矢野駅の駅名標

※訪問は2024年1月9日

「特定の特例」を生む

坂から1駅広島方面へと進んで矢野に到着。両駅とも快速停車駅(朝の一部広島行きをのぞく)なので移動は楽々である

こちらは駅名標。お隣は山陽本線との分岐駅である海田市。海田市は山陽本線の駅ということになるので、広島から来ると最初の駅となる

駅名標には「広」マーク。これは乗車券のルール上、広島市内の駅であることを示すもの。乗車券には「特例都区市内」という設定があり、201キロを超えるきっぷを買って、その発駅や着駅がこの設定区域に入ると、すべて中心地となる駅からのものとして計算する。大都市で適用され、大都市には駅が多く1駅ごとに発券すると面倒だということで、今回の例だと広島市内にある駅はすべて広島駅発着で計算してしまおうという制度。乗車券は101キロを超えると途中下車できるが(大都市近郊区間内ではできない)、この制度は201キロを超えると適用される。現在は11都市で12の区域(東京は23区と山手線が存在)が指定されている

広島駅に発着が集約されていることで得をすることも損をすることもあるが、今回はきっぷのルールが主目的ではないので、その部分は触れない。ただ201キロを超え「広島市内」と書かれたきっぷを持っていた場合は途中下車ができず、西側から山陽本線を来た場合、海田市で一度降りてしまうと、きっぷは回収され、海田市~矢野の乗車券を別途購入しなければならない。ただ坂までのきっぷだと途中下車は可能となる

矢野は呉線の駅では唯一、広島市内にある駅で当然、広島市内マークが駅名標に付いているわけで、先ほど例に出した海田市にも

広島市内マークが付いているが、海田市駅の所在地は広島市ではなく安芸郡海田町。ちなみに広島寄りの向洋駅も府中町。なぜこのようなことになっているかというと矢野が広島市の飛び地にあるためだ

呉線で2番目に利用者の多い駅

矢野と同じ理由で山陽本線の海田市以東の安芸中野、中野東、瀬野の3駅も飛び地にある広島市内駅となっている。平成の大合併のはるか前、瀬野川町が1973年に広島市となったことで安芸中野、瀬野の2駅が広島市内の駅となった(中野東は広島市となってから開業)。1975年に矢野町も広島市となり、矢野駅も広島市内の駅に。基本的には行政上、広島市にある駅は広島市内駅となるので、そのような扱いとなるが、向洋と海田市を広島市内駅扱いにしないと便宜上、不都合が生じるので安芸中野と同じタイミングで広島市内駅となった

矢野駅は坂駅と同じ1903年(明治36)の開業。呉線の最初の駅のひとつ。当時は矢野村だった。

1日の利用者は1万1924人(2021年)で呉線では2番目に多い。ちなみに呉線内で1万人を超える駅は呉(1万6266人)と当駅だけ

2008年からの橋上駅舎前にはズラリとタクシーが並んでいた。駅舎は矢野の代表産業だった日本髪の添え髪をモチーフにしているという

矢野は天然の良港がある上、海以外の三方を山で囲まれ防御面でも優れているため、古来から時の為政者に重宝され、平安時代末期から街作りが行われ、鎌倉時代末期から戦国時代にかけては幾度も激しい攻防戦が行われた

みどりの窓口は4年前に営業を終え、みどりの券売機にプラスしてオペレーターとの会話機能が付いたみどりの券売機プラスが設置されている。駅員さんは主に昼間の時間帯は不在となるようだ

構内にはセブンイレブンもある。矢野駅到着は12時すぎ。坂そして当駅と昼食を摂る場所はいくらでもあったが

メシよりもダイヤ優先である。いつものパターンでコンビニおにぎりが今日も昼食である

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