宝珠山駅

私的に最後の「JR路線」に乗車する~思いつきで隣駅へ行ってみた手段はもちろん

※訪問は2025年5月27日

県境付近で立ち止まる

宝珠山駅前の橋を渡り国道を右に行くと福井神社があり、すぐ県境となる

そこには石碑があり丁寧な解説がある

とても分かりやすい解説で筑前の国境が川でなかったため、トラブルを避けるべく江戸時代に黒田氏がそれを示す石碑を建てたというもの。現在もそのまま県境となっている

もちろん現代の道路上にも「ここから大分県」の標識がある

振り返ると当然ながら「ここから福岡県」の標識。先に見える橋を渡った所に宝珠山駅の駅舎がある

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予定ではこれで終了だが

私が予定していた日田彦山線BRTの旅はこれで終わりである。完乗もした、彦山駅と宝珠山駅も行った。本日は日田に宿をとっていて、せっかくの旅名人きっぷである。翌日は久留米まで出て西鉄を堪能しつつ博多へと向かうつもりだ

ただ県境までやってきて、ふと思いついたことがある

「大鶴駅まではすぐじゃないの?」

ここまで宝珠山~夜明をBRTで1往復している。車窓の風景も眺めたが、宝珠山駅とお隣の大鶴駅はそれほど離れていない。しかも山中にありながら比較的平坦なコースのようだ。しかもやや下り。念のために調べてみると

1・6キロで徒歩22分というグーグル先生の指南。この区間は鉄道時代から国道と線路が近い場所を走っているので線路での距離も1・6キロとあまり変わらない

実はこの大鶴駅については駅があった場所に停留所はなく、少し離れた国道上に停留所が設けられ、バスの車窓で目を凝らすと、まだ健在な駅舎が道路の奥にチラ見えする。もちろんバスが進むと一瞬で視界から消えてしまうのだが、このチラ見えというのが何ともそそるというか、じっくり眺めたくなる欲求が出てくるものだ

前記事で紹介した通り、14時36分に添田行きで宝珠山に降り立った私は15時28分発の折り返しとなる日田行きに乗車するつもり。時間は14時50分になっているが、駅からは5分ほど歩いたので指南通りだと現在地からは残り20分を切っているだろう。これだと十分間に合いそうだ。ここは徒歩の一手だと歩き始める

歩いたおかげで見られたもの

何やら不安にさせる標識があるが、私のコースには関係ないようだ。のどかではあるが、しっかりした歩道がある道路を歩く。ただ弘南鉄道大鰐線の項でも同じような書いたが、車はビュンビュン走るが人は全く歩いていないのは青森県でも遠く離れた大分県でも共通である

途中、近道のようなコースを行くと、そこで予期せぬものに出会った

日田彦山線の線路跡。「JR九州」と書いてあるので分かりやすい。先に鉄路があって後から道路ができたので道路が鉄道をオーバーパスする形にしたのだろう

その向かいに目をやると

路盤が続いている。ここは踏切だったのか、それとも線路が撤去された後にできた道なのかは不明だが、これは歩いたおかげで見られた廃線跡だ。写真で分かる通り、雑草が生い茂っているのではなく定期的に草刈りが行われているようだ。これほどきれいな草むらなら、ここを歩けば最短で大鶴駅までたどり着けそうだが、さすがにそういうわけにはいかない

BRTのバスは国道から1度離れて再び国道に戻るというコースをとっているため、それに引っ張られた私はちょっと遠回りしてしまったが、それでも余裕で到着

今も現役の駅のようにきれいな大鶴駅が出迎えてくれた

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私的に最後の「JR路線」に乗車する~山中のホームに県境のある駅

※訪問は2025年5月27日

必ず行くと決めていた駅

今回の日田彦山線BRT乗車の際、必ず行くと決めていた駅が宝珠山(ほうしゅやま)

夜明から再びBRTで彦山方面へと向かい下車した。ここからBRTは鉄道線の路盤を利用した専用軌道に入る。先の記事でも紹介した東峰村の区間である

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化粧直しの後だった駅舎は健在

宝珠山の駅舎。開業は1937年(昭和12)で夜明駅側から日田彦山線(当時は彦山線)が難工事区間つまりBRTでも専用軌道となった区間に入る一時的な終着駅として開業した。だが戦争によって工事は中断。先までつながったのは戦後になってからのことだった

現在の駅舎は1998年(平成10)にそれまでの駅舎を踏襲する形で新たに建て直したもの。今回現地を訪れて分かったのだが、BRT区間の駅舎は2017年(平成29)の豪雨被害の少し前に新たに建て直されたものが多い

当駅も駅舎はそのまま利用されているが、BRT移行のタイミングでキッズスペースが設けられたりと、中身は手を加えられている

かつてのホーム跡は駅舎の隣にある

ホームが残り、その上にはミュージアムが建てられている

ホーム上の県境は今も残る

宝珠山の駅名は平成の大合併まで存在した宝珠山村に基づく。これは話題となった合併で、宝珠山村と小石原村の2つの村が合併して誕生したのが東峰村。つまり村と村が合併して新たな村が誕生したという「ミニ合併」だったのだ

ただし宝珠山村の中心部はこの付近ではなく、後に出てくるが、お隣の大行司駅付近。というのも宝珠山駅の近くはなかなか村の中心部になりようがないのだ

ホーム跡に建つミュージアムの前にある「県境の駅」の碑。当駅のホームは県境をまたいでいて、3分の2が福岡県で3分の1が大分県にあった。ホーム上に県境のある駅としては東海道本線の山崎駅が大阪府と京都府をまたいでいることで有名だが、山間部の村にある駅が県境をまたぐのは珍しいケースだ(大分県側は日田市だが、駅の開業時は大鶴村だった)

鉄道駅時代はホーム上にこの碑が置かれ、県境を示す線が引かれていたが、BRT転換によってこの位置に移動となった

線路のあった場所にはモニュメントが設置されている

日田彦山線沿線地域振興記念碑の解説がある

線路はかつてのホーム、大分県に入った後にフェードアウトするように途切れている。鉄路が消えたことの証でもあり、心が痛む

さて14時36分に当駅に到着した私は15時28分のBRTに乗車して再び日田方面へと向かう予定だ。まだ少々時間はある。橋を渡って右に行くと、すぐ県境があるので見に行ってみようと歩をすすめる。ただ歩き始めるうちに別の考えが浮かんできた

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