57キロも無人駅です。つまりJR東海側では最後の有人駅

国鉄伝統の2面3線。キロポストで分かる通り、岐阜から151・3キロ

距離にすると京都から姫路も越えて青春18きっぷの主役である相生まで行ってしまうので、なかなかの距離です。ただそちらの場合は新快速を姫路で乗り換えて約2時間。単線非電化の高山本線と比べることに意味があるかどうか分かりませんが、特急ひだより早かったりします

駅名標はピカピカ

以前の記事でも伝えましたが、飛騨市の「騨」は旧字体が正式。ただこの文字は環境依存文字といってネット上では文字化けの可能性があるため、本記事では「騨」を使用しています。もちろん駅名標は正式なものが採用されています

さて当駅に限らず、JR東海の駅名標は総じてピカピカです。すべての駅を知っているわけではありませんが、くたびれてボロボロになっているものは、あまり記憶にない。停車本数の少ない駅でも定期的にメンテナンスが施されているようです

旧国鉄の書体はJR東海に引き継がれています。私などは、どこか懐かしい感じがするのは、そのためかも

一文字で知られる、こちらの駅名標も、書体が演出をアシストしている気がします。また所在地の自治体名がしっかり書かれているのもいいですね。昔はすべて入っていました。私の認識では九州、四国は入っていますが、西日本、東日本、北海道では姿を消しています。自治体の合併で更新が手間なのかもしれませんが、中心駅と自治体の名前が異なったり、難読な郡や自治体名があったりするのも楽しみのひとつです

お昼の時間に規模の大きな街に来られて良かった。朝食は牛丼店で6時前と早く、かなりお腹もすいてきました。それほど時間があったわけではないのですが喫茶店に入り「早いのをお願いします」とカレーとアイスコーヒーをいただきました

12時22分の猪谷行きに乗車予定。これを逃すと次は16時20分と4時間後(笑)。さすがに乗り遅れるわけにはいきません

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宿も取らずに青春18きっぷで高山本線に突っ込んでみる~バスに乗って分かること

9月8日11時

行き詰まりが解決

上枝では小さな階段を上ってホームに向かいます。花壇が美しい

さて次にやってくる列車は12時22分発の猪谷行きです。それに乗って北に向かうのですが、さてどこで降りるか。飛騨古川も行きたい駅だし、猪谷のあの雰囲気も味わいたい。ただ問題はダイヤで飛騨古川で降りてしまうと次の列車は4時間後。12時25分発の高山行きも来ますが(要は飛騨国府ですれ違いを行う)、これで高山に戻ると下呂方面行きは2時間半後。なかなか悩ましい

ここは飛騨古川もしくは猪谷まで行って特急課金もやむなしか。となると特急停車駅で降りないと大変なことになる、などと思案しつつ付近の散策を行う。食事できるところがあれば時間的にもちょうどいいのですが、ちょっとなさそう…などと歩いていくと川を渡って国道に出る

すると

バス停がありました。これはどこに行くのでしょう、とチェックすると

これはラッキー。飛騨古川駅に向かうバスが11時21分、この時点で10分後にやって来る。というか今回は事前に全く調べていなかったのですが、高山~飛騨古川のバスは古川経由の神岡行きも含めると1時間に1本もの頻度で運行されているのですね。高山本線の区間運行も含め、この間の流動が多いことが分かりました

街の規模を知る

間もなくバスがやってきました

ほぼ高山本線と並行して走りますが、バスが旧国府町の市街地に入った時、その規模に目を見張りました。飛騨国府駅では20分ほどしかなかったため、駅の近くしか分からず

駅前の風景を見て「寂しいところだなぁ」と思っていたのですよ。実は事前に国府町はかなり規模が大きいと聞いていたので拍子抜けしていたのですが、全く違いました。線路は旧市街地から、やや離れた所を通るので駅は街外れにあることが多い、とは数え切れないほど経験しているのですが今回もそうでした。バスは街の中を通るので雰囲気がよく分かる。これもいつものこと。前記事に掲載した駅近辺の地図を最初に見ていたら施設の多さもあって分かったのでしょうけど、見たのは後になってから。勉強不足でした

大変立派なバスで乗車時間はそう長くはなかったのですが、充電もさせていただきました

バスに揺られること約20分。飛騨古川に到着です

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宿も取らずに青春18きっぷで高山本線に突っ込んでみる~絶対行く駅は双子さんでした

9月8日10時40分

旧国府町の中心駅

飛騨国府に到着しました

区間運転の列車は高山、上枝、飛騨国府そして飛騨古川の始発と終点を合わせても4駅にしか止まりません。15キロのみの運行で所要時間も15~20分ほど。私が乗車した列車は飛騨古川で数分停車した後、すぐ折り返します。ですから、ここ飛騨国府にいると折り返し列車にすぐ乗れる。ローカル線の駅巡りでよくこの手法を使います

木造駅舎にトタン屋根。戦前に設けられた雪国でよく見かける駅舎です。駅前にある立派な木は桜ですか。こちらもよくある風景ですね

旧国府町の中心駅。簡易委託ではありますが、十数年前まで駅員さんがいたそうです

国府町といえば、鳥取県の同名の町を思い浮かべます。こちらも今は鳥取市になってしまいましたが、以前は同じ町名で姉妹都市だったようです

駅名標でお分かりのように飛騨の「騨」は正式には旧字体を使用します。そのあたりや国府駅近辺については次回以降の記事であらためて触れます

私自身のNG行為

折り返してきた列車に乗り込んで1駅。絶対に行くのだ、と固い決意の一つ目である上枝に到着です

先に答えというか、理由を出してしまいますが、これで「ほずえ」と読む超難読駅です。この駅名標が見たかった。そんなの車窓からでも見えるだろう、という考えもあるかもしれませんが、それは私個人のルールではNG行為にしています。「気になる駅があれば降りる、または別手段でもその駅に行く」は絶対です

昭和初期の開業時にあった上枝村が駅名の由来だそうですが、どうも現在は上枝という住居表示は残っていないようです。ただ駐在所の名前など駅近くには名前を付けたものが残っています

「そっくりさん」に心がなごむ

さて駅舎ですが

こちらが外観で

こちらが内観

ここで何か感じませんか?

飛騨国府駅とそっくりさんです。というか、ほとんど同じでは??

駅の財産票です。財産票というのは、たまにつじつまの合わないものも見かけますが、こちらは正しいもののようです。調べると飛騨国府の開業が1934年(昭9)10月25日。そしてここ上枝も全く同日です

勝手な想像ですが、別のものを考えるのが面倒だと思ったのか、あえて同じにしたのかは分かりませんが、おそらく同じ人または業者が施工にあたったのでしょう

いろいろ想像するだけで楽しいし、ここに来られて良かった、と思えます

次は1時間半後にやってくる猪谷行きに乗る予定。時間はあるので周辺の散策をしてみます。まだまだ服装は真夏ですが、飛騨の山中はもう酷暑という感じではありません

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宿も取らずに青春18きっぷで高山本線に突っ込んでみる~区間運転の妙

9月8日10時

高山駅の変貌に驚く

下呂から1時間かけて高山に到着しました。名古屋から4時間

こうして地図を見ると国道と線路がぴったり寄り添っているのが、よく分かります。というか、この飛騨川沿いにしか敷設するコースがなかったのでしょう。高山本線は大正期に工事が始まり、1934年の昭和9年に全通しました。このころ日本中では山間部に細かくレールが敷かれていますが、同じような形が多い。当時のトンネル技術を考えると必然的に、このようなコースになったのでしょう

その高山駅は

20数年ぶりに訪れたのですが変貌ぶりに目を見張りました。駅舎が変わったことは全く知りませんでした

前回は訪問時が2月で氷点下。とてつもなく寒い中を歩き回りました。今も運行される大阪直通のひだで帰ってきましたが、寒さから解放されて奮発してやれ、とグリーン車で帰ってきたのを覚えています。いつの間にか大阪行きにはグリーン設定がなくなりました

当時はデビューから、まだ2ヶ月のHC85が待機中。もっとも18キッパーの私には無縁で、普通列車を探さなければなりません

その時刻表はというと

赤い文字しかありません!

岐阜方面は1日10本、富山方面は13本と一見こちらが多いように見えますが、うち4本は3駅先の飛騨古川止まり。またこうして見ると特急は、ほぼ名古屋~高山に特化されていることがよく分かる。富山方面の特急は5本ありますが、うち1本は飛騨古川止まりなので4本しかありません

何が何でも行く駅へ向かう

その中で私が注目したのは高山~飛騨古川の区間運転です。わずか15キロ、途中駅はたった2つ。この運行を見るだけで、この区間には一定の需要があることが理解できます

どこに行く時もそうですが、この手の成り行き任せ旅の時には事前に「行きたい駅」を考えます。それがダイヤを見ているうちに「どうしても行きたい駅」そして「何が何でも行く駅」へと変化していきます。早い話があきらめです(笑)。付け加えると急に気力がなくなりエネルギー切れを起こすこともある(笑笑)

その「何が何でも行く駅」が、この中にあります。発車時刻も20分後とちょうどいい

まずは飛騨国府に到着です

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宿も取らずに青春18きっぷで高山本線に突っ込んでみる~今さら何をの薄さ

9月8日9時

乗車してから時刻表研究

下呂駅です。全国レベルでも高山と並んで誰もが知る高山本線の2駅。極端な言い方をすると、この2駅のために特急ひだがバンバン走っていると言ってもいいぐらいです

純正のキオスクがあります。確か美濃太田にもあったはず。今は駅売店もコンビニとの提携が進んでいたり、JR東日本のように独自のブランドを持つなどで、単にキオスクというのは、なかなか見かけなくなりました

過去、下呂には3回来ています。もちろん温泉目的。ただ今回はちょっと(いや、かなり)違う

こんな感じで岐阜からやって来ました。所要時間の1時間52分というのは普通の、1時間20分というのは特急の標準的な時間です

さて、岐阜からの2時間、車中で何をしていたかというと、朝早かったので寝ていたわけではありません

ずっと時刻表とにらめっこしていました

今さら何を、という感じですが、自分の予想以上にダイヤが薄い(列車の本数が少ない)

高山本線は岐阜から美濃太田までは完全な都市近郊区間です。非電化単線でありながら、昼間も1時間に2本が運行されています。美濃太田から太多線を通って多治見に向かう高山本線~太多線の直通運転も含まれていて、すべてではありませんが、1本が太多線直通、そとしてもう1本は美濃太田止まりだったり、思い出したように、そこから先に行ったりという運行(太多線には美濃太田~多治見の運行もあり1時間に2本が確保されています)

ただ、その思い出したように、というのが困ったもので、だいたいのイメージですが普通列車は美濃太田から下呂までは1~2時間に1本、下呂から高山方面はそれ以下という感じ。何となくの本数イメージはありましたが少なすぎる。適当旅には最も向いていない路線に突っ込んできてしまったのでは?となりましたが、もう遅い

清々しいダイヤ

私が乗車した6時52分岐阜発の列車は下呂に8時52分に着いて8分間停車します。写真はその間に撮影したもの。前回の記事でも書きましたが、次の高山行きは5時間後です。では高山まで行く手段はないのかとなりますが、そうではなく特急があります。その5時間後の普通が出るまで、なんと5本もの特急が下呂~高山を走ります。1時間に1本の割合ですが5時間もの間、約50キロの区間を特急しか走らないとは何てすがすがしいダイヤなんでしょう

さらに言うと途中の普通しか停車しない駅に行く方法は皆無なのかというと、それも違っていて

下呂の駅前には高山行きのバスが早朝から夕方まで1時間に1本の路線バスが運行されていて、高山本線と並行する国道41号を進むので、こちらを利用すれば行くことができます

ガチンコ駅巡りなら、もちろんこちらを利用しますが今回はそうではない。せっかく(正確に言うと違いますが)タダで乗れる18きっぷを最優先。特急課金もしません。

とにかく高山まで行かないと、お話にならないようなので再び列車に戻り、下呂から約1時間

10時に高山到着。岐阜から3時間。6時過ぎに名古屋を出て、ここまで降りた駅は下呂のたったひとつしかありません

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宿も取らずに青春18きっぷで高山本線に突っ込んでみる~ケセラセラ

9月8日5時50分

無計画の名古屋駅

前夜、所要で名古屋に宿泊した私は朝の6時前、名古屋の駅前にいました。まだ暗い。北陸本線の各駅を巡ったのは、わずか2週間前なのに、随分と夜明けの時間が変わっている。秋が進んでいる気がします

早朝だけに登板する名古屋始発ののぞみがスタンバイしています

平日の朝ですが、まだ人はまばら。ここから1時間で一気に増えるのが大きな駅の特徴ですね

手元には青春18きっぷが残り2回分。9月10日までなので今日を入れても3日しかありません。いつも最後でバタバタするのですが、今年は例年以上に追い込まれています。3日のうち2日は18きっぷに充てるわけですが、実は昨日の夜まで何も決めていませんでした

名古屋からの出発だけは決まっているので東西南北どこでも行ける。参宮線&紀勢本線コースが有力でしたが、同じコースを戻ってくる行程を避けるとしたら大阪まで距離が遠く、ひたすら乗るだけの作業になりかねない。中央本線は自宅から、どんどん離れていってしまう。ということで高山本線に決定。特急ひだで何度か駆け抜けましたが普通で走破したことはありません

ということで前夜、ホテルで若干ほろ酔いの頭で時刻表をめくって何となくの行程を立てました。もっともホテルはとっていません。久留里線、北陸本線と結構ガチンコ旅だったので、今回は私の基本である適当旅、降りたい駅があれば降りるケセラセラ旅にすることに

ケセラセラでも乗らなければならない電車はある

名古屋発6時23分の大垣行きに乗ります。駅は閑散としているように見えましたが、通勤通学圏とは逆方向ながら結構なお客さんが乗っています。それでも余裕で座れました。ところがいきなりの時刻表読み間違えの痛恨ミス。岐阜で6時52分の高山行きに乗り換えるわけですが、3分しか時間がない。名古屋発6時10分に乗れば余裕だったのですが、岐阜発の時間を見間違えていました

ということで岐阜に着くころには立っているお客さんもいるぐらい混雑している電車を降りるとダッシュで階段を下る。なぜ急ぐのかというと、これに乗らないと下呂から向こうに行けないのです

乗車しようとしている列車は下呂を9時に出て高山に向かうのですが、これを逃すと次の下呂発高山行きは13時58分。普通の運行が5時間ありません

いくら適当旅とはいえ、これは絶対に逃せません。もっとも考えようによっては、宿すら確保していないのですから、乗れなければ高山本線はすっぱりあきらめるという超適当旅に切り替えてもいいのです

そしてぎりぎりセーフ。とはいえ階段を降りる課程で同じ行動をとっているとみられる高校生やサラリーマンの姿もあったので安心していました。彼らは毎日同じコースなのでしょうから

列車は高校生で満員です。立ってグループでおしゃべりをしている方々が多いので何とか座れました。この状態が美濃太田まで続き、ドッと降りていくと急に車内は閑散としました

無事に下呂到着。岐阜から88キロあって2時間ちょうど。ちなみに特急でも70~80分かかります

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JRのうちに…北陸本線各駅を訪ねる 最終回~三セクからの将来

8月26日16時15分

最後の駅は芦原温泉

芦原温泉に到着です。この日は青春18きっぷを使用しなかったので金沢から特急で36分。ちなみに普通だと途中の通過待ちにも左右されますが70~80分かかります。各駅停車と有料特急しかないので課金し甲斐があります

北陸新幹線の駅にもなるのでJRの駅としては残りますが、在来線は三セクとなるので駅名標は変更となります

そして今は当時よりかなり進んでいると思われますが、この当時は駅前のスペースがほとんどないほどでした

廃線なのに駅は存続

写真付きの出口案内に観光地を感じます。ただ明治期に開設された時は金津を名乗っていました。金津は町名で、こちらから芦原(現在のあわら湯のまち駅)を経由して三国港へ至る三国線があり、芦原温泉の最寄りは芦原でした。駅名が変更されたのは50年前で三国線が廃線となったのを契機に現駅名となっています

今は同じあわら市ですが、以前は温泉のある芦原町は別の自治体で、金津町に芦原温泉駅ができることになりました

両駅というか、温泉街へはタクシーでも10分ほど。バスでも結ばれているほか、旅館の送迎バスも主にこちらにやってきます

ちなみに、これはちょっとしたトリビアですが、路線の一部が現在のえちぜん鉄道に引き継がれたため国鉄の廃線駅が今もすべて現役駅という、なかなか珍しいことになっています

工事中で駅舎も駅の中も、なかなか見にくい状態でした

まぁ、こちらの方はしっかりいらっしゃいます(笑)

観光センターも外からは分かりにくい状態で、ちょっと気の毒でした。新幹線開通となれば、ドンと目立つ場所に来るのでしょうけど

ただ、こちらの看板はやたらデカかったです。「複数ルートの安全な国土」の文言は要らない気がしました。だったら日本中の迂回ルートをしっかり残すのか、ということになりますよね

必ずしも負の面だけではない

さて春と夏、2度にわたって敦賀~金沢間の全駅を訪問したわけですが、ひとつ感じたのは地元の利用者にとっては便利になることも、かなりあるのでは、ということです

例えば金沢~福井間。現在、昼間は金沢~福井間が1時間に1本、金沢~小松間が1時間に2本の運行となっていますが、毎時○分とは決まっていません。それは特急による通過待ち時間によるもので、サンダーバードが1時間に2本運行される時間帯もあるほか、米原もしくは名古屋に行くしらさぎも1時間に1本ぐらいのペースで運行され、特急が優先される以上、普通はそのあおりを受けて決まった時間に運行とは、なかなかいきません。また所要時間にも大きく差ができていて、小松~金沢は基本的には約30分なのですが、中には40分ほどかかるものもあります

貨物列車は残りますが、特急ほど頻発していないので現在の通過待ちがほぼなくなって所要時間もかなり少なくなることが予想できます

北陸本線はかつて特急王国と呼ばれ、北陸新幹線の金沢延伸前までは富山や新潟へと向かう特急が特急がバンバン走っていて鉄道ファンには目の保養となっていました。みどりの窓口とともに、その光景がなくなるのは寂しいことですが、運賃値上げは予想されるとはいえ、必ずしも負の面だけではないと感じました

改札口はいかにも仮状態。芦原温泉での購入は今後、なかなかないでしょうから、こちらできっぷを買うことにしました

ほんの少し節約しようと(200円ほどです)福井までは普通に乗り、早めの夕食としてサンダーバードで帰路につきました

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JRのうちに…北陸本線各駅を訪ねる その25~北陸鉄道の駅からは離れています

8月26日8時30分

朝の通勤電車で

宿泊地の小松から約30分。野々市に到着です。この後は北陸鉄道にひたすら乗る予定で帰路途中にある芦原温泉に寄って春から2回に分けての敦賀~金沢間の北陸本線全駅訪問となるわけですが、この日は青春18きっぷを利用する予定はなく、芦原温泉は特急停車駅でもあるので、そう大変ではない。事実上、当駅でコンプリートのようなものです。朝の通学通勤電車なので4両編成。お客さんはいっぱい。小松始発を選んで乗りました。朝は本数も多いので、このあたりは選び放題です

北陸新幹線の高架下駅としては異色

当駅も北陸新幹線の高架が上を通る形になっています。その形状はいくつかありますが共通するのは新幹線の高架ができるタイミングで駅舎も改築されているということです。こちらも

南口が10年前に新築されています。元々はこちらの南口だけでした

こうして見ると、すっぽり高架下にできています

では新たにできた北口はというと

ユニークな形状。野々市北口プラザとなっています。新たにできたとはいえ25年前のこと

南口側のホーム(上り)には両出口への案内があります

こうして見ると他の北陸新幹線の高架下駅とは、ちょっと異なることが分かります

他の駅は新築時に橋上駅舎化されているのに、こちらはされていません。橋上駅舎は線路をはさんで、南北(または東西)どちらにも行けるのが利点で改札もひとつで済むため全面改修の時は、橋上化されることが多いのです。そうならなかったのは、先にできていた北口プラザが立派すぎて、さすがに壊せなかったからではないでしょうか

もうひとつの野々市駅

さて「野々市駅」と言えば、かなり以前に紹介したことがあります

もう2ヶ月以上も前の記事です。こちらも野々市駅ですが

かなり離れています。歩いて行こうという距離ではないですね。関西では私鉄同士や私鉄とJRでよく見かける光景ですが、他地域では珍しい

これは地形的なものによるようで、野々市市というのは南北に長い上、市域が入り組んだりしていています。JRの駅は野々市市をかすめるように走る北側にあり、北陸鉄道の駅も市境にあります。JRの駅は戦後に地元が全額出費した請願駅として設置されているので同名駅が2つ存在するのも納得だったと思われます

ちなみに野々市市のホームページによると、最も市役所に近い最寄り駅は北陸鉄道の額住宅前で徒歩20分ですが駅の所在地は金沢市です。野々市市では市内に細かくコミュニティーバスを走らせることで住民サービスを行っています

駅の全景です

請願駅としての出発でしたが、地形上、野々市市以外のニーズもあり利用者は右肩上がりで(コロナ禍以前の数字)、米原や長浜など滋賀県の駅も含めた北陸本線の利用者ランキングは乗降客4000人で11位。特急が1本も停車しない駅としては北陸鉄道との乗り換え駅である西金沢に次ぐ2位となっています。昨年無人化されました

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JRのうちに…北陸本線各駅を訪ねる その24~空港アクセス駅として発展

8月25日17時30分

あと1駅で日没

北陸本線の3セク転換駅巡り

前回の小舞子駅に至った時点で、残るは野々市と芦原温泉。芦原温泉は新幹線駅としてJRの駅として残るわけで事実上、あと1駅だったのですが、おそらく日没になるだろう、ということで宿泊地の小松に戻ってきました。ギリギリ間に合ったかもしれないし、そもそも金沢を宿泊地にすれば、今日は途中、小松のホテルに荷物を預けて昼食をとる余裕まであったのですから、この時点で小松駅はクリアしていたわけで、きれいに回れたのですが、自分のクセというか、旅をする時はせっかくなので、これまで宿泊したことのない町に泊まってみたいというのがあります。金沢には仕事も含めると数え切れないぐらい泊まっているので初めての小松を選択した次第。これはしょうがないですね。もちろん日帰りでしたに意地でも野々市まで行ったのですが、明日もあると分かっているし朝の本数は多い。今日は終了とします

小松といえば、なんと言っても小松空港です。歩いて行く方はほとんどいないでしょうが、あえて徒歩ルートを表示してみました(笑)。その気になれば歩ける距離ですね

車だと数分。タクシーでも1600円ほどで着いてしまいます。金沢駅からもリムジンバスが頻発していて、こちらは約50分で1300円。どこから来るのか、どこへ行くにもよりますが小松駅からのルートを利用する人は多い。小松駅からはバスも1時間に1本以上の本数があって280円。空港へのアクセス駅として機能しています

北陸新幹線の金沢延伸によって羽田線は減便になったようですが、北海道、九州、沖縄への便もあり、コロナ禍で運休中ながら国際線機能もうって北陸の玄関口です。規模の大きい小松空港が金沢より、やや南にあることも影響して福井空港は定期旅客運用がなくなってしまいました

運行面でも重要

そんな条件が整っているため特急もかなりの本数が停車します。新幹線駅が設けられる理由にもなっています。普通電車の運行でも果たす役割は大きく、昼間の運用は金沢~福井と金沢~小松が、それぞれ1時間に1本運行されています。つまり小松を境に普通列車が倍の本数になるということ。朝も小松始発の電車が頻発。北陸本線は特急や貨物の通過待ちが多く、電車によって所要時間が変わるのですが、30~40分と金沢への通勤通学圏となっています

こちらは翌朝の様子

2面3線の高架駅。小松市といえば建設機器の小松製作所(コマツ)発祥の地としても有名で、かつては東口を出てすぐの工場が駅の風景として有名でした。その東口側に新幹線駅が設けられます

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JRのうちに…北陸本線各駅を訪ねる その23~海水浴も理由のひとつ

8月25日17時15分

こじんまりとした駅

松任から再び福井方面へと戻り3駅目。小舞子にやってきました。ここまでが白山市。お隣は能美根上なので能美市となります

こじんまりとしたコンクリート駅舎です

財産票によると駅舎は昭和39年(1964)にできたもの。これは正式な駅となった年です。「正式な」というのは、明治の開設以来、長らく臨時駅だったからです

重要な娯楽

無人駅で海側にも出入り口があるため、徒歩でももう少し早く行けるかもしれません

当駅は小舞子海水浴場の最寄りとして設けられました。海水浴場用の駅なので夏だけの臨時駅です。最近は海水浴場用の臨時駅というのは、少なくなっていて、最近では参宮線の池の浦シーサイド(三重県)が廃駅となったことが話題になりました。牟岐線の田井ノ浜(徳島県)は特急も停まる臨時駅として有名でしたが、コロナ禍で今年まで3年連続で休止中。牟岐線の特急も臨時停車していた列車の設定そのものがなくなっています

鉄路や駅の目的としては

・旅客輸送

・貨物輸送

・軍事上の理由

・寺社仏閣への参拝

が主なところですが海水浴というのも娯楽の大きな要素でした

美しい景観で知られる富山県の氷見線にも終点の氷見のひとつ手前に島尾という駅がうって、今はひっそりしていますがかつては海水浴で大いににぎわったそうです

もちろん現代も海水浴場は大いににぎわっていますが、地域によっては車で行くところとなっています

それでも小舞子は周辺に住宅もできてきたことで正式駅となりました

名前の由来は

ホーム側から見た駅舎です

白山市の駅では最も利用者の少ない駅で国鉄時代に無人化されています

ICタッチと自動券売機があります。駅舎内の待合所は広い

長らく閉ざされ、今は防がれている窓口。大理石のお金置きだけがのぞいている、これもよく見かける光景です

ちなみに「小舞子」というのは神戸の舞子浜に景観が似ていることから名付けられたそうです

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