盛夏に大急ぎで駆けつける
話は2年前の8月4日にさかのぼる。猛烈に暑い日だった。私は牟岐線の阿波中島駅を大急ぎで目指していた
阿波中島駅。優等列車の停車駅ではなかったが、旧那賀川町の中心駅で周辺は開けている。住宅や店舗も目立つ
牟岐線はメイン国道である55号線に沿うように走っているが、国道からも近く、道路沿いにはロードサイド店が並ぶ
牟岐線では阿南のひとつ徳島寄り
阿波中島駅は、その30分に1本区間にあるため本数は多い。利用者も400人近くあってJR四国の単線非電化区間の無人駅としては、かなり多い方だ
並列する2つの駅舎
財産票は昭和11年3月を示しているから当駅が開業した時以来の駅舎
無人化されて10年以上が経過。窓口は板でふさがれている
ホームはかつての島式の片側線路が撤去され、1面1線となっている
と、ここまでなら単なる駅舎紹介で猛暑に大慌てで四国を訪れた理由には何もならない。訪問の趣旨はここからである
ホームから駅舎に向かうと
駅舎の前に物置のようなものがある
近くで見ると、このバス停のようなものは「阿波中島駅」と駅名板が埋め込まれた新駅舎。駅舎解体の報を知り、押っ取り刀で現地に駆けつけた次第だった
別の角度から見ると新旧駅舎が並んでいる
駅構内には張り紙があった。駅舎新築と旧駅舎撤去の案内
全国各地で簡易駅舎への移行が進む。ただ大抵の場合、いつの間にかバス停のようになっている新駅舎を見るだけで、このように並立状態で眺めることは少なく、こうして見るとバス停化された駅舎がいかに小さいものかが、よく分かる。複雑な心境になるとともに軽いショックを受けた
悲しいことに何十年の歴史を持つ駅舎でも解体は一瞬で終わる。この日から、ちょうど2年が経過した今年7月に牟岐線に乗車したが、もちろん車窓から見えるものは、かつて駅舎があった広い空間とバス停化した駅舎だけだった
木造駅舎を中心に牟岐線の駅舎紹介をしていきます
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