JR東日本

不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~あと一年半 また来ます

※訪問は2025年7月10日

5分間停車の奥津軽いまべつ

三厩駅から海へと伸びる坂道をワゴン車のわんタクが駆け上がってきた。蟹田方面へと戻ろう

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津軽二股駅2019年

わんタクは奥津軽いまべつで約5分間のお手洗い休憩をとる。代行バスは基本的に休憩時間はないが、乗車していた感覚だと、その旨を伝えれば少し待ってくれそうではある。三厩駅や今別駅にもお手洗いはあるが、バスの停留所から簡単に行けて複数の利用でも問題ないのは新幹線駅でもある当駅だ

ただ代行バスについては基本的な考えとしては、ここは津軽線の津軽二股駅。渡り廊下のようになっている駐車場を横切ると道の駅があって、そこが津軽二股駅だが、5分間で行って戻ってくるにはダッシュが必要なので体力に自信のある方でないとおすすめしない

ここ津軽二股から青森までは北海道新幹線と津軽線が並行して走る区間(正確には新幹線の駅は新青森)となるが、整備新幹線である北海道新幹線と津軽線は並行して走っているのに、なぜ並行在来線の扱いを受けていないのかと思う方もいるかもしれない。整備新幹線の基本的な考えだと、この区間は三セク転換されることになり、現に北海道側は木古内~五稜郭の江差線が道南いさりび鉄道に転換されている

これは新幹線がJR北海道、津軽線がJR東日本と別会社だからで、両線はそのままの形で存続することになった。その分、奥津軽いまべつと津軽二股は近くにある駅というだけで、乗継ぎや連絡はほとんど考慮されていなかった。私は前記事でも記したように2019年にここ奥津軽いまべつを訪れ、北海道新幹線開業前の津軽今別駅時代にも訪問している

北海道新幹線の開業前は函館から特急「白鳥」で当駅を訪れ津軽今別で下車。津軽二股駅まで降りて津軽線で青森駅へと向かった

2019年は仙台から東北新幹線に乗り、奥津軽いまべつで下車。津軽二股から三厩へと向かったのは前記事で記した通りだが、その後は再び津軽二股まで戻り、青春18きっぷオプション券を利用して木古内から函館へと向かった

これがその時の写真だが、ビルのような奥津軽いまべつ駅。階段でチャレンジしようとすると115段の案内があり「三江線の宇都井駅と同じだ」と思った記憶がある。もちろんエレベーターを利用したけど。とにかく待ち時間が長く、道の駅で食事をしても時間が余り、奥津軽いまべつ駅の待合室で延々とテレビを見たことも覚えている。エアコン完備で快適だった

津軽二股で下車し、青森行きの列車を見送った時の動画がこちら

この時は3年後の大雨被害は考えもしておらず、軽い気持ちで撮ったため、ハンパなものにしかなっていないが、貴重な動画になってしまった

先を遠慮したわけ

お昼前に蟹田へと戻ってきた。朝の7時とは違って駅員さんのいる時間帯となっていた

今回の旅はここまで。津軽線の廃線予定区間には7つの駅がある。わんタクはまだまだ運行がある。今回訪れたのは3駅。津軽二股は以前も訪問しているので残り3駅。頑張れば、この後もすべて回収できそうだが、ここまでにしておいた。代行バスなら何も考えずにバンバン乗り降りするが、地域の貴重な足でもあるわんタクを、鉄オタがフリーきっぷを利用してタダ乗りするのもどうかと思ったからだ

蟹田以北の津軽線廃線後のJRの関わり方は、まだ確定していないが、現時点では完全にバス転換した後も何らかの形で運行には関与することになっているようだ。日田彦山線BRTの項でも触れたが、ここが最も大切な部分だと思う

おそらく来年の夏にも北海道&東日本パスを使用する。その時は残る3駅も必ず訪問したいと思っている

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~最果ての管理駅の現在

※訪問は2025年7月10日

中小国駅から約1時間

三厩駅へと到着。中小国駅からわんタクで約1時間の道程だった

駅前では朝の7時すぎに蟹田から今別まで乗車した代行バスが「休憩中」。このバスは8時2分に当駅に到着し、同7分に三厩体育館まで行って終着となる。ここまで戻って待機なのだろう。17時40分に三厩体育館を出て当駅経由で蟹田に向かうので長い休憩である

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聖徳太子がいなければ

三厩駅は平成の大合併まで存在した三厩村に基づく。「厩」とは、なかなか難しい文字だが、馬小屋で生を受けたという聖徳太子の「厩戸皇子」という名前を学校で習った方なら、触れた経験のある文字だ(ただし書け、と言われても書けないが)

村の名前も馬に基づく。当地には平泉で亡くなったとされる源義経が当地で3頭の馬を得て北海道へと逃げたという伝説があり、地名となった

当駅は今別町から外ヶ浜町に入ってすぐ(外ヶ浜町は飛び地となっているので、正確には1度外ヶ浜町から出て再び入る形となる)の場所にあるが、観光案内図でも義経ゆかりの場所が記され、義経が北海道に渡った伝説についても解説がある

かつては有人駅

三厩駅は1958年(昭和33)の開業。蟹田から延伸された終着駅となった

代行バスが三厩体育館まで行くのは、その付近が三厩の中心部だからだと思われる。駅自体は海から徒歩で10分ほどの高台にある

三厩駅が有名となった理由のひとつとして有人駅だったことが挙げられる。信号システムが遅れたおかげで、1日5本しかやって来ない駅にもかかわらず駅員さんがいたばかりか、今別、津軽浜名の3駅を管理し駅長もいた。映像や写真で積雪の中、駅業務に従事する職員の様子が紹介されていた

2019年に無人駅となったが、有人駅だった面影はまだ残る

龍飛埼への観光拠点としての役割も担い、駅舎内のこのイラストも駅が紹介される度に登場していた

ホームへと入る。錆びたレールはこの先で終わっている。以前と大きく様変わりしたのは、この部分で後述する

ホームとレールは今別駅と同じ光景。ずっと島式ホームだったが、2019年の無人化の際に片方だけの使用となった。ここに列車が来ることはもうない

2019年の思い出

三厩駅に来るのは6年ぶり。前回は2019年の8月終わりだった

この日のことは今もよく覚えていて、前夜は仙台に宿泊。仙台から東北新幹線で奥津軽いまべつで下車して津軽二股から津軽線に乗車。三厩駅へと赴いた。津軽二股から青春18きっぷを利用することにしたので、津軽線の車掌さんにサインをもらった。三厩駅は訪問の2カ月前に無人化されていたためで、2度とできない思い出となった

車内は18きっぱー専用列車のようになっていてホームは同業者(鉄道ファン)であふれていた

使い古されたサボが印象的

現在の錆びたレールと行き止まりの草むらを前掲したが、この時はポイントがあり、その先にスノーシェッドに守られた車庫が残っていた。無人化に伴い、ポイントも車庫もこの後撤去されることになる

駅でずっと一人

この時は、列車がすぐ折り返すということで滞在時間わずかで同業者とともにゾロゾロと再び列車に乗り込み青森方面へと戻ったが、今日は30分ほど時間がある。ただ6年前と決定的に異なるのは、当時は人であふれていた駅が、今回はやって来たのも1人、駅から出発したのも1人だったということ。つまり私がこの日、この時間帯にたまたま訪問しなければ、誰も来る人はいなかったということになる。「たまたま来た私1人だけ」のフレーズは過去何度も書いてきたが、鉄道ファンにも人気だったこの地で同じ体験をするとは思ってもいなかった

ホームから駅舎を眺める。宿泊もあった大きな駅舎だ

駅舎内の手作り観光新聞そして

駅ノート。訪問時は私1人だったが、間隔を空けずに次々と書き込みがある。駅を訪れた人の熱い思いが伝わってくる内容だった

お手洗いを借りた時に繰り返し書かれている「マムシ注意」の文字が気になって、草むら部分に入ることはできなかったが、前回がわずかな滞在で終わっただけに充実の時間だった

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~わんタクでの各駅訪問

※訪問は2025年7月10日

代行バスを昼間に補完

中小国駅の代行バス停留所。今別駅でも紹介したが、代行バスに加え「わんタク」の時刻表がある。ここから三厩駅へと向かうのだが、ここからは、そのわんタクを利用する。時刻表で分かるように現状では朝夕しかない代行バスを昼間に補完する形となっている

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路線バスと同じだが予約がおすすめ

わんタクは蟹田駅と龍飛埼灯台を結んでいる。代行バスは津軽線の代行なので三厩までしか行かない(正式には三厩のひとつ先の三厩体育館まで)が、こちらは観光名所の灯台まで運んでくれる。鉄オタ視点からだと青函トンネル記念館も通る。料金は1回の乗車につき500円だが、三厩までならJRのきっぷや定期券を持っていれば乗車できる。もちろん青春18きっぷや今回私が利用した北海道&東日本パスも有効。三厩までのJRの乗車券を所持しているが、その先は持っていない場合は追加料金300円

注意すべきは「定時便」「フリー便」の2種類があること。前者は写真にある時刻表通りに運行される1日4往復で、いわば路線バス。そして後者は、いわゆるデマンド型。パンフレット等では観光でも利用できると記されているので地元住民でなくても利用できそうだが、そちらについては最初から調べてもないので前者に絞って説明する

定時便は路線バスと同じなので停留所で待っていれば乗せてくれる。ただ運行はワゴン車なので時期や季節によっては乗り切れないこともあるので、その点は留意する必要がある

私も過去、各地のコミュニティに随分乗車し、ワゴン車タイプもかなり乗ったが、満員で乗り切れなかった記憶はない。ただわんタクについては龍飛埼という有数の観光地に向かうため混み合うこともあるため、事前予約がおすすめだ。わんタクのHPに予約用の電話番号とWEB予約ページがあるため、こちらが便利。私はWEB予約を行った(ただし電話予約は当日も可能だがWEB予約は前日まで)。予約が多い場合は追加のバスを用意してくれる

予約作業は極めて簡単だ。私の訪問時はどの車両もすいていて結果的には停留所で待っていても乗れたが、現地で聞いた話だと予約が多くて現実に追加のワゴンが用意されることもあるそうなので予約を推奨したい

そもそも予約しておけば、確実に乗れる。私は体験したことがないが、地方のバス路線では、いつも同じ人ばかりが乗っているので一見さんが停留所に立っていてもスルーされてしまうこともあるとか。また、この中小国駅は道路の片側にしか停留所の立っていない、これもよくある不安なパターンだが、予約しておけば停留所にいても向かいにいても運転手さんの方で探してくれる

片側しかない停留所の場合、平素は停留所の向かいに立って「お~い」と手を振るのだが、この日ばかりは停留所に立っていた。やって来たバスは向かいで停まってくれた。あとは乗車時に名前を告げれば良い。すでにきっぷを持っている場合は、そのむねを告げ、ない場合は降車時に支払う。交通ICも利用可能

停留所が多い分、他の利用も

わんタクはルート上では、どこでも乗降可能となっている。乗車については予約が必要だが、降車については運転手さんが分かるように伝えれば大丈夫。私が乗車した時のこと。これはフリー降車ではなく一般の停留所だったが、降車ボタンが押された際は気にもとめていなかったが、降車したのは明らかな同業者(鉄道ファン)。目的は明白で、おそらく新中小国信号場を見に行ったのだろう

徒歩だと20分。わんタクで降りると、ほぼ目の前である(代行バスの停留所にもなっている)。なるほど、と感心してしまった

またわんタクは代行バスに比べて停留所の数が若干多いが、私が興味を持ったのは

車窓から見えた青函トンネル入口広場。文字通り青函トンネルの入口が眺められる場所となっていて、出入りする新幹線や貨物列車を見ていられる子どもにも人気のスポットだという

2027年の津軽線廃線後の代行バスやわんタクの形やJRとの関係性はまだ未定だが、少なくともそれまでならフリーきっぷで乗ることができるので、代行バスと合わせてぜひ利用したいアイテムである

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~レールはピカピカそれでも旅客列車は来ない

※訪問は2025年7月10日

ワゴン車の代行バスで

今別駅前の代行バス&わんタクの停留所。わんタクについては後ほど触れるとして、私が今から乗車するのは代行バスの2便。8時13分発である。時刻表に記されているのは主にJRの駅だが、実際は他の停留所があるため、もっと細かく停まる

代行バスがやって来た。蟹田から今別までは大型バスだったが、この便はワゴン車。ただし2台での運行である

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農地の中にたたずむ駅

約30分で中小国駅に到着。幹線である県道から少し奥まった場所にある。バスの停留所は県道上にあるため少しだけ歩く。正面奥に踏切が見える。その左手の黄色い建物が駅の施設だろう

踏切手前の左側に駅があるが、1度渡ってみる。ここから先は農業用の道路らしく狭くなっていて、私がいる間も軽トラックの出入りを見かけた

振り返ると単式ホームの棒状駅が見えた。県道近くには多くの民家があるが、駅そのものは農地の中にポツンとたたずんでいる

JR東日本、JR北海道両社の駅

中小国駅の開業は1958年(昭和33)。前記事で紹介した今別駅と同じく、津軽線が蟹田~三厩で延伸、全線開業となった際に設置された。当初から現在の姿。周辺も当時から何があったというわけではないが、青函トンネルの開通によって鉄道ファンなら知らない人はいないほど有名な駅となった

青函トンネルを経て青森県へと入ってきた海峡線は、中小国駅の少し北側にある新中小国信号場で津軽線と合流する。信号場はJR北海道の管轄だが、そこに駅はないため信号場と中小国駅の間は津軽線と海峡線の重複区間とし、津軽線の起点駅を中小国駅とした。つまり中小国駅はJR東日本とJR北海道の共同使用駅となっている。共同使用駅や境界駅というと立派なターミナル駅を想像しがちだが、中小国駅については全く異なる。というのは中小国駅には北海道新幹線の開業以前からJR北海道の列車が停車することは一度もなく、停車はお隣の蟹田駅。蟹田駅の記事でも記したが乗務員の交代も蟹田で行われていた

ただそんな帳簿上の起点駅、共同使用駅だからこそ鉄道ファンは注目する。「中小国」は読めそうで読めない意外な難読駅だが、読めない鉄オタはまずいない。津軽線内では三厩、津軽二股と並ぶ青春18きっぷによる「必訪問駅」となっていた

ホームへはスロープで出入りする。雑草はきれいに刈り取られている

ホーム上に待合所があり、奥に部屋がある

当駅にも室内には時刻表がそのままだ

蟹田から新中小国信号場までは電化区間だが、電化は海峡線用のため当駅に停車するのは気動車のみだった

今別駅と中小国駅はともに旅客列車はやって来ない。ただレールはピカピカの「現役」であることが決定的に異なる。今も本州と北海道を結ぶ貨物列車が定期的に走るためだ。蟹田~当駅にかけては線路も生きているため、津軽線も当駅まで運行することは可能だが、利用者数からも、わざわざ折り返し設備を設ける必要はないと判断され、JR東日本は2027年春での廃駅を決めた。貨物列車の運行は続くため、あくまで帳簿上だが、津軽線は新中小国信号場が「終点」となる。JR北海道については正式な意思表明はないが、JR東日本を受けて信号場が「起点」になるのではないかと言われている

一度も旅客列車が停まらなかった起点駅。今はピカピカのレールで終焉の時を待っている

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~急速に自然に還る様子を目の当たりに

※訪問は2025年7月10日

何度も確認を繰り返し

津軽線の代行バスはすでに駅前に待機していた。後で分かったことだが、この大きなバスは利用者の多い時間帯仕様だ。青森から乗車して蟹田に到着したのが6時58分。代行バスの出発が7時8分なので接続時間は10分しかない。写真を撮っているうちに、すぐ出発の時間がやってくるので余裕はなかった。このバスは6時4分に三厩駅を出て蟹田駅に6時58分に到着する。つまりバスの到着時の様子を私は見られていない。蟹田駅から電車に乗ろうとするお客さん、特に高校生の数を見ると、このバスで蟹田駅まで向かう利用者はそれなりにいると思われる。ただ私が乗車したのは、時間帯的には逆向きなので乗客は私を含め5人だった

乗車時に北海道&東日本パスを提示しすると降車場所を尋ねられる。「今別駅」と答えると「奥津軽いまべつ?」「いや今別です」「新幹線の駅ではなくて?」「いや、単に今別。奥津軽いまべつではありません」という確認と念押しのやりとりがあって出発。それは無理のないことで、朝の7時の代行バスというのはお客さんもなじみの顔が多いだろうから、見たことのない旅人らしき人間に行先を今別と言われても運転手さんが疑問に感じるのは当然だ

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改修工事を終えたばかり

代行バスは北へと向かう。車で津軽半島を走ったことはないため、車窓には興味津々だ。途中、中小国信号所の付近を通る。道路から少し離れていて間近で様子を見るわけにはいかないが、架線の規模で雰囲気は分かる。新幹線駅の奥津軽いまべつ(在来線の津軽二股でもある)も過ぎて約40分。あっという間に今別駅に到着した

駅前から去っていくバスを見送る。車窓で分かったが、駅近くに来ると街に入る。このあたりが今別町の中心地なのだろう

振り返ると

今別駅の駅舎。まだ朝のム8時前だが、駅周辺からは家に出入りする人の姿と声がする。少なくとも農地の真ん中にある駅ではない。もっとも「駅の利用者」は私だけだが

駅舎に入ると、中はきれいにされている。イスの座布団が北国らしい。よく見るとエアコン完備だ。まだ朝の8時前で、この日はそれほど暑くはなかったため、冷房の出番ではなかったが、冬場も北国でよく見かけるストーブとは異なり、エアコンを使用するのだろう。駅舎は2017年に改修されたばかり

当時すでに無人化されていたので駅舎そのものの管理は町が行っていると思われる

駅舎内には豪雨被害以前からの時刻表が設置されている。あくまでも休止扱いなので、そのままなのだろう。鉄道が動いていないことを知らずにこの駅にやって来る人は、まずいないのもある

こちらはホームに向かう待合部分。奥にはきれいなお手洗いがある。ホームへ行こうとしたらドアは施錠されていて焦ったが、駅舎の外から入れるようになっていた

表現する言葉が見当たらない

スロープからホームに入る方式の単式ホーム。開業は1958年(昭和33)で蟹田~三厩が開業した際に設置された

ホームに出ると、そこにあるのは錆びたレールと、そこに覆いかぶさんばかりに成長している草木。ホームの雑草は定期的に刈り取られているようだが、そのコントラストが大きすぎる

同じ角度を駅舎寄りから。「51」と記されたキロポストが印象的だ

開業時は島式ホームですれ違いのできる構造だった面影が残る

こちらは逆方向。正式には、まだ現役の線路だが草むらの中に埋もれていく錆びたレールに現役感はない

こちらはホーム側から見た駅舎

駅舎の表側と駅舎内とは異なり、使用されることのなくなったホーム側は、どちらかというと放置状態だ

冬場は雪に覆われる駅周辺。それだからこそ、夏になると、ここぞとばかりに草木は急成長するのか。自然に還る速度を痛感した訪問だった

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~代行バス1日3本に一瞬驚く

※訪問は2025年7月10日

旧蟹田町の代表駅

あらためて蟹田駅(写真は12時前のもの)

旧蟹田町の代表駅で平成の大合併で外ヶ浜町となった

こちらは駅前の案内図。外ヶ浜町は今別町を挟んで三厩地区が飛び地となっている。津軽半島は他にも五所川原市、中泊町と平成の大合併で3つの自治体が飛び地になった。外ヶ浜町の町役場は旧蟹田町役場。津軽線では唯一の特急停車駅となった蟹田駅が中心駅となったのは自然な流れだった

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時の流れを感じる

後から出てくるが、津軽線に乗車したのは2019年が最後。その時は蟹田駅には降り立っていない。蟹田駅で降りたのは、まだ特急「白鳥」が走っていたころ。つまり北海道新幹線の開業前で、その時は今はなき津軽今別駅(現在は奥津軽いまべつという新幹線の駅になっている)で降りて津軽二股駅との乗り換えを楽しんだ。蟹田まで行けば特急が1時間に1本やって来るので青森までのアクセスは容易だった

現在の駅舎は東北新幹線が新青森まで延伸された2010年にリニューアルされたもの。まだ海峡線からの特急があった時代で、JR北海道によって函館から運行されてきた特急は当駅でJR東日本の乗務員への交代を行っていた

そのころは管理駅で、現在もみどりの窓口が残るが、窓口の開いている時間は限られる業務委託駅となっている

真新しい駅舎内は今もあまり変わらないが

時刻表からは優等列車が消え、三厩方面については運休中の案内とともに時刻表が隠されている。時の流れを感じる。朝夕にいくつかの運行があり、昼間は運行本数が少なくなる典型的なローカル線のダイヤだ。ちなみに隠されている三厩方面については鉄道時代は1日5往復という超閑散路線だった

三厩方面に線路が伸びるが、ここから先は列車では行けない。正確に言うと、列車は先にも進むが、それはすべて貨物列車で、旅客列車の運行が行われることはもうない。いろいろな意味で時の流れを感じる

それでも朝の蟹田駅はにぎわいを見せる。私が乗車してきた電車は折り返し7時9分発の青森行きとなるため、駅には家族に送ってもらった高校生がひっきりなしにやってくる

これはローカル線ではなく山陽本線のような幹線でも地方に行けば、おなじみの光景だ

代行バスで先に行きたいが

さて私の本来の目的はここからだ

運休中の蟹田~三厩については代行バスが運行されているが、最初に運行本数を見てがく然とした。何と1日3往復しかないのだ(日によっては下りが2本増える)。もともと1日5往復という路線だったので、そう多くはないと予想していたが、調べてビックリ。しかも運行は朝と夕方にあるだけ。蟹田からだと7時7分が始発で、次は16時20分までない。これでは訪問も何もないではないか

一瞬あきらめかけたが、さらに調べると

乗合タクシーの「わんタク」というものがある。一見デマンドの地元住民向け乗合タクシーに思えるが、定時便とそうでないものがあり、定時便については路線バスとほぼ同じ扱いのようだ

代行バスの空白時間帯を埋めるように運行されていて、こちらはJRのきっぷも有効。青春18きっぷや今回の北海道&東日本パスでも乗れるようだ。これでかなり安心。というか計画は随分立てやすくなった

ということで始発電車と連絡している代行バスで蟹田を出発である

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不通区間の津軽線28・8キロを訪ねる~早朝の青森から蟹田へ

※訪問は2025年7月10日

北海道&東日本パスでの青森から

7月10日のまだ朝6時前

まだ人もまばらな青森駅。昨年も東京からてくてく普通を乗り継いで青森までやって来たが、今年もそれとほぼ同じ行動をとっている。7月8日の早朝に東京を出て一ノ関、青森で宿泊した。今回は昨年とは異なり、ここ青森から津軽線に乗車する

巨大ターミナル駅だった青森は、もちろん今も県庁所在地青森の代表駅で要衝駅のひとつだが、新幹線が新青森発着となったことや青函連絡船の終焉、東北本線の三セク転換で優等列車が行き交う駅ではなくなっている。新たな駅ビルが建てられ、駅舎そのものは華やかになったが、改札は随分こじんまりとなった

これから6時16分発と表示された津軽線に乗車する

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ローカル線から幹線扱い再びローカル線へ

有名路線ではあるが、簡単に概略に触れておこう

津軽線は青森駅から津軽半島を北上し三厩へと至る55・8キロの路線。戦前から計画はあったが、実際に工事が始まったのは戦後になってから。1951年(昭和26)に蟹田までが開業。7年後の1958年に三厩まで全線開業した

しばらくは難読で難漢字の三厩の最果て感が鉄道ファンに愛されるローカル線だったが、事態が一変したのが青函トンネルの開通。トンネルを走り北海道と結ぶ海峡線の列車が津軽線を通ることになり、急激に脚光を浴びることとなった。1988年のこと。青森から海峡線の分岐となる中小国までが電化され、優等列車や貨物列車が行き交う華やかな路線となった。ただ海峡線の列車が来ない中小国~三厩は非電化のまま。分岐となる中小国には海峡線の列車は停車しないので、現実的には青森~蟹田に電車が入り、蟹田以北が非電化という形になり、蟹田は距離的にも青森から27キロと津軽線のちょうど真ん中あたりに位置するため、特急停車駅にもなって華やかさが増した蟹田を挟んで幹線扱いの区間と昔ながらのローカル線が共存する路線となった

だが転機は再びやって来る。2016年に北海道新幹線が開業すると青函トンネルを走る旅客列車は新幹線のみとなり、津軽線は貨物列車こそ走るものの、再び優等列車の走らないローカル線へと戻った。そして2022年8月に豪雨被害が発生。大きな被害を受けた非電化区間は、以降鉄道としての運行ができないまま今日に至る。現在は休止扱いだが、2027年春をもって鉄道としての津軽線は終わることになっている

今回は、休止区間28・8キロの駅訪問である

蟹田まで約40分

青森駅の駅名標はJR東日本ではおなじみの分岐型。油川に向かうのが津軽線だが、利用は新幹線の駅でもある新青森へと向かう奥羽本線が圧倒的に多いのは自明

側線に留置されている特急やリゾート列車に混じってホームのある線路の奥にこれから乗車する津軽線の始発電車で停車している

蟹田行きは、北東北ではおなじみの701型の2両編成

車内はこんな様子。結果的に私を含め5人の旅客で出発した

夏の穏やかな陸奥湾に沿って走る電車は

約40分で終着駅の蟹田に到着である

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旅客向け開業から10年経たずに廃駅が決まった駅を訪ねる(後編)

※訪問は2025年3月11日

楽勝かと思いきや、ちょっと待って!

土崎駅から秋田港駅へと歩いていく

消防署が見えてきた。駅前の周辺案内図にあった通り。ここをまで来ると貨物線の線路にぶつかり、そのまま秋田港駅へ到達するはずだ

念のため、駅前でグーグル先生の指南ももらっている

実際に自分が歩いているコースとは違うが、曲がる場所が異なるだけで、ほぼ同じ。駅員さんは20分ちょっと言っていたが、16分の表示なら早めに歩けばもう少し速い。膝が痛いので少し安心した

線路沿いを進んでいく。これで大丈夫と思いきや、ちょっと違うぞ、と思い始めたのは、その直後だ

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そのコースは無理です

遠くに建物が見える。まさかあれか? ちょっと遠くないか? ともう1度地図をよく見直すと衝撃の事実。最後に徒歩コースが薄い点線になっている。この表示はグーグル先生も自信なさげなことによく出てくるが、地図を拡大していただきたい。なんと複数の線路を横切る形となっているのだ。やはりそう簡単には着かないのだ

ということで

駅員さんが言っていたホテルに到着。線路は右手あたりで、いくつも終わっている

すでに使用されなくなったいくつもの車止めを眺めていく。先ほど遠くに見えた建物も近い。進んでいくと

急に目の前が広がって目指す秋田港駅に到着。何度も立ち止まったので駅を出てから30分近くかかっていた

真新しい駅舎や施設

訪問日はクルーズ列車の運行日ではなかったので敷地内には入れない。しっかりと柵が設けられているが、真新しい建物だということは一目瞭然。2017年に駅舎と4両分のホームを設置したばかりなので、新しいはずだ

駅舎からホームまでは屋根が付けられていて利用者への配慮がある。終点のような頭端駅に「ようこそ秋田へ」との看板があるのは、クルーズ船で秋田港へ寄港した人が最初に利用する駅が当駅だからだ

もちろん駅名標も新しい。サムネの写真は、こちらを拡大したもの。これらの施設があと1年も経たずに役目を終えるのは信じられないことだ

最初に見えた建物ギリギリまで近づいてみた。周辺には利用者がいなくなった貨物線がまだ何本も残っていて寂寥感が漂う

バスの本数は少ない

この後はせっかくなので秋田のランドマークタワーでもあるポートタワーセリオンへ

こちらは道の駅にもなっていてもちろん食事もできる。周辺にも飲食店やコンビニがあるので時間つぶしには困らない

海鮮丼をいただく

前日に続いて穏やかな日だった

古典的なうどんの自販機が設置されている

金足農業の吉田輝星投手の日ハム仮契約会見はここで行われた

当地へのアクセスは秋田駅からの路線バスがあるが、午前中の運行が多く、午後の本数は多くはない。週末はさらに少ないようだ。私は膝の痛みから、ここで1時間以上過ごしてバスに乗ったが、時刻表だと所要時間25分のバスが30分以上かかった。奥羽本線だと昼間でも1時間に1、2本の運行がある上、秋田までは10分。土崎駅からの徒歩がおすすめだ

ちなみに訪問して分かったことだが、秋田港駅の前には商業施設があり、ローソンが入居している。他図アプリで検索するならローソンを目印にするのがおすすめ

幻の列車、幻の駅たるゆえん

やって来たバスで当地を後に

まだしばらく現役の秋田港駅。当駅と秋田駅を結ぶクルーズ列車の運行についてはJR東日本のHPで発表されている。船に合わせて1日3往復。午前中に秋田駅へと向かい、午後に当駅へと戻るダイヤで車両は充電式気動車が充てられていねようだ。秋田までの所要時間は17分。間の悪いことにこの記事を書いている7月3日が運行日で、次回は9月22日である

と、ここまでを読んで「では次回に乗車しよう」と思った方もいるかもしれないが、この列車は豪華クルーズ船の利用者しか乗車できない「幻の列車」でもある。乗車にはクルーズ船の利用料金が生じるわけで、かなり高価な列車だということになる

そして、その時にしか開業しない秋田港駅も「幻の駅」である。過去の他の使用例も団体列車などに限られている。最後の日がいつになるかはまだ未発表だが、最初の使用から7年半、施設が設置されてから7年で幕を閉じる幻の駅を外から眺められるのも、あとわずかである

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2028年春の廃線が発表された弘南鉄道大鰐線を雪中行軍~苦難の雪中徒歩をしつつ大鰐線の歴史も

※訪問は2025年3月10日

地図を見て二兎を追うことに

石川駅構内の手製地図。大仏公園への道順が示されている。次の大鰐行きまで1時間、中央弘前行きまで50分の時間がある。大仏公園とは旧石川城跡のこと。石川は地域の要衝で戦国時代まで激しい攻防が繰り広げられた場所。歩いてもすぐなので、たまには城址見学も良いだろうと思っていたのだが、別の地図を見て気が変わった

駅周辺はかつての石川町の中心部であることは前記事でも紹介したが、JRの石川駅があり至近に大鰐線の義塾高校前駅がある。道中コンビニもあることだし、おそらく1時間もかかるまい。弘前学院大前駅~聖愛中高前駅のように近くはないが、ここはJRと大鰐線の2駅回収、つまり二兎を追う作戦を発動してみようということになった。もちろん、ここから本当の雪中行軍になるとは想像すらしていなかったのだが…

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JRと全く並行する地方私鉄

大鰐線は中央弘前と大鰐を結ぶ路線だが、この区間はJRの奥羽本線と全く並行している。私鉄が国鉄(当時)に戦いを挑むように新路線を敷設するのは都会では珍しいことではないが、そもそもの人口が少ない地方では例は少ない。にもかかわらず弘前電気鉄道が新路線を開業させたのは、当初は弘前市を抜けて板柳町まで延伸させる予定だったからだ。三菱電機の支援を受けたことも後押しした。1952年(昭和27)と戦後間もない開業ながら最初から電化されていた。奥羽本線の電化はずっと後のことである

ただ開業後は国鉄や路線バスとの競合もあって苦戦が続く。1970年に弘南鉄道に経営が引き継がれた。弘南鉄道では細かく駅を設けて通学需要に対応、地元からの支援も受けて対抗してきた。現在、奥羽本線の弘前~大鰐温泉は途中に1駅つまり石川駅しかないのに対し大鰐線は12もの駅がある

その貴重な1駅であるJRの石川駅にも行けるのだから、これは徒歩の価値があるというもの

早速、線路と並行する道路を歩き始める。その道中はというと

こうなっている。駅の周辺案内図とは違って旧石川町の中心部を通らずショートカットするルートで、これなら大した距離ではない。ちなみに渡がスマホで開けたのはナビタイム先生で、ナビタイム先生はグーグル先生の地図で山田毘沙門天堂を通るコースを指南してくれた

岩木山とりんご園を見とれた後に…

やがてりんご園と岩木山を望む場所にやって来た。大鰐線には「りんご畑鉄道」の愛称が付けられているが、これは美しい。そして3カ月を経た今は全く異なる景色になっているだろう。この景色を見られただけで、この季節に来て良かったと思った。ただし、そんな気分は間もなく吹っ飛ぶ

前掲の地図を参照していただければ分かるが盛り土となっている奥羽本線の下を抜けてすぐに右折のはず。しかしそこにあった光景はというと

お~い!(号泣)

こりゃ無理だろう。足跡はあるが、私はそのような靴は履いていない。しばしぼう然。今さら駅まで後戻りなんてできないが、盛り土をくぐる前に線路に沿っていると思われる道があったことを思い出す。つまりはグーグル先生イチオシの道だが、その時にグーグル検索をする余裕など全くない。とにかく前進するのみ

ところどころに水たまりがあって私の靴では浸水注意だが、そんなことは言っていられないので、ソロソロ進む。後で写真を見返すと大鰐線唯一の陸橋がJRをオーバークロスする路線の見どころだったようだが、それは後で気付いたことで、そんな余裕はない。だから交点の写真も撮っていない

すると今度は

大きな水たまりが行く手を遮る。まるで陸上競技の水濠だ。しかも道が先で右に折れていて、その向こうがどうなっているのか不安がつのる。ただJRの線路は2本になっていて踏切が見える。駅はすぐそこだろうと、スリップに注意しながら道路の右へりを進み、最後はジャンプ。それなりの重量のリュックを背負っていることもあって、元々具合が良くなかった右膝がイテテとなったが、何とか通過

広い道まで出ることができて先ほど見えた踏切から駅の跨線橋が見えた。ようやくたどり着いた。間に合った

JRの石川駅に到着である。自販機でしばし休憩しよう

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大糸線全40駅訪問最終章~急坂を昇った宿で各駅訪問を振り返ってみる

南小谷駅の改札

※訪問は2024年10月10日

宿まで徒歩の大後悔

白馬八方バスターミナルから宿までは歩いてみることにする

ホテルは「パイプのけむり」さん。グーグル地図を開けると徒歩20分で、まだ時間も早いしのんびり歩くのも悪くない、と最初は思ったのだが肝心なものを見落としていたことに途中で気付いて後悔することになる

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高低差60メートルに気付かず

歩き始めるとホテルや旅館、飲食店が集まっている。今は10月だがスキーの季節になると景色だけでなく人の数も変わるのだろう。途中の案内板で白馬が民宿発祥の地であることを教えられる

スキーコースへのアクセスも考慮するように道路と宿泊施設があることが分かるが、スキーとは無縁だった時代からのものもある。こちらにも諏訪神社があるのだな、と思いながら歩く。白馬駅の標高は697メートル。このあたりは駅より50メートルほど高くなっているが、時間は15時で歩いていると寒さは感じない

と、このあたりから突然急峻な坂道となる

掲載した地図はPCで開けたもので、そちらには分かりやすくバスターミナルとホテルの高低差が60メートルと表示されているが、スマホで開けると目に入るのは距離と時間である

積雪の冬場は車通行の制限もかかるという坂を歩いてきたことに後悔したが、ここまで来るともう遅い。肌寒い気候ながら汗だくでホテルに到着。徒歩で来たことを告げると驚かれたが、とにかく無事にたどり着けた。朝夕バイキングで、この後は外に出る必要はないため風呂に入ってのんびりするした

国鉄区間は閑散路線

大糸線のイメージは福塩線(広島県)に似ている。大糸線は松本~信濃大町を私鉄が敷設した残る区間を国鉄が引き継いだ。福塩線は福山~府中までを私鉄が敷設して府中~塩町は国鉄が建設した。ともに私鉄部分は早くから電化されていた。福塩線については国鉄部分は非電化で、大糸線は信濃大町から南小谷までを国鉄が電化しているが、残る部分は非電化。そしてともに共通するのは国鉄部分は、今は閑散路線ということだ

安曇野、大町、白馬という全国的にも有名な観光地やレジャー拠点を持つ大糸線は、福塩線ほど運行頻度が減るわけではないが、それでも国鉄路線は本数が少ない。これはともに私鉄区間が松本、福山という都市部への通勤通学圏に入っているからだ

JR西日本管轄の非電化部分ばかりが存続について何かとクローズアップされる大糸線だが、信濃大町を境に乗客はグンと減る。さらに白馬から北の3駅(信濃森上、白馬大池、千国)については、ほぼ私の貸切状態だった。レジャー季節の端境期だった側面はあるが、地元住民の利用はあまり感じられなかった

大糸線増便バスにいては春から週末運行と変わったようだが、南小谷~白馬についてはすでに昨年12月からの冬季ダイヤで途中の各駅はすべて通過し、八方バスターミナルのみの停車となっていて、今春からは八方バスターミナルや栂池高原など観光地を回るコースに変わっている。閑散駅というのは鉄オタ的には心躍るものだが、それは線路や駅が現役だからこそであって、なくなってしまっては意味がない

また来ます

ホテルでは夕食、朝食をとり翌朝は8時1分発の南小谷行きに乗車。さすがに駅まではタクシーである。「朝は混むので前日に予約した方がいいですよ」とのホテルのアドバイスで前日のうちに7時半にタクシーを呼んでもらったら、駅まで10分とかからず到着

鉄道ファンに限らず全国的な知名度を誇る白馬駅だが、実は1日の利用者数は500~600人でしかない。国防路線からスタートして観光レジャー型に変化した大糸線。道路事情の向上によるマイカー利用の増加や、北陸新幹線の開業からは、沿線の観光地やスキー場へは長野からのバスという強力なライバルが出現している。ただ雪の3月からスタートした各駅訪問では山々だけでなく仁科三湖の車窓も素晴らしかった。沿線には温泉もある

この後はこちら

全駅訪問と言いながら1駅取りこぼしてしまったが、松本から近いため、それほど苦になる場所ではない。むしろもう一度路線内を行けることが幸運だともいえる。おそらく秋になるだろうが、その日を楽しみにしよう

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