白馬駅

大糸線全40駅を訪問するお話~誰もが知る駅は戦後に急発展した大糸線の救世主

白馬駅の駅名標

※訪問は2024年9月10日

信濃大町から40分

白馬駅に到着。信濃大町から40分の道程。松本から信濃大町にかけては松本や沿線の通勤通学と安曇野観光という2つの性格を持ち合わせる大糸線で、途中の駅も知名度の高い駅が並ぶが、信濃大町から北は知名度という点では、ほぼ白馬の一点集約だろう。逆の見方をすると、当駅以外、一般的にはあまり用のない駅が並ぶ。もっとも鉄オタ的視点では、そういう駅の方が、より関心をそそられる

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元の駅名は「四ツ谷」

白馬村にあるから白馬駅である。誰でも分かりそうな理屈で

写真入り駅名標も健在である。ただ1932年(昭和7)に大糸南線の駅として開業した際の駅名は「信濃四ツ谷」だった。現在の視点からすると意外な事実だが、白馬駅の待合室には

以前の駅名板が保存されている

そこには分かりやすい解説もある。現在の駅名となったのは戦後20年以上が経過してから。当時の所在地は北城村。駅名は解説にある通り周辺の呼び名である四ツ谷が採用された。国名が付いたのは説明するまでもなく四ツ谷駅が先にあったからだ

北城村が現在も駅名がある神城村と合併して白馬村が誕生したのは1956年のこと。有名な自治体名だが意外と新しい。駅名変更の機運が高まったのは、そのころから。1957年の大糸線全通の際にも地元が要望したが、国鉄に受け入れられたのは1968年のことだった。大糸線が全通するにあたって新潟県に所在することになる現在の平岩駅の駅名候補に白馬があり、地元では大変気をもんだという。要望から10年以上が経過していた

現在の白馬駅の存在感を思うと随分のんびりした話だが、国鉄としては、あまり気にする話ではなかったようだ。というのも当時の一帯は単なる農村で地域外から多くの人が訪れる場所ではなかった。戦前からスキー場があるにはあったが、大規模開発が行われるようになったのは駅名変更のころからである

長野五輪で確固たる地位に

駅舎は大きなロッジ風。何度か改修工事を施されているが、現在の姿になったのは1996年(平成8)。長野冬季五輪の2年前で、ロッジ風も何も2階部分はホテルとしての改築だった

昭和後半から訪れたスキーブームのおかげで白馬駅を中心に大糸線沿線は多くのスキー客でにぎわった。今は最盛期ほどのにぎわいはないが、冬場のスキーだけでなく登山、温泉の利用者も年間を通じて訪れ、白馬駅はその中心となっている。長野五輪の会場となったことで地位はさらに高まった。スキーブームがなければ、元々は国防のために人が少なそうな場所にあえて敷設した大糸線だけに、利用者はさらに少なかったと思われる。その拠点駅は、いわば大糸線の救世主となった

跨線橋にはスキー用のスロープが設置されていて

その旨の注意書きがある

管理駅だが、みどりの窓口は営業を終えていて指定席券売機が設けられている。この記事を書いている時点で、特急あずさの南小谷乗り入れはあと2日で終了となるが、当駅までは今後も乗り入れを行う

駅の周辺案内図。鉄道利用の場合、信濃大町から北は食事を摂るのも大変だが、当駅近辺では問題なく食べることができる

ただ少し意外かもしれないが、観光需要の多い駅だけに1日の利用者数は約500人ほどとなっている

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大糸線の増便バスに再乗車、キハ120と組み合わせる~その1

南小谷駅のホーム側改札付近

※訪問は2024年10月11日

1カ月を経ての再訪

前回までの大糸線の各駅訪問は3月の話。なぜ記事化するのに半年も置いたかというと、全駅訪問が終わっていなかったこともあるが、雪景色が全く季節に合わなかったからである。といっても、一昨日あたりから急に冷え込みが厳しくなり、急速に冬の足音が聞こえてきた。大糸線の訪問は9月の上旬、10月の上旬にも行っているため、季節的には真逆になってしまうが、ご容赦ください

そして9月に次いで10月も大糸線増便バスに乗ってきた。季節というより時系列が飛びまくるが、こちらは3月までの限定運行ということで早めに掲載することにする

ちなみに1回目はこちら

スタートは気温8度の白馬から

スタートはハロウィーンムードの白馬駅から。1カ月前にも来ているが、気候がたった30日で全く異なる。前回は汗をダラダラかいていたが、この日の朝は8度。もちろん息は真っ白。前々日から当地は急に寒くなったようで、この2日間、宿では就寝の際、暖房をつけた。季節外れの夏日が続いていた神戸から信州に来て温暖差に身体もビックリだが

8時1分発の南小谷行きに乗車。これを逃すと次は11時23分と3時間20分後なので、絶対に譲れない電車である。白馬駅近辺でお勤めの方もいるのだろう。かなり混み合っていたが、南小谷へ向けてはガラガラとなった。本日は1カ月前と同じく南小谷から大糸線増便バスに乗る。ただ前回は単にバスで糸魚川まで行っただけだったが、今回は駅にも立ち寄り、最後は鉄路で糸魚川へと向かう。手には「秋の乗り放題パス」。毎年、鉄道の日の10月14日前後に登場するきっぷで、使用ルールは青春18きっぷと同じ。ただし3日間の連続利用、グループ利用禁止という決まりがある一方で自動改札機を通ることができる。つまりこの12月に発売される青春18きっぷとほぼ同じ内容だが、この頃はそのような改訂があるなど夢にも思っていない

約20分で終点の南小谷へと到着

南小谷は管理駅で、人はずっといるのだが窓口は9時過ぎからのようで、まだ開いていない

1カ月前はエアコンのお世話になり、冬場はコタツも登場するという待合室もまだ閉まったまま

勝手知ったる増便バス

こちらは駅舎。前回で勝手は分かっているので安心だ

時刻表も理解済み。実は前日、大糸線の駅回りでも利用したのだが、それはその時に紹介する。今から乗車するのは8時47分の1便。時刻表を見てもらえれば分かるが、このバスは白馬を8時30分に出ている。列車の紹介で8時1分に乗り損ねると大変、と記したが、増便バスがあるうちはカバーできる

というか

駅の時刻表で見てもらえば分かるが、白馬発8時1分に乗車しても南小谷着に同20分に着いた後、糸魚川行きは10時4分発で1時間40分もの待ち時間がある。白馬を次に出るのは11時23分で、もちろん10時4分には乗れない。11時23分白馬発は11時42分に南小谷着で、12時7分発糸魚川行きに25分の接続と、ようやく接続らしくなる。ちなみに白馬からだと始発となる6時57分発も南小谷での接続が図られている。要は「痛いところに手が届く」時間帯に設定されているのだ

だったら白馬を8時30分に出ればいいではないか、の声も聞こえてきそうだが、とにかく気温が一ケタの朝である。バスにお手洗いがないのは前回で確認済み。生理現象を考慮すると、ここは電車で南小谷まで行くのが無難というもの

ほんの少し色づき始めた山と川の景色を見ているうちに

数分遅れ気味でバスが到着。まずは大糸北線の駅を目指そう

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大糸線の非電化区間を1日4往復補完する増便バスに乗車~その1

大糸線の増便バスで糸魚川に到着

※訪問は2024年9月10日

乗車は南小谷から

南小谷駅までやって来た。時刻は13時20分。目的はこちら

来年3月まで運行されている「大糸線増便バス」に乗車するため。写真は白馬駅で撮ったもの。糸魚川~南小谷の大糸線非電化区間は1日7往復と少なく(県境となる平岩止まりが他に2往復ある)、糸魚川での新幹線乗り継ぎや、南小谷での大糸南線乗り継ぎが不便であることから、さらにバスで4往復を加え乗り継ぎをよくしようというもの。特に北陸新幹線については昼間も1時間に1本の停車があるにもかかわらず、大糸線との接続があまり考慮されていない。かつて大糸北線の全駅訪問を行った時も最初の壁がこれで、最初の駅である姫川まで約30分歩くことになった

増便バスのひとつのミソが白馬発着となっていること。これは観光地として集客力のある白馬へ南小谷での乗り換えを介さずに直接運ぼうというものだ。大糸線は南小谷で電化、非電化が分かれるだけでなくJR東日本とJR西日本で会社が変わるが(在来線では現在唯一の両社接続駅)、増便バスならJR東日本管内の白馬まで直接行くことができるが、今回はあえて南小谷から乗車することにした。やはり大糸線で北線と南線の乗り継ぎは南小谷からにしたいし、どのぐらいの利用者がいるのか見たかった

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増発でなく増便の理由

南小谷の時刻表。大糸南線も松本から出ると信濃大町で運行がガクンと減り、ローカル線ではおなじみの「お昼休み」の時間には2~3時間運行がない時間帯もあるが、大糸北線はもっと少ないことが分かる。北線と南線の接続は良い時間も悪い時間もあってバラバラで、これもまた大糸北線の利用者増を妨げる要因のひとつとなっているのだが、4往復のバスはそれを埋める役割も果たす。JRのきっぷを持っていれば乗車可能で、もちろん青春18きっぷでも乗ることができる

例えば私が到着したのは13時20分だが、現在の時刻表だと80分の待機を強いられるが、実際に乗車したバスは13時57分と約40分の待機で済むので1本早い新幹線に乗車することが可能となる

ただ、ここで素朴な疑問となるのは「わざわざバスで増便しなくても列車を増発すれば良いのでは?」ということ。1日4往復を増やすだけなら、列車で対応できそうなものだが、大糸北線では複数の駅で交換設備を撤去した結果、途中駅で列車のすれ違いができるのは、途中の7駅で根知駅のみという現状があって増発ができない。よってバスによる増便となったわけだが、ここでもうひとつの疑問が生じる。今後、列車の増発ができないことが分かっていてバス増便をするのはなぜ?ということだ

ここで最初の写真に戻ると「実証運行」という文字が見える。つまりはニーズを把握してみようというのが狙いとなっている。バス増便は2019年に次いで2回目となるが、その間にJR西日本は利用者が少ない大糸北線の存廃論議をしたいと表明していて2019年は10~12月の3カ月だけの実施だったのに対し、今回は10カ月もの長丁場。この間の数字を根拠に何らかの意思表明をするのではないかとも言われている。ちなみに費用総額は約1億2500万円で、国の補助金約5900万円を活用。JR西日本が3300万円を負担。沿線自治体も負担した

要はバス転換に向けた動きのひとつで、もっと言うと、この区間に公共交通機関が必要なのかどうか、バス転換した場合にJRがどのぐらい関わるのかを見定める場ともなっているとも感じることができる

増便バスの停留所は駅舎を出た所にある。JR西日本の文字とロゴが分かりやすい。コタツもあって冬場も過ごしやすく、夏場はエアコンが快適な待合室でしばらく休憩した後、バスを待つ

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