※訪問は2025年10月5日

激しい雨の中

美濃白鳥ではやんでいた雨が北濃に到着した途端に激しくなってきた。だが雨宿りをしている余裕はない。「鉄オタ北濃駅ツアー一行」は、15分という与えられた時間をフルに活用すべく、各所にちらばって思い思いの行動をとるのである

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よくぞここまで

北濃駅といえば転車台だろう。登録有形文化財となっている

雨の中でも説明板を撮ったが、写りが悪いので2021年11月10日に訪問した時のものを掲載する。明治期に岐阜駅に設置されたものが、越美南線が当駅まで到達した1934年に移設されたものらしい

ついでにその時に撮った転車台の好天バージョンも

前述したように北濃駅は1934年の開業。前年に美濃白鳥まで到達した越美南線が6キロ延伸されてここまでやって来た。北濃とは当時の北濃村に基づく。美濃の北にあることで明治時代に名付けられた北濃村は1956年に白鳥町となり、平成の大合併で郡上市となった

全くもって鉄オタ的な観点だが、越美南線が美濃白鳥まででなく、ここ北濃まで到達した意義は大きい。美濃白鳥で終わっていれば、駅に行けば分かるが、それなりに大きな街が終着駅となったという、さもありなんの感覚で終わってしまっただろう。山中にポツンと置かれ、なおかつ唐突に線路が終わっているところに旅情を感じる。それは名松線の終点伊勢奥津駅でも感じることだし、山中ではないが、かつて日高本線の終点だった様似駅で降りた時も同じことを感じた

ただ、この区間が営業面の足かせとなっていることは事実で、2022年度の1日あたりの利用者数は29人。青春18などのJRのフリーきっぷはもちろん使用できないわけで、この後の記事でも紹介するが、ここまでやって来る人はかなり高価なフリーきっぶを利用する以外は実費で乗車するしかない。フリーきっぷの利用者は駅や鉄道利用者にはカウントされないことになっているが(カウントされれば芸備線の利用者数は全く異なるものになっているはず)、その意味では29人という数字は実態に近いものだとも言える。もっとも29人という数字は全38駅中で21位と、そう低くはないことが長良川鉄道の厳しさを表すものともなっている

細かい部分にも配慮が

レールの先を見る。ここから先に伸びるはずだった線路は唐突に終わっている。越美南線と越美北線は工期がかなりずれていて、越美南線が1934年に当地まで来たのに対し、越美北線の開業は戦後の1960年。結果的に終着駅となった九頭竜湖駅まで到達したのは1972年。だが南線も北線も工事すら行われることはなかった

この1970年代という時代、昭和40年代と置き換えてもいいが、国鉄の赤字路線が次々と姿を消す一方で、開業して採算がとれるのかという路線の工事が続けられた今にして思うと不思議な時代だった。乗車すれば分かるが、越美北線の末端区間は鉄建公団による連続トンネルでの直線区間となっている。それでも南線と北線を結ぶ工事が行われなかったのは、県境の人口の少ない部分と、それに伴う建設費、何より冬季の維持費が勘案されたからだろう

ホームから駅舎に入る際のお出迎え。ご覧の通り、本来ならもっと気になる看板よりも出迎えてくれたのは猛烈な雨だった

こちらは駅舎内部と改札口。もちろん無人駅

駅のデータもあって、なかなか技が細かい

駅前を長良川が流れる。長良川の源流まではもう間もなくの所だ。越美南線は長良川の源流方面に行くのではなく、地図をたどっていただければ分かるが、県道314号をなぞるように石徹白(いとしろ)へと向かい、県境を抜けることとなっていた。道路だけでも、かなりのクネクネ道。冬場の豪雪を鑑みた上で、ここに鉄路を通すのは、なかなか二の足を踏みそうだ

駅舎にはレストランが入居していて、こちらはバリバリの現役店。テレビなどでも取り上げられている

持ち時間の15分はあっという間。鉄オタツアー一行はそそくさと列車に戻る。私も乗り遅れないよう後につく。特徴ある終着駅は全国に数あるが、北濃駅の到達難易度はそう高くはない。また来たいと思わせてくれる駅である

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