※訪問は2025年10月5日

駅名は大和町から

北濃駅から徐々に南下していく。約30分揺られて最初に降りた駅は郡上大和駅。変わらず雨が降っている。ホームからの雰囲気で分かるが、こちらも木造駅舎が残っている。駅名は所在地の大和町に基づく

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三セク移管で駅名変更

郡上大和駅は1932年(昭和7)の開業。郡上八幡からさらに北へと延伸する課程で当駅まで鉄路が伸びた。1年間は終着駅だったが、その後美濃白鳥まで延伸。さらに1年後には北濃までが開通したので、北濃までは急ピッチで開業していったことが分かる

ただし開業時の駅名は「美濃弥富」。これは当時の弥富村に基づく。弥富村は明治期に4村が合併して誕生した自治体で、それまであった地名ではなく新たに作られた。「さらに富める村になるように」との願いが込められた。駅名に旧国名が付けられたのは、お隣の愛知県に先に弥富駅があったため

弥富村は戦後の1955年(昭和30)に周辺の村と再合併して大和村となった。1985年に大和町となっている。国鉄越美南線が長良川鉄道越美南線となったのは、その翌年のことで路線内のいくつかの駅が実態に応じた駅名に変更されたのと同様、現在の駅名へと変更された。単独の鉄道会社となったのだから、単に「大和駅」にしても良かったのだろうが、日本には大和という地名が各地にあり、神奈川県には小田急と相鉄の大和駅が、茨城県にはJR東日本の大和駅が存在。もっと根本的なことを言うと奈良県は「大和○○駅」だらけである。どこにあるのか分かりやすくするためにも郡上大和にしたのだろう。美濃大和にするのが自然な気もするが、もっとイメージがわきやすいように郡上を冠したと思われる。大和町は郡上郡に所在していた。その後、平成の大合併で郡上市の一部となったので、結果としてはとても分かりやすい駅名となった

現実的に長良川鉄道には「美濃」の付く駅はJRとの乗り換え駅である美濃太田をのぞくと「美濃市」「美濃白鳥」の2駅しかない。いずれも国鉄時代からの駅名で、美濃という国名へのこだわりはあまりないように感じる

かつての急行停車駅

当駅には財産票が残され、開業時のものであることを示している。駅舎にはカフェが入居しているようだが、訪問時は営業していなかった

無人駅だが、窓口の跡はそのまま残されている。国鉄末期まで有人駅だった

駅前には旧大和町の中心部が広がる。当駅の2022年度の利用者数は20人で、実は最果て感の漂う北濃駅の29人よりも少ないが、金融機関の支店もあって駅前の景色はもっと利用者がいてもおかしくはないものだ。このあたりに長良川鉄道の現実を見た気もする

そもそも美濃弥富駅はかつては急行停車駅だった。1962年から3年間だけ、越美南線にも急行が走っていた時代があった。「おくみの」という列車で名古屋から高山本線を走る急行と併結され、美濃太田で分割。北濃へと至っていた。1日1往復で、美濃太田を出ると途中いくつかの駅に停車していたが、美濃弥富にも停車していた。「おくみの」そのものは存続したが、1969年からは越美南線内は普通として運行されるようになり、1982年には列車そのものが消えて名古屋への直通運転はなくなった。実質的に路線内での急行運転は3年間だけで、快速にもならなかったことを考えると、利用は少なかったのだろう

駅構造は2面2線

線路に沿って不自然なアスファルトの空間があるが、どうも貨物ヤード跡のようだ

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